遺跡へ出発

 さすがに後詰冒険隊サポートパーティを集めた頃にはもう夜が近かったので、出発は次の朝。

 野営はそれだけで体力がいるし、わざわざ食料も使うしね。一食分とはいえ。

 そして、僕たちメインパーティ6人と一頭、そして後詰冒険隊サポートパーティ5人と一台が夜明けとともに出発する。

 ……一台。

「なんか……何それ……?」

 僕は雇った後詰冒険隊サポートパーティの一人、ナオという女性が乗っているゴテゴテした荷車について聞いてみる。

「私の使い魔」

「……荷車が?」

「一種のゴーレム的なもの。……合成魔獣キメラよりは難易度低いよ。生きてはいないし」

 馬もロバもなく、もちろん誰も押しても引いてもいないのに勝手に動いている。

「温泉行きたい観光客には大好評。楽だし」

「そんな技術あるのに冒険者やってるんだ……?」

「温泉掘りたいから」

 無気力そうな女性だが、わりと高位の魔術師のようだ。

「野営道具なんかはこっちに全部乗せて。ウォレンさんは一応フリーハンドに。他は食料と生活道具ね」

「何故ウォレンだけフリーハンドにするんだ。俺も楽がしたい」

「セディ君はそう言うと思ったから。ちゃんと働け。あとウォレンさんぐらいしか熊とか出た時に戦えないでしょ」

 ナオさんが他のメンバーにてきぱきと分担を指示してしまい、僕の言うことがない。

「……こんなの見慣れてるなら、ジェニファーにそんなにビビることないだろうに」

 そんなに大したものでもない……みたいな口調だったが、よそでは見たことないぞ、こんなの。

「ジェッ、ジェニファーのほうがずっとすごいし可愛いんだから!」

 リノはジェニファーを抱きしめて対抗。

 ジェニファーもこころなしかちょっと荷車ゴーレムに委縮気味。

 あんなにモノ乗せられない、とか思ってるんだろうか。

 ……ジェニファー強いけど、だいたい荷物持ちとして働いてるもんな。あっちのほうが数倍も凄い、と敗北感を感じるのかもしれない。

 一方でクロードは。

「熊と戦えるのか、あの人……」

 渋い中年冒険者ウォレンさんをちょっと尊敬した目で眺めている。

 ……君もそろそろ熊ぐらいとなら戦えるんじゃない?

 モンスターならともかく、このへんにいる灰色熊くらいなら倒せそうな気がする。

「アイン。言いたいことはわかるけどクロードはまだ自信つけてる最中だかんな。無謀なことは煽るなよ」

「……わ、わかった」

 ユーカさんもだいたい同じことを思っていたようだが、まあ、確かにそういう自信って過剰に持ってはいけないものだ。

 やれる、と本人が確信するのを待とう。

「まあ熊なら私狩れますけどね。わりと一方的に」

「君はまあ……エルフだしな」

「なんか雑な感じに流された!」

 ファーニィの自己主張は話半分に聞いておこう。

 まあ勝てても特に不思議はないけどね。魔術も弓も得意ならなんとでもなりそうだし。


 メルタ周辺は道中の危険はあまりない。それこそ野生の肉食獣くらいで、頻度も決して多くないらしい。

 危険な地域ならメインパーティが先行して寄ってくるモンスターを蹴散らし、安全を確保してから少し遅れて後詰冒険隊サポートパーティがついてくる、というのがセオリーだが、今回はその必要はなさそうのでみんなで一緒に移動する。

「君たちって仲良さそうだけど、パーティとかじゃないの?」

 手近を歩いていたチューリップに聞くと、彼女は待ってましたとばかりに話しに寄ってきた。

「メルタではあんまり大がかりな冒険依頼ってほとんどありませんからー。みんな普段はソロですよ」

「へえ……で、マードさん……というかエックスさんのことはもちろん知ってるよね」

「それはもちろんー。お世話になってない冒険者なんていないと思います。あの人マードさんっていうんですか本名」

「いや本名かどうかは僕もよく知らないけど。よそではそれで通ってるよ」

 みんなマードマードと言ってるけど、ファミリーネーム知らないし通称の可能性もなくはない。謎宗教の人だから芸名ならぬ聖名の可能性もあるし。

「メガネさんはちょっと前の山賊騒ぎの時にいましたよね。それとあの赤い髪の子とエルフの人」

「メガネさん……まあいいけど」

 目立つ特徴ではあるから文句は言わない。

「あのナンパ師のエルフの人はいないんですか」

「アーバインさんはこの前別の用事ができてね。……しかし僕たちのこと、よく覚えてるね」

「あのエックスさんの仲間なんだからそれはそうですよー。だからこそ私とかセディさんはともかく、わりと上澄みのあの人たちも乗ったわけですし」

「……えっ、他の三人ってそんないい腕なの?」

 契約金全員同じだったけどいいのかな。

 あとセドリックって人めちゃくちゃいじられてるけど逆に凄いな。多分リノより年下の子にこんな扱いされてもまるで堪えないって。

「恩返しだから、って考えてると思いますよー。特にウォレンさんとか、あの山賊騒ぎの時、酒場守って瀕死でしたからねー」

「……なるほど」

 あの時はロクに個人を識別してなかったけど……あの数の山賊相手に酒場を守ったってことは、やっぱり腕の立つ人もいたんだよな。

 そんな話をしているところに、横からリノが入ってくる。

「あのさ、そのマー……エックス? って人ってそんなに女の尻ばっかり触るの?」

「私は射程外って言われましたけどキティさんはよく触られてますねー。あと何人かお気に入りのお尻があるみたいで」

「……あの魔術師は触られないの?」

「なんか触りません。なんですかね。好みのお尻はあるみたいですけど」

 どうも荷車ゴーレムの主のナオさんは触られないようだ。

 その理由は測りかねるが、改めてユーカさんはリノに注意喚起。

「油断すんなよリノ。多分お前は射程圏だからな」

「触ったらジェニファーに殴らせる」

「ガウ」

 ジェニファー、リノに頼られて誇らしげに返事。

 微笑ましいけど死なない程度にね。さすがに合成魔獣キメラパンチはあの人も想定してないと思うし。

「別にお尻ぐらい良いと思うんですけどねー。私も無償で片目治してもらったし……」

「目、どうかしてたの?」

「赤ちゃんの頃に親のうっかりで潰れちゃったんですよ。そのせいで冒険者になったようなもんなんですけど……エックスさん、会ってすぐに『なんじゃそれ。ちょい見せろ』って触ったかと思うとあっという間に。どんな治癒師も匙投げたのに」

「……本当凄いなあの人」

 赤ちゃんの時の古傷まで治せるのか。

「まあそういう恩もあって、私としてはエックスさんにもうちょっと恩返ししたいんですけどねー。触らないしお金も受け取らないしパーティも組まないし……」

「……まあお金はともかく、触られようとするのはどうかと思う」

 マードさん的にもちょっと主義に外れそうではある。

 いや、あの人の主義よくわからないけど、なんか好みのシチュエーションじゃない気がする。

「ここだけの話、お尻より先に進んでもいいと思ってます」

 フンス、と力強いチューリップ嬢。

「やめとけよあんなジジイ……」

「なんですか! エックスさんの悪口は許しませんよ!」

 ユーカさんにも噛み付いている。パワフルな子だ。

「……そういうところが射程外だと思うんだ」

「どういうことですか!」

 助けるのはやぶさかではないけど過剰に懐かれるのは重い。

 ……という、マードさんの気持ちがちょっとだけわかる気がした。ちょっとだけ。

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