騎士たちの今後

 ルザーク・スイフトの号令によって、彼の領地と王都周辺、およびこのデルトール近くで彼と取引のある魔導具職人が招集された。

 その数、三日後時点で42人。

「今回の魔導具開発計画を『レティクル計画』と呼称します」

 ルザーク配下の文官である壮年男性が僕ら……というか、主に話の分かるリノやシルベーヌさん、そしてロゼッタさん当人に向けて説明する。

「なんでレティクル?」

「千里眼とまではいきませんが、遠見といえば望遠鏡でしょう」

「……なるほど」

 納得するリノ。

 後で聞いたところ、レティクルとは望遠鏡の視野の中心を決める十字の線、らしい。

 特に天体望遠鏡のような大きい望遠鏡は、あまりにも見える映像と実際の大きさの差があり過ぎるため、きちんと見たい部分に視野を向けるために、一度補助的な低倍率の望遠鏡を使う必要がある。

 低倍率、つまりその分視野が広い補助望遠鏡で真ん中に捉えていることを確認するために、視野を横切る十字線がレティクル。それに重なることで、メインの望遠鏡で見えているものが狙った物体なのだとわかるのだそうだ。

 ……僕は望遠鏡なんて代物、ほとんど見たことないんで、説明されてもよくわからないんだけど。

 まあ要するに遠くを見るためのもの、という繋がりでそういう暗号になったらしい。

「暗号にする意味あるのかな……」

「『ロゼッタの千里眼計画』とかだと長いし言いづらいだろ。それに、あんまりにもそのままだと盗人も寄り付きやすくなる。ある程度ボカしとかないと色々困るんだよ」

 ユーカさんが解説してくれるが、僕にはイマイチ納得しづらい。

「単に隠語にした方がかっこいいからみたいな話に思える」

「それは……否定できねーな」

「できないんだ……」

「ある程度形式ばってた方がテンション上がるんだよ、道具開発するような奴らは。音頭取る奴の気合いみたいなモンも伝わるしな」

「あー……あれかな、単に『領主様の趣味の庭園』って感じの土木作業より『○○市○○記念庭園』みたいな名前でやる方がいい、みたいな」

「……まあその理解でいいや」

 僕とユーカさんが低次元な会話をしている間にも、ルザークの館に集まった職人たちはそれぞれのアイディアと技術を討論し合い、また「天眼」の特性について議論を交わしている。

「二個あるうちの片方は研究用にしてしまってよい……というのは助かりますよ。そもそもが幻の素材。尾ひれのついた噂と実際の素材性能が一致しているとは限りません。しかし、いじりすぎて性能が十全に発揮できなくなっては本末転倒……今回の研究結果は、大いに後世の魔導具研究資料として役立つでしょう」

「……まあ、喜んでもらえるなら何よりです。お金はルザーク氏にいただいてますし」

 文官男性の感謝に愛想笑いを返す。

 もう一個に関しては、そのまま売り払うか、シルベーヌさんの合成魔獣キメラにでも取り付けるか、あるいは……僕に埋め込むという案もあった。

 三つ目にしてもいいし、片目を「天眼」にしてもいい。どちらにしろ、メガネに頼らずに戦うことができる……という展望。

 しかし、それに関しては差し当たって緊急性が低いし、そもそも目は専門技術のある治癒師に矯正してもらう線も残っている。

「天眼」を使って物を見ようとすれば、どうしても魔力を消費する……というのも懸念材料だった。

 何しろ僕は素の魔力が低い。いくら低減加工するとはいえ、常に魔力消費しないといけないというのは計算外のピンチを招きかねない。

 虚魔導石に貯蓄しておけるとは言っても、魔力をそこから取り出して使うためには、どうしてもワンアクション必要なのだ。とっさに魔力剣技のひとつも使えない状態になり得るというのは避けたい。

 というわけで、僕が「天眼」を埋め込むという選択肢は見送り。

 一個浮いた「天眼」をどうしよう、という話になり、結局そのまま腐らせるのもなんなので、当座の研究用に提供することになったのだった。


 職人が何十人いても実際に使う目玉は一個。数を集めても浮くばかりではないか。

 それに在野の魔導具職人といっても、専門的に魔術・魔導書を扱っている魔術師に比べれば、できることは一段落ちる……というのが僕の理解だったが。

「ちゃんとした魔術師が業種として名乗ってる場合も多いぞい。もちろん、魔術文字や理論だけ学んだ一般人もおらんわけでもなかろうが」

「魔術流派もいっぱいあるしなー。知ってるか、ファイヤーボールの呪文ってメジャーなのだけでも五系統あるんだぜ」

「そんなに」

「アプローチが多いってことは設計難航しそうですねえ」

 ファーニィがまるで他人事という顔で言う。

 リノとシルベーヌさんはレティクル計画の「中心メンバー」ということになり、魔導具職人たちとの討議に出向いているが、ファーニィは魔術への理解はあるものの「そこまでガッツリ魔術得意でもないんで……」といって辞退し、僕たちと一緒に成果待ちをしている。

 ……僕が起きてからずっと近くにいるあたり、まだ僕の体を気にしているのかもしれない。すっかり治癒師が本業だ。

「ロゼッタさんは治療が終わったら、ゼメカイトに戻るの?」

「その予定ですが、店に関しては一度畳もうと思います」

 一緒に成果待ちをするロゼッタさんは静かにそう言った。

 えっ、と一番驚いた顔をしたのはユーカさん。

「なんで」

「祖父が亡くなったのなら弔わなくてはなりません。あんな方でしたが、人間族にもエルフ族にも影響力が大きい人でした。その死に一番近かったのは私なのですから、後始末は私が担うべきでしょう。……ユーカ様の資産管理については、知り合いの商人に頼むつもりです」

「アタシの許可もなくそーゆーの決めんなよ!?」

「申し訳ありません。しかし、祖父に関してはどうしても捨て置くことはできないのです。何年も管理できないままユーカ様の資産を預かり続けるわけには参りません」

「っ……」

「いずれ全てが片付きましたら、またユーカ様のお役に立とうと思います。ですから、どうか」

 ロゼッタさんの態度には迷いはない。

 そして、ユーカさんもそれ以上は言えない。

 ……アーバインさんは、ロゼッタさんを守って倒されたんだ。

 普段はあまりベタベタしなかったとはいえ、ロゼッタさんにとっては大事な家族で大恩人。

 手厚く葬ることに反対などできるはずもない。

「……アタシの資産はお前が持ってろ。何年でも待つから」

「ユーカ様」

「どうせ使い道もねーし、当座必要な分はアインといれば自然に稼げる。だろ、アイン」

「まあ……うん」

 今回の「邪神もどき」討伐に関する褒賞はいずれ王家から出る、らしい。

 それだけでも一般的な冒険者なら目の回る金額になる。

 城でも建てるのでなければ、もうずっと遊んで暮らせる、とまで言われた。

 こんな大一番はもうない……と思いたいけど、少なくともドラゴンと「黒幕」は片付けないといけないから……まあ、無事でいられれば、今後もお金に困ることはないだろう。

「お前がお前の人生を生きるために、アタシのあの金は投資したんだ。だからあの金を動かすのは、お前であるべきだ」

「……ユーカ様」

「それぐらいはカッコつけさせてくれ。……アーバインにドヤ顔できなくなっちまう」

 ユーカさんの言いように、ロゼッタさんは困り顔で微笑む。

「ええのう……ワシもロゼッタちゃんに投資しようかのう……」

「なんでそうなるんですかマード先生」

「いや、ワシもたまにはああいう感じの人情話の主役になりたい」

「むしろマード先生ってあれくらい濃い感情向けられまくってないです?」

「いやそういうのではなくてね? なんというかこう爽やかにキラキラしとるじゃろああいう絆。ワシに向く感情ってなんか微妙にお子様お断り感ないかの?」

「慕われ方に注文付けるもんじゃないでしょうよ! っていうかいい歳して独身だから変な女に好かれるんですよ!」

「ファーニィちゃんがいつになくエッジ鋭い……」

 まあファーニィの言うことももっともだと思う。

 というか、スケベ爺ムーブしてる限り仕方ない気もする。まれに生じる変な慕われ方は。


 クロードとアテナさんも今回の戦いで大いに評価されている、らしい。

 クロードが両足を切り落とされて一度は這いながら、それでも戦意を失わずに治癒を受け、戦線復帰して奮闘したことはフルプレさんも認めざるを得ず、マリス姫に近づくことも黙認する……という話になったので、クロードはここで上がり、騎士団及び貴族社会に戻ってもいい……はずだったのだけど。

「はっ! ふっ!!」

 相変わらず、素振りに余念のないクロード。

 それを眺めながらアテナさんが微笑み、呟く。

「実質的にはほとんど役に立たなかった分際で、堂々と一線を退いて姫の隣に立つわけにはいかない……だ、そうだよ。……まあ、役に立たなかったといえば、私や王子だって似たようなものだったんだが」

「充分戦えていたでしょう」

「それはロナルド殿のような立ち合いができて初めて言えることだ。多少邪魔にはなったかもしれないが、それ以上ではなかった。……ああいう戦いになると、やはり君やユーカとの差が身に沁みてわかる。本当に不可能を可能にできるのは、挑む心ゆえなのだ、とね」

「挑む心……」

「私は良くも悪くも、そこまで激しい情緒を持っていない。命を捨ててなお笑い、賭けに賭けを重ねて計算外の領域で踊る、熱狂の世界には踏み込めない。今回の戦いで見えたのは、そういう差なのだと思う」

「…………」

「そんな顔をしないでくれ。別に、だから何だと言いたいわけじゃない。……私には私の分というものがある。君やユーカのようになるのが、騎士のあるべき姿とは思わない」

 だが、と一息。

「……悔しいな。……いや、悔しいと思えないことが悔しい」

「アテナさん……」

「力を奉ずる人間として、君らの姿には嫉妬しなくてはいけないんだ。ああなりたい、あれを超えたい、と思える人間でありたかった。……自分はその最前列にいる人間だと思っていた。だが違うようだ。君らに敵わないことより、そういう気持ちになれなかったことが悔しい」

 空を見上げて。

「だから、羨ましいんだ。クロード君も、……ロナルド殿も」


 ロナルド・ラングラフは戦いの褒美として無罪放免を勝ち取り。

 冒険者になる、という意向を表明し、デルトールを去っていった。

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