ユーカの武器

「邪神もどき」を倒したのと前後して、“魔獣使いの宿”の再建も始まっていた。

 といっても、まずは壊れて焼けて廃墟となっている旧本館を取り壊し、片付け、土台を打ち直していくところからスタートなので、開始から二週間ほどが経った今もまだ完成形は全然見えてこない。

「形だけでも半年で建てば御の字かしらねぇ」

「形だけでも、とは」

「建ったモノに意識を与えて、ある程度安全に気を配れるようにしてあげないと女一人で客商売には危ないでしょう? その施工は早くて6~7年、かかれば10年以上になるかもねぇ」

「……改めて、随分手間のかかるやつだったんですね、あの宿って」

「それはそうよぉ。本来エルフわたしたちが絶対に守りたい宝物を守護するための自動宝殿用の技術の応用だものぉ」

「……それって結構な秘術なのでは」

「まぁねぇ。これでも私、故郷ではかなりのお姫様だったのよぉ……もうその故郷は随分昔に焼かれちゃったけどねぇ♥」

「そんな軽く言うことですか」

「だって何百年も前だものぉ。さすがにそんなに経つと笑い話よねぇ♥」

「普通は笑えません」

 シルベーヌさん、なかなか壮絶な過去持ちだった。

 それがどうして人間の街で魔獣合成術の研究集団の一翼を担うことになったのか……まあ、それこそ本一冊書けるくらいの物語があるんだろうけど。

「というかお姫様なのにそんなに男にユルユルな感じでいいんですか」

「もう滅んだ社会での話だしねぇ……でも、お姫様こそ、むしろ積極的に子孫作っておかないといけないんじゃなぁい?」

「……えっ、そういう魂胆」

「そういう見方もあるってだけよぉ♥ まあ、エルフってどちらかというと母系主義が強いからぁ……子供ができれば父親なんて誰でもいい的な考え方もそれなりにあったりはするわねぇ♥」

 母系がどうとかという話はよくわからないが、あんまり色っぽい話に付き合うとよくない気がするのでさっさと逃げることにする。

 ……やっぱり変わった人にはそれなりのバックグラウンドあるんだなあ、とは感心したけれど。


 僕たちは旅立ちの準備を進める。

 デルトールは王都から見てだいぶ南方。スイフト侯爵領は王国北西部だ。

 一度王都に戻ってから向かうのが、王都中心に整備されている街道の観点からも最善だ。

「アインの防具もまた見せてから行こーぜ。さすがにそれぐらいはしっかりしとかねーと成功率が下がる」

「ユーも何か鎧用意した方がいいんじゃないかな」

「アタシはいいんだよ。だいたい、こんなナリに鎧誂えるって特注になっちまうだろ」

「……まあそれは確かに」

 ユーカさんの体はリノと比べてもやや小さいくらいだ。

 普通、鎧を着るのは成人男性。どの鍛冶屋にもそのサイズの部品は用意があるが、さすがに女性でもここまで体格の小さい戦士や騎士はそうそういるものではない。フルオーダーメイドになるだろう。

 そうなるとやっぱり完成までに時間を取ることになるし……ユーカさんの戦闘スタイル的にアドバンテージが低いというのもわかるので、無理にとは言えない。

 せめて以前の僕が使っていた軽ミスリル装甲なら、革鎧並みに軽いしそこそこ頼れる硬さなのでいいんじゃないかな……とも思いはするけど、そもそも「メタルマッスル」あるしな。

 ユーカさんの場合、持続時間が本当に一瞬だからダメージが残りがちとはいえ、それは治癒術でフォローが利くし。

「こだわるとしたら鎧より武器だな。さすがにナイフではデカブツ相手には気が遠くなる」

「そのあたり、ロゼッタさんに先に頼んでおけばよかったんじゃ……ゴリラの頃に溜め込んだ武器とかあるなら持ってきてくれるはずだよね」

「……あっ」

 ……完全に失念していたようだ。

「私の実家にちょうどいいものがないか当たってみますよ。父も竜殺しの役に立てるというならそう渋ることはないでしょう」

「なんなら風霊の武器庫から適当に持ってきてもいいぞ。そのナイフよりはいいだろう」

 クロードとアテナさんが言う。

 ユーカさんは現状、この作戦においての生命線だ。未体験の超巨大な敵に対して、彼女の経験と、あるいは彼女の“邪神殺し”が頼みの綱となる。

 特にクロードとアテナさんは、その戦闘力をドラゴン戦でどう使えばいいのか、と密かに気にしているところも感じられる。こういうところで役に立っておきたいのかもしれない。

「ま、まあまあ待て待て。ナイフじゃ足りねーがデカけりゃいいってもんでもねえから。っていうかあんまデカい剣だと持ち歩くのに苦労して戦う前に疲れ切っちまうし」

「うちの倉庫には数百本はありますから、何かしらあるとは思いますよ」

「むぅ……数だけで言うなら風霊の武器庫も負けてはいないが、団の共有物だから質では期待に沿えないかもしれないな……」

 そもそも一騎士の独断で適当に持ち出していいものなんだろうか。そういうの。

 ……でも、侯爵で武門のスイフト家だからなあ。なんとか無理を通すのかもしれない。

 僕もドラセナにちょうどいい武器がないか聞いてみようかな。お金なら「邪神もどき」退治のおかげでまた入ってるし、なんならルザークに持ってもらってもいいし。


 空飛ぶ絨毯とジェニファーの力で再びマイロンまで戻り、また船に乗って王都に帰還する。

 もうトラブルなんか起きる要素もないのですいすいと慣れた移動だ。

 とはいえ、ジェニファーにはめちゃくちゃ負担をかけているので申し訳ない。

「王都にいる間にあまりジェニファーを疲れさせないように。特にアテナさん」

「わ、私が何をしたというんだ」

「モフるのはともかくあまり連れ回したりしないでください。スイフト領に向かう時にはまたジェニファーに頑張ってもらうんで」

「いやモフるのもやめてほしいんだけど……ジェニファーむしろそっちの方が疲れてるし……」

 リノの言葉はとりあえずスルー。

 完全にアテナさんを禁欲させるのは難しい。多少は目をつぶって欲しい。

 そして変わらない王都の喧騒を眺めつつ、宿に行く前に鎧の修理を頼みにドラセナの工房に向かう。

 そして。


「おっ、よく来たねアンタ! できてるよ!」

「できてる……?」

 開口一番にドラセナに言われて困惑する。

 鎧はまだ脱いでいないんだけど。

 あれ? 替えなんて頼んでないよね?

「コイツだよコイツ! ジジイたちの本気だ!」

 ドラセナがカウンター近くの武器掛け棚から一本の見慣れないショートソードを持ってくる。

 ユーカさんと顔を見合わせ、とりあえずどうぞ、とユーカさんに持たせて。

「あの、これは……」

「アンタが使ってた剣を打ち直した奴だよ」

「……これが!?」

 打ち直したとは言っても、形状も何もかも、完全に地金の色から違って面影が全くない。

「染みついた属性が消えちまうのはどうしようもなかったけど、代わりに地属性の芯材を新たに挟んでる。地属性なんて……ってバカにすんなよ? 派手な効果はない分、色々応用が利くし、何より“斬岩”みたいな単純強化と相性が良くて……」


「これだ!」


 いきなりユーカさんが興奮したのでびっくりした。

 同じく驚いているドラセナと顔を見合わせて、もう一度ユーカさんを見る。

 ユーカさんは目を輝かせて、そのショートソードを天に掲げ、しばらく眺めてから僕に叫んだ。

「これくれ!!」

 気圧され、頷くしかなかった。

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