マードの居場所
小さな宿場の山賊騒動はアテナさんの手で簡単に終わってしまった。
「ご、ご協力感謝いたします」
「ああ、こちらもいい肩慣らしになった」
王都のエリートである風霊騎士団、その中でも御前試合常連の名物騎士が何故か山賊を突き出してきた……と、留守居の現地騎士団は一時騒然としていたが、やがて囚人の受け入れ態勢を整えて山賊たちを受け入れ、敬礼してきた。
「さあ、それでは宿場で一寝入りするとしようか。私はともかく君らは寝ないと体がもたないだろう」
「なんでアテナさんそんな元気なんですか」
一人で大暴れしたっていうのに全く疲れを感じさせない。
「そんなヤワな鍛え方はしていない。風霊の騎士は必要ならば三日でも四日でも不眠不休で活動できるさ。別に魔力を消耗したわけでもないのでね」
「……風霊騎士団ってなんなんですか」
クロードがぼそっと呟いた。水霊騎士が真似するのはちょっと無理そうだ。
「アーバインさん抜けてどうしたものかと思ってたんですけど……もしかしてあれに近いレベルのインチキキャラですかねこの人?」
ファーニィも困惑した顔。
「はっはっはっ。あれほど名高い冒険者と並べて語られるとは嬉しい話だ。だがさすがに気が早い。賞賛はモンスターを相手にしてからにしてくれ」
そう言って意気揚々と宿場への道を先導するアテナさん。
この人がゴブリンやオーク……いやワイバーンに慌てる姿さえ想像できないな。
実際の底はどれほどのものなんだろう、と興味が湧いてきた。
それからは特にトラブルもなく、温泉街メルタに到着。
そして。
「あの、マード……いや、エックスさんってまだいますか?」
冒険者の酒場で店主に問うと、意外な答え。
「ああ、あなたはあの山賊の時の……エックスさんならしばらく前から遺跡に行ってますよ」
「遺跡?」
「ええ。野暮用って言ってましたが」
「遺跡に野暮用なんてあるもんですかね……」
「それは私らにはわかりかねますな。なんせエックスさんほどのお人ですし」
あの雷撃サーペントのいた遺跡に、なぜか彼は挑んでいるらしい。
「あそこかあ……」
「あそこ行くのはちょっと面倒ですよね……」
ユーカさんとファーニィは早くも嫌そうな顔。
徒歩で行くには微妙な距離があって、ちょっとした遠征準備が必要だし(ここに来るまでの間にはほとんど宿場伝いだったので野営せずに済んだし保存食にも手を付けずにいられた)何よりあそこのモンスターはちょっと強い。
ここにいた頃に比べれば、僕もそこそこ芸は増えているし、ユーカさんも戦い方が進歩しているが、あの遺跡に挑んだ時にはマード翁同伴だった。
多少ひどい目に遭っても、マード翁が横にいれば死ぬことはまずない……という安心感があったのだ。
そのマード翁は単身で遺跡のどこにいるかわからない。
うまく合流できれば安心だが、遺跡はちょっとした都市規模だ。大声で呼んで回っても落ち合えるとは限らない。
そして。
「遺跡って、古代文明の遺跡のこと?」
「ダンジョンと同等以上に危険という話は聞いたことがありますが……」
「はっはっはっ、これは華々しいデビューになりそうだな」
リノ&ジェニファー、クロード、そしてアテナさん。
それぞれに強さはあるが遺跡経験はさっぱりないメンバーがパーティの半数。
もちろん僕やファーニィも一回行ったことがあるだけで、そうそう大きい顔ができるわけでもない。
実質探索ガイドとなれるのはユーカさんだけ。やばいのが出ても対処できるアテがあまりない。
この状態で挑みたくはない……というのが正直なところだ。
「戻ってくるアテはありますかね」
「そりゃあエックスさんならそのうち戻ってくるでしょうが……準備もウチで請け負ったわけではないので、いつ戻ってくるかはなんとも」
「そっか……」
食料や水、野営道具などをどこまで持っていくかによって、冒険の予定はそれなりに読むことはできる。
特に
が、一人で行くとなるとこれが結構読めなくなる。
一人で持てる荷物など限られているので一見わかりやすくなりそうではあるのだが、当人に狩猟スキルや野外知識が豊富だと、延々一人で何か月も活動できてしまったりするのだ。
特にエルフだとその傾向が顕著で、寝るのに火が要らない(樹木の感覚に頼って快適に休める)などの特性もあって、下手すると年単位で野生生活してしまったりするので、そうなってくると余人が予定を推測するのもバカらしくなる。
マード翁はそこまでアウトドアの達人というわけでもないと思うけど……あー、でも釣りとか結構上手いよな、あの人。食料をそこから賄うとなるともう読めない。
「どうしたもんかな……」
「マード戻ってくるまで湯治でもしてたらいいんじゃね?」
「賛成ー。川風呂行きましょうよ川風呂。あそこならジェニファーもお風呂入れるし!」
ユーカさんとファーニィはすっかり消極派。
新人三人は「え?」という顔。遺跡に行くものと思い込んでいる。
「古代遺跡行かないの?」
「時間はあまりないはずです」
「せっかくメルタに来たのだから温泉というのも悪くないが……そんなに遺跡というのは厄介か」
厄介です。
ライトゴーレムやテンタクラーもうっかりすると殺される相手だし、またあの雷サーペントが出たら全員無事に帰れるという確信はできない。
あれ一匹で出てきたからいいけど、別にあれダンジョンでいうところの
僕も正直、あんまり行きたくはない。
せめてアーバインさんがいたらなあ。危険はかなり減らせたんだけど。
でもなー。うーん。
……クリス君のパーティの犠牲者、メルウェンさんの顔が思い浮かぶ。
僕たちがデルトールにいたら、あの人くらいは救えたかもしれない。
クロードの言う通り、急ぐべき理由はある。
楽を選んで何かを失うのは、もう嫌だ。
「……行こうか。マードさんがいつ戻るか……何のために動いているのかすらわからない状態でのんびりするのは、いい選択とは思えない」
「えー……そのうちロゼッタも来るだろうから、それ待ちでもいいと思うけどなー……」
「マード先生がそんなに長期間ひとりで苦労するとも思えないですけどねえ」
仕方ないか、という感じで承服するユーカさんとファーニィ。
「遺跡って遠いの? ジェニファーにどれだけ荷物持たせるの?」
「マードさんがどういう人物なのかがちょっと怖いですね」
「やはり挑んでこそ冒険者だな! うむ、気分が出てきた!」
新人三人は決定にもちろんポジティブ。
……もうアーバインさんはいない。
フィルニアからこっち、僕たちはどんな戦いでも、どこかで「彼がいるのだから」と安心していた気がする。
ユーカさんはいるが、彼女を頼るのはあくまで最後の最後。
本当の「冒険」は、ここからだ。
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