道の果てに思いを馳せ
ロナルドは金を所望していたはずだったが、装備品の修理に使う最低限の額を受け取り、残りを辞退する代わりに冒険者としての活動の自由を欲したらしい。
フルプレさんは非常に渋い顔をしたはずだが、僕とユーカさんを除けば今回最も活躍したといえるのは彼だ。無下にもできなかったようだ。
「絶えず監視を送り込むうえ、次に何か罪を犯すことがあれば容赦はない……という条件を、叔父貴は特に考える様子もなく飲んだ。まあ、もしそんなことがあっても話が元に戻るだけだと考えているんだろうな」
マキシムがその辺の経緯を詳しく教えてくれた。
「とりあえずはしばらくエレミト王国を拠点にするそうだ。あちらで活動している冒険者の知り合いがいるらしい。おそらく水霊に入って馴染めず野に下った手合いだろう」
「そういうのロナルド以外にもいるんだ……」
「騎士団は外の人間からすると窮屈だからな。せっかくスカウトを受けても、肌に合わずに去る冒険者も珍しくない」
……そんなマキシムの隣にはイライザさんがべったり。
僕は何も言わずにスルーしているが、それがむしろマキシムには居心地が悪かったらしい。
「……言いたいことがあるなら言ったらどうだ」
「え、えーと……ああ、邪神もどき戦の時のあれ、かなりファインプレーだったよ。さすが兄弟」
「突然何の話をしている」
「この流れから何の話してもだいたい唐突になっちゃわないかな」
「こういう時はこっちが嫌な顔をするのを承知で一言言うのが優しさじゃないのか! そんなだから貴様は鬼畜メガネなどと言われるんだ!」
「関係なくない!?」
なんか真っ赤な顔で理不尽なことを言われた。
そのマキシムの頬をつつきつつ、イライザさんはニタニタしっぱなし。
「そういうの気にするのが童貞ちゃんよねー。あ、元、か♥」
「聞く方も反応に困るんで生々しいこと言わないでもらえますかね」
「なになに、アイン君もまだなの? あのエルフちゃんとかめちゃくちゃ相手してくれそうじゃない」
「僕にも選ぶ権利はあります」
「えっ、あんな美人ちゃんなのに好みじゃないの? もしかして特殊な趣味?」
「この話やめません? ほらマキシムもなんか言って」
「…………」
「何黙ってるんだよ。っていうか顔が赤すぎて気持ち悪いぞ」
「……帰る!」
ダン、とテーブルを叩き、勢いよく立ち上がって酒場を後にするマキシム。
……ああいうとこ見ると、態度は偉そうだけど僕より年下だなあ、とちょっと微笑ましくなる。
「……で、きっかけは何だったんですか」
「おっ、聞いちゃう? 意外と興味ある? そういうの」
「一応聞かなかったら首根っこ捕まえてでも語りそうですし」
「それがねー。まあほら、見事に他の子たちくっついちゃったじゃない? だからなんとなーくプレッシャーあったんだけどあのダンジョン跡のエルフさん二人とか物凄いじゃない特におっぱいの人。しかもあの人割と誰でもウェルカムっていう話だしさ。あれにマキシム君ヒョッと取られちゃったんじゃあ私の立つ瀬もないっていうか? それに王子様の連れてきた女騎士の中にも美人がちらほらいたし、こう、まあね?」
「……つまるところイライザさんが押して、マキシムが意外とチョロかったんですね」
「つまんなーい。そういうまとめ方つまんなーい。女の話を聞く時にそういう雑な総括する男モテないよ?」
「あなた相手に盛り上がって、万一マキシムにあらぬ疑い掛けられたら嫌なんですよ」
……まあ、マキシムたちに関しては今後どうなるかはわからない。
カップル成立しちゃうとサッと引退しちゃうケースも多いしね。守る物ができれば、むやみに命を張るのは控えたくなるのも人情だ。
男4人女4人、全員くっついたうえで8人でやっていくのか、あるいは引退カップルが出たうえで、残った者だけで冒険を続けるのか……もしかしたら全員引退ってのもあるかも。マキシムは騎士団に復帰しないまでも、貴族社会には居場所があるだろうし。
でも、幸せになれるなら、それでいいと思う。
いつかメルタで見たような失意に溢れた解散より、ずっといい。
レティクル計画の成果を待つ時間はちょっと退屈だ。
とはいえ、デルトール周辺のダンジョンに行くのはちょっと気が進まない。
リノがレティクル計画のためにずっとルザークの屋敷に出ずっぱりだし、ジェニファーもそれについていっている(リノ一人だと初対面の職人に「何だこの子供」とナメられがちなので必要らしい)。
リノとジェニファーなしでのダンジョン入りは……まあ戦力面で言うとできないこともないんだけど色々不便が多い。
魔術担当がファーニィだけになってしまうし、ファーニィはリノのように重量物浮遊などの便利魔術に精通しているわけではない。それにジェニファーの運搬力がなければ、持ち込める道具や持ち出す素材の量にも制限がある。
それがないことがひどく不便に感じる程度には、僕たちはリノとジェニファーに依存し始めていた。
「ダンジョン外の冒険依頼も、今さら私らがやる奴じゃないのばっかりですしねぇ」
「最近はそうだね。っていうか、脱走個体なんて本来定期的に
ファーニィのボヤキの通り、もう冒険依頼はゴブリン退治や単独のゴースト退治など、僕らがゾロゾロ行くまでもないものが残っているだけだ。
元々デルトールの冒険者はダンジョン目当ての者が多いだけあって平均値が高い。他の街でなら上澄みの冒険者が順番に片付けていくようなものでも、ここでは平均レベルの連中が休み明けの調整ついでや気まぐれにやってしまうことも多い。
ダンジョンのあまりない地方に比べれば案件発生数は多いかもしれないが、解決の手が余っている。
結果的にこの地の周辺は平和が保たれ、僕らはますます暇だ。
「本当ならもっと遊んでていいんだぜ、冒険者って奴はよ。何日と置かずにガツガツやってると絶対ミスるからな。身体が万全でも、頭の方が慣れ過ぎて危険を危険と判別できなくなる」
「経験者は語るって奴じゃな」
「……何ですか、ユーってそれでやらかしたこともあるんですか」
「イケイケで知らんモンスターに突っ込みまくって毎回内臓ポロリしまくってた時期があってのう。見かねてリリーちゃんがしばらく冒険出るのやめさせたことがあるんじゃ。そしたらポロリ癖が収まった」
「それマードさんがいないと普通に死ぬ奴では……」
「普通に死ぬ奴じゃな。まあ、死ななきゃなんとかなるというのも良し悪しじゃの」
……そういやいつだったか「マードはアタシの
そんなに何度も中身見られてたら、確かに羞恥心とかなくなるかもしれない。
「じゃあ大人しく遊ぼうかな……」
「ヒヒヒ。ならワシが大人の遊び方を教えてやろうかいの」
「そういうのはいいです」
「なんじゃい、つれないのう。あんまり潔癖でもよくないぞい。アーバインほどまでアレじゃとそれはそれで困りものじゃが」
「潔癖というつもりもないんですけどね」
最近、宿跡地でブラ坂が暇そうだし、暇潰しに乗り回させてもらおうかな。
ジェニファーとも遊べたらいいけど。
ロナルドも興味示してたけど、家畜やペットと戯れるっていうのは時間の使い方として優雅でいいよね。
「アタシが言うのもあれだけど……アインって女にそこそこモテるわりに気がねーよなー」
ユーカさんに複雑な顔で言われた。
……僕も、たぶん複雑な顔になり。
メガネを押して。
「……まあ、多少自覚はある」
この世で一番大事だった
僕は女の子に対する感情が少々おかしくなっていると思う。
妹に重なれば無意識に守りたくなるし、そうでない相手だと感情がフラットなままになっている。
お色気に反応しないわけではないが、まあそこは男子なので。
……そして、たとえ女の子と甘酸っぱい関係になれそうだとしても、それは近いうちに僕の死で終わる、という予感に支配されている。
10年後、20年後、30年後。
僕自身が中年になり、老人になっていく道筋を、想像できない限り。
きっとこの「心の故障」は、直らないんじゃないかと思う。
そんな中で、ユーカさんに向かっている僕の感情は、色々ある。
見た目が妹と同じような年頃だというのもあるし、大英雄に対する尊敬もあるし、大恩人に対する感謝もあるし。
この人のために死ぬならいいや、と思える、心底気持ちのいい人柄だというのもあるし。
……僕以上にどこか破滅的な生き方しかできない彼女を、なんとか救いたい、というのもあるし。
でも、それが合わさった今の感情が何という名のものなのか、わからずにいる。
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