後詰冒険隊

 メルタの街で遺跡に行く準備を整える。

 丘と森をいくつも越えた先なので、地図も買った。絵地図のようなもので必要最低限の情報しか記されていないが、目立つランドマークとの位置関係はわかるし、あるとないとでは大違いだ。

「いい商売してやがんなあ」

「必要なものだから仕方ないよ」

 ユーカさんのボヤキに苦笑する。

 酒場の店主が手書きで作っては売っているもので、遺跡に挑戦する冒険者がちょくちょく買うらしい。

 情報量のわりにちょっとしたお値段だが、道に迷って時間と食料を浪費するのは本当に馬鹿らしいから仕方ない。

 前回はマード翁に先導してもらったから、いらなかったけどね。

 それから野営道具。マイロンとデルトールの間で使ったものは既に売ってしまっている。泊まる場所に困らない街道旅では大がかりなものは無用の長物だったけど、さすがに人里離れた遺跡に乗り込むとなったら持たないわけにもいかない。

 すぐ会えればいいけど、何日か探し回る可能性もあるし。

「せっかくだから後詰冒険隊サポートパーティ募るか? テントや料理道具をジェニファーに全部乗せて遺跡入るのはさすがにキツいだろ」

「うーん……でも急ぐからなあ……」

「遺跡の外で待つならそんなに腕が立つ必要もねーし、この前の連中も使ってたポイントで待たせればいいだろ。頭数あたまかずが揃えばいいからすぐ見つかるって。楽ができるぞ」

 僕たちが後詰冒険隊サポートパーティ使う側に……まあ、お金に余裕はあるっちゃあるけど。

「もっとちゃんと格を上げてから使うものだと思ってたんだけど」

「バーカ。必要なら別にいいだろ。格も何もねーよ。金があれば冒険初挑戦のボンボンだって使うんだ」

「……あんまりいい顔されないけどね」

 有象無象の冒険者を奴隷か何かだと思っているような大きい態度を取る、本業にする気はさらさらない「道楽冒険者」はたまにいて、まあお金が貰えるならとペーペーの僕らは我慢するけど、大抵その冒険に成果は上がらない。

 こき使われた側は「いい気味だ」と陰で笑うわけだ。

「そういうのは格が低いから文句言われるわけじゃねーだろ。……それに今のうちに他人雇って任せるのには慣れた方がいい。練習だと思え。どうせ長くはかからねーんだし、気楽にやりゃいいんだ」

「……まあ、募集するだけしてみようか」

 何日もかけるわけにはいかないので、酒場の店主に半日だけ募集を頼んでみる。

 それで人数が揃わなかったらお開きということで。



 なんか暇な人が多かったらしく、ちゃんと来た。

「アインさん、その人たちは?」

「……後詰冒険隊サポートパーティ

「どういうことです?」

「遺跡に入る時に余計なもの持って入りたくないから、ちょっと手前でベースキャンプ作ってもらうんだ。……って、クロードはそういうの知らないんだっけ」

「え、ええ」

 まあ、この前までなんとなくのイメージでしか冒険者を知らなかったクロードが、そういう裏方まで知ってるわけもないか。

「食料とか寝床とか運んで用意してもらったり、あと今回は関係ないけど一流パーティだと予備の装備や交代人員もこの枠でなんとかしてもらう。そういうやつ」

「つまり輜重しちょう隊ってことですか」

「何それ」

 今度は僕が首をかしげる。

 クロードの後ろで聞いていたアテナさんがいつものように笑った。

「はっはっは。軍隊に縁がないと聞き慣れないかな。まあ、正にそういう専門の兵がいると思ってくれればいい」

「兵隊ではそういう名前なんですか」

 ちょっとだけ勉強になった。

「ウォレンだ。温泉好きでこの街に根を下ろしてる。よろしく」

「私キティ。偽名だけどね。温泉巡りが趣味♪」

「セドリック。湯治のためにこの街に来たがたまには働こうかと思ってね」

「チューリップって言います! 温泉大好きです!」

「ナオ……趣味は温泉掘り。特技は温泉掘り」

 集まった後詰冒険隊サポートパーティのメンバーはそれぞれに自己紹介して僕と一応握手。

「なんか堂々と偽名って言ってる人いるんですが……」

「冒険者なんてそんなもんだよ。フルプレさんだってフルプレで通したんだし」

「……そ、そういえばそうですね」

 カルチャーショックを受けているっぽいクロード。

 ……そして、そのやり取りを少し離れて見ていたリノ。

「それよりなんで全員温泉についてアピールしてるの……? 秘境温泉探すとかそういう文言で募集してない?」

「遺跡行くってちゃんと伝えたはずだけど……」

 僕が同意を求めると、五人の冒険者たちは一様に頷き。

「この町の冒険者だからな」

「そうそう。温泉を愛する気持ちはどこの冒険者より強いってわかってほしくて」

「普段から温泉しか入ってないと思われがちなので改めて立場をアピールしてみたんだが」

「セディさんが普段どうしてるかなんて誰も気にしてないと思いまーす」

「……仕事の休憩時間に温泉掘ってても納得してもらえるかと思って」

 ……なんだろう。

 なんか変な方向に濃い人たち来ちゃった。

「はっはっはっ。仕事さえきちんとこなしてくれるなら、それでいいじゃないか」

 あくまで鷹揚なアテナさん。

 ……五人は彼女を怪訝な顔で見ている。

「どうかした?」

「あれ女の人……? で、いいんですよね?」

 チューリップと名乗った女の子が恐る恐るという感じで指差して聞いてくる。

「こんな街の、しかも屋内でがっちり兜で顔を隠すとか普通じゃないし、もしかしたらゴーレムか何かの類かなって」

「中身はちゃんと人間だよ……」

「さて、それはどうかな」

 なぜかアテナさんははぐらかすようなことを言ったかと思うと、ビゥーンと変な音を立てて兜の眼の部分に相当するところだけ光らせる。

 なんですかその謎の仕掛け。

 特別製ってそういう部分のことだったりしますか。

「ひいっ! モンスター!」

「はっはっはっ。謎のヒーローと言ってほしいものだ」

 ……風霊騎士団でも新入団員にああいうことやって遊んでるのかな。

「その程度でモンスターなんて笑止!」

 そしてなぜか張り切って酒場の入り口でポーズを取っているファーニィ。

「何しようとしてるか知らないけど変なことはやめてねファーニィ」

「ただ紹介しようとしてるだけですよ! 仲間を!」

 パチン、とファーニィがポーズを取ったまま合図すると、見えない位置にいたらしいジェニファーがズザッとファーニィの背後に現れ、ファーニィの真似してかっこいいポーズを取った。

「この子が私たちの仲間の!」

「モンスターだ!?」

「や、やだやだやだ私クマでもガチ逃げなのにライオンとか無理!」

「ふっ……死んだな俺」

「お前ら落ち着け!」

「……あれ合成魔獣キメラでしょ? そんなビビんなくていいよ」

 渋いおっさんと温泉掘りたい女性以外がパニックに陥ってしまった。

 よく見たら酒場内の他の冒険者も我先に裏口から逃げようとしている。

「仲間だって言ってるでしょーが!」

「ガウ!」

 ファーニィと肩を組んでアピールするジェニファー。君ほんとめちゃくちゃ器用だよね。

「……急いでるんじゃなかったか?」

 ユーカさんに指摘されて、そういえばそうだった、と僕も事態の収拾に協力することにした。

 人驚かして遊んでる場合じゃない。

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