ベースキャンプ設営
やはりメルタ近辺はモンスターの生息数が少ないようで、たまに出る野生動物への対処はファーニィと後詰冒険隊のキティさんという女性で充分に片付いた。
キティさんは
「本職の
「立場がないな、こっちは手ぶらにしてもらってんのに」
渋い中年のウォレンさんはせっかく抜いたものの出番のない大剣を肩に担ぎながら溜め息をついた。
「今さらですけど、あなたとかキティさんとかってかなりの凄腕って聞きましたけど、契約金あれでいいんですか」
「ん? ああ、やることは別に増えるわけじゃねぇし、いいんじゃねえか? 暇だったし、ここらでの日割りの稼ぎとしちゃ悪い額でもない」
「ああいう動物と戦わされるのは勘定に入らないってことですか」
「そんなの普段の護衛でも変わらんよ。それにあのエルフの姉ちゃんやアンタに任せとけばいけそうじゃねえか。どうも俺らの段取りなんて余計な心配に思えるぜ」
「……僕まだ一回も抜いてないですが」
「はっ、さすがにこの間の街での戦いを忘れるほどモウロクしちゃいねえよ。アンタだろ、あの時宿の外で倒れてた奴ら、一人で蹴散らしたの」
「……ええ、まあ」
意外と覚えられてるもんだなあ。
いや、まだそんなに昔のことでもないんだし、彼は救援された側なんだから、しっかり覚えてるものなのか。
「あの時は恰好も面構えも随分頼りなかったが、ちょっと見ないうちになかなか強そうになって帰ってきたじゃねえか。若いってのはいいねえ、あっという間に立派になりやがる」
「……そうですかね」
「ああ。あのマード爺さんがこれぞと見込んだのも今なら頷けるぜ」
ばんばん、と背中を叩かれてちょっとだけよろける。
……この人はナチュラルにマード爺さんって呼んでるな。なんか知ってるんだろうか。
って、それなりの歳ならユーカさんのパーティメンバー以前のマードさんを見知っててもおかしくないんだよな。一応、合流前もそれなりに有名冒険者ではあったっぽいし。
しかし見込まれてる……のかなあ。
一応アーバインさんにはそれなりに認められた実感はあるんだけど、マードさんからはユーカさんやファーニィひっくるめて孫みたいに可愛がられただけって感じがある。
遺跡への移動は二日かけて滞りなく済んだ。
前回救援したパーティがキャンプを張っていた地点に僕らも荷を下ろし、あとの設営を五人にお願いする。
慣れているのか、テキパキとかまどやテントの準備をする四人。
……何故かそれには参加せずに荷車ゴーレムから何かを外して新しい何かを組み立てているナオさん。
「何してるんですか」
「温泉掘りの準備をしてる。荷車のゴーレム核を使った掘削ゴーレム」
「いや準備終わってからにしてくださいよ」
「……でも温泉出れば風呂・飯・寝床の三点セットで極楽だよ?」
「準備終わってからでいいじゃないですか。というか温泉出るんですかここ」
「確率としては……1割ってとこかな」
「出なさそうじゃないですか」
そもそもどういう判断基準なんだ。とりあえず遺跡が近い以外は見渡す限り普通の森で、そんなに有望そうに見えないんだけど。
「かちん。いい? 1割って低くないんだよ。10回掘れば一回は当たってもおかしくないんだよ」
「いや、そこまで急を要する仕事ではないですよねという話をしてるんですよ」
「温泉が出てからちゃんと温度調整して入れるように浴槽作るのって結構時間かかるよ? 湧く温泉がみんな43度のいい湯加減ってわけじゃないからね?」
真剣な顔で熱弁するナオさん。ぼんやりと荷車ゴーレムの上に座っていた二日間とはえらい違いだ。
……僕は説得を諦めた。
なんか噛み合ってる気がしないし、荷車ゴーレムの運搬量だけでも普通の人の十倍くらいはあるんだから別にいいかと自分を納得させた。
「……わかりました」
「わかってくれてありがとう。タダとは言わない。湧いた温泉をいい場所から覗ける権利を君にあげよう。私が入ってる時以外は好きに見るといい」
「行使する気はないんですけどその権利って誰に対して有効なんです? 例えば他の女性たちからも許可されてるんです?」
「そこは個別交渉してほしい。大丈夫、意外とキティはノリがいいからわかってくれる気がする。でもチューリップはちょっとやめといた方がいい。君ぐらいの歳であれに興奮するのはまずい」
「完全に権利でも何でもないじゃないですか」
いや行使する気はないよ本当に。
……というのを横から聞きつけ、変なシナを作りながらファーニィが寄ってくる。
「アイン様ー。興味があるなら口説き方によっては私も許可しちゃうかもーみたいな♥」
「いやそのつもりはないから。そもそも温泉出る確率1割しかないらしいから」
「10回に1回は出るってことじゃないですか!」
……君らの中では相当有望な数字なんだね?
まあその、ベースキャンプの維持に支障がない分には好きにしてほしい。
キャンプ完成まで僕たちまで待つ必要はない。
というより、安全確保の意味も兼ねて、周辺を一回りしてモンスターを探しておくのがこういう場合のセオリーだ。
「とりあえずここからは実戦だ。ここにはライトゴーレムっていう細くて突進力があるゴーレムとか、
一応ユーカさんに確認する。ダンジョンとは
「ああいうのはまた出るぜ。ダンジョンとはちょっと話が違うんだが、遺跡のモンスターはどっかで『作ってる』って場合が多い。この遺跡全体のどっかに変な穴があるんだ。そこをひとつひとつ潰さないとそのうちまた供給される。……まあ潰すのがまた一苦労で、特に必要がなければほっとく方が楽だがな」
「そうなんだ」
遺跡もまた「制覇済」「未制覇」と区分されることがあり、制覇されると後に残るのは完全な遺物だけだ。その制覇判定は、モンスターを出なくする処置が済んだかどうかで決まる。
制覇してしまうと後は有象無象の人々になんでも根こそぎ取られ放題になってしまうので、パーティによってはあえてモンスターを残して、冒険者による少量ずつの持ち出ししかできないようにする、というのは聞いたことがある。
冒険者の行儀がいいとは決して言えないが、誰でも入れるようになってしまうと本当に価値も何もあったものじゃなくなってしまう。学者はどちらがいいかという点でずっと論争しているらしい。
「今回はマード探しだ。遺跡潰しじゃねー。無理にそういうのに手は出さない方がいいと思うぜ」
「……それにしても何しに来たんだろうねマードさんは」
「会って聞くしかねーだろ」
戦うのに関係ない荷物はベースキャンプに全部置き、僕たちは武装を確認して、不気味にそびえる古代都市に歩を進める。
時折どこかで響く何かの鳴き声や、引っ掻き音、何かを叩く音……不規則に聞こえてくるそれらに想像だけが掻き立てられる。
野獣か、何かの作動する音か、モンスターか……遠すぎてわからない。
「怖い……」
「ガウ」
素直なリノと、背の上の彼女を軽く吠えて勇気づけるジェニファー。
緊張しきったクロードと、(兜のせいで)まるで表情が読めないアテナさん。
ファーニィとユーカさんは……経験あるおかげか、少なくとも表面上はいつも通り。
……僕もメガネを押して、気持ちを入れ直し、進む。
遺跡は広い。
焦らず、油断をしないで開拓していこう。マード翁に会えるまで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます