アテナの実力
王都を出て四日目。
日暮れまで歩くとその後の剣の稽古ができないので、最低限一時間は稽古ができる程度の余裕をもって宿を取ることにしていた。
その日も取った宿の近くで、アテナさんとクロードに稽古をつけてもらって(というより、クロードも生徒側だ)いたのだが、それを見た近所の人々がおずおずと声をかけてきた。
「山賊? こんな王都の近くでか」
アテナさんが怪訝そうに言う。
僕たちにとっても意外だ。
王都から多少離れたといっても、まだまだ馬を使えば遠くない距離。
直衛騎士団こそ縄張りにはしていないが、ヒューベルの騎士団はそれだけじゃない。郊外を拠点にしている団もいくつもあり、ここらはそういう連中の支配が及ぶ領域のはずだ。
が。
「どうも南で動乱があったとかで、この近くの騎士団も多くが引っ張られて、ここらの警邏には手が回らなくなっているようでしてな。その隙をついて、流れ者どもが山の廃屋を根城にして好き放題し始めているのです。村娘が幾人も攫われ、家畜も奪われました」
「……村娘」
脳裏に妹の記憶がよぎる。
クロードは僕の心情には特に気づくこともなく、村人の訴えに否定的な見解を示す。
「こちらも旅を急ぐ身です。それに私たちは冒険者。モンスターはともかく、人相手に無法を働けば、私たちの方が罪を背負いかねません。そうでしょう、アインさん」
「……それは、まあ……」
山賊相手の戦いというのは、本来はそれこそ兵士や騎士の領分。
冒険者は護衛などで相手することはあっても、基本的に乗り込んでの殲滅戦はしないものだ。
それを民間でやると話がこじれる。悪事が明らかな場合ならまだしも、「冒険者に頼めば人殺しもやってくれる」というなら、悪党の片棒を担ぐことにもなりかねない。
実際そういうのを裏を取って確かめるのはかなり難しく、そこから手を染めていつの間にか専業の殺し屋になっていた、なんてのも時々聞く話だ。
道を踏み外したくないのなら、各自で気を付けるしかない。
ここで手を出すのは悪手だ。少なくとも、迂闊な行動だと思う。
しかし。
「ふむ。ならばその村娘たちを取り戻す、という名目ならば良いのだろう」
相変わらず兜で顔を隠したままのアテナさんは、こともなげにそう言った。
「村娘がいるかいないか、その山の廃屋とやらに踏み込んで調べてくる。大人しく調べさせるなら良し、そうでないなら殴り倒してここらの騎士団に突き出す……ということでいいのではないか?」
「相手が何人いるか、腕のほどもわからないのに……不殺を通すんですか!?」
クロードが焦るが、アテナさんは平然と頷く。
「そんな品のない無法を働く者の腕などたかがしれている」
「ロナルドみたいな例もあるでしょう!」
「はっはっはっ、もしもそれならいい予行練習になるだろう。……それに、もしもそれほどの腕なら、騎士団の警邏をかいくぐる必要もあるまい」
「正気ですか」
「誰に言っている?」
アテナさん、全く平然。
「……と、とにかく、ここにいるメンバーだけで決めるのはよしましょう。他の三人も交えて。返事はまたあとで」
話を持ってきた住民にそう伝えて、宿屋の中にいったん引っ込む。
「できんのか?」
「誰に言っている」
「お前だよお前。こちとらただのモフモフ偏愛者としか知らねーよ」
ユーカさんは一通りの話を僕から聞くと、腕組みをしてアテナさんを睨む。
「ウチのアインは悪いが無理だ。皆殺しなら簡単だがな。リノもクロードもアテにはすんな。ファーニィは……まぁ、アタシに似たようなことやってたくらいだから、ちょっとは使えるかもしれねーが」
つまり、とユーカさんはアテナさんを指差す。
「お前が一人で片づけるくらいの働きができなきゃ、目論見通りの収拾は見込めねーってこった」
「少しは手伝ってくれた方が鍛錬にはなるのだがなあ」
「できんのかどうか聞いてんだよ」
「言うまでもない。……話はそれだけか?」
……凄い自信だ。
「ねえクロード。アテナさんってそんなに凄いの?」
「……団長クラスの腕前ということは、少なくともあの王子に歯が立つということです。……私にはそれしか言えません」
うーむ。
……こちらとしては、自信満々で出てきてゴブリンにドタバタしたクロードの姿がどうしても重なるんだよなあ。
冒険者は初挑戦だというし。
モンスターではないにしろ、相手は今まで騎士団として相手してきたような輩でもないだろう。
「……そこまで言うならお手並み拝見と行こうじゃねえか」
ユーカさん、アテナさんの提案に結局頷いてしまった。
「だがプランBは用意させてもらうぞ。……つってもお前がやられたら一目散ってだけだが」
「はっはっはっ。いいだろう。そのつもりでついてくるがいい」
「リノ。ジェニファーの荷はできるだけ軽くしとけ。……ファーニィ、アイン。駄目そうならまずは目くらましや『ハイパースナップ』だ。クロードはこの女がやられたら回収係な」
アテナさん以外は完全に逃走プランに合わせて準備。
情けなくはあるけど、この流れの背景をモタモタと探るわけにもいかない以上、アテナさんのプランは最適解だ。
それができないなら逃げて終わらせる。余計な罪を背負わないためにはそれしかない。
実際、殺していいなら僕も力になれるんだけどな。相変わらず「殺さないための技」は乏しいし、信用ならない。
そして、その晩。
廃屋に灯があるのを確認しつつ、アテナさんを大きく先行させ、僕たちは後ろからついて行く。
「ファーニィ、警戒網に気をつけろよ。
「一応それっぽいトラップは注意してるけど……引っかかるとしたらアテナさんだろうし、どうしようもなくない?」
「……リノ、身は低くしとけよ。ジェニファーのたてがみの中に隠れればそうそう狙われねーだろうから」
「ユーは大丈夫なの?」
「アタシは心配すんな。逃げ足には自信あるから」
ユーカさんはジェニファーから降りて徒歩。いざとなったらアテナさんはジェニファーに乗せるためだ。
リノの脚力には期待できないのでジェニファーから降ろすわけにいかないとして、少しでも荷を軽くして移動速度を稼ぐには、リノとアテナさんだけ乗せて残り四人は徒歩で行くしかない。そして僕たちは撤退支援だ。
そんなことにならないといいけど……と、期待半分恐れ半分でアテナさんの背中を見る。
アテナさんの歩き方は格好良くて迷いがなく、事ここに及んでも本当に状況が分かっているのか不安になる。
大丈夫かな。稽古での腕は本当に凄いけど、山賊相手にはあっという間に……なんてことも有り得るよな。
と、アテナさん、廃屋に迷いなく踏み込む。
「風霊騎士団だ! 民の訴えにより……おっと」
バーン、とドアを開けて踏み込み、いきなりキンッと音がする。
「はっはっはっ、歓迎してくれるようだな! さあさあ、かかってくるがいい!」
それから断続的にドゴン、ズダン、ドカン、と重い音が響いて、しばらくして静かになり。
「村娘と家畜を奪われたとの訴えを耳にしてここに来たが、村娘たちはこれで全部か」
「ひ、ひぃぃっ……バケモノ……」
「質問に答えろ。私は優しいが、そうでないものも来ているぞ」
「ぜ、全部! 全部だ! 頼む、命だけは!」
……そーっと廃屋の中を覗き込むと、剣をかっこよく構えるアテナさんの周囲には、幾人もの男たちが壁や家具にめり込んで呻いていた。
凶器もあちこちに転がっている。もちろんアテナさんに振るおうとしたのだろう。
「終わりましたか」
「まだだ。捕縛が済んでいない。……おっと」
僕の方に顔を向けた瞬間、やられた振りをしていた男の一人がアテナさんに投げナイフを放ったが、アテナさんはまるで最初から分かっていたように、円を描いた剣で華麗に弾いてそれを空中キャッチ。
「こんなナイフでは我が鎧は抜けんぞ。自慢ではないが特別製だ。それと……」
ヒュガッ、と投げてきた男に投げ返し、腕を縫い留める。
「あまり抵抗はしない方がいい。手足の一本二本なら『外して』から捕縛するのもこちらの選択肢にあるからな」
「ぎひぃっ……」
関節を外す、ではない。
物理的に「外す」。つまり切り落とす。
治癒術での接合という選択肢があるからこそ、それぐらいは可能なのが今の時代だ。
アテナさんは全く表情の読めない兜の奥から、それを無慈悲に警告する。
山賊たちの心が折れ、捕縛を受け入れるまで時間はかからなかった。
「せめて20人程度はいると思っていたのだが。少ないものだったな」
「大の男が13人もいたら普通一人で相手するのは無理ですよ……」
「殺していいなら君でも可能なのだろう」
「……まあそれは、はい」
捕縛した男たちはアテナさんが胴縄を持ち、ジェニファーがしんがりについて追い立てる形で人里に下ろす。
アテナさんは武器を弾く以外はほぼ柄尻や体術で叩きのめしたというが、その技の冴えはよほどのものだったのだろう。本来決して他者に屈しそうにない強面の男たちは、アテナさんが少し低い声で号令をかけるだけで怯え切ったように従った。
ナイフで腕に穴をあけられた男もファーニィの治癒術で最低限の治療を施され、大人しくしている。
「……クロードみたいに実戦で駄目なんてことはなかったね」
「忘れてください」
僕とクロードの小声の会話を聞いて、アテナさんは高らかに笑った。
「こんな野良退治は今まで幾度やったかわからないさ。実戦には数えて貰わなくていい」
「風霊ってそんなに山賊と戦うんですか」
「どうも怠け者と思われているようだが、私たちも不穏分子鎮圧は頑張っているんだ。なかなかこれが潰しても潰しても湧くものでねえ」
……僕たちはアテナさんをちょっと侮っていたかもしれない。
少なくとも精神的な隙はなさそうだ。
……15歳の騎士見習いと、戦女神と名高い剣豪、同列に見るのが間違っている……というと全くその通りなんだけど。
「大丈夫ですよージェニファーは悪い奴には怖い子ですけど善良な人には優しいですからー。私やあの子もたまに乗せてもらうんですよー。……ほらユーちゃんも仏頂面してないで! この人たち今まで怖い思いしてたんだから!」
「愛想振りまくの苦手なんだよ。任せる」
「それじゃ可愛いワールドに定住できないよ!?」
ジェニファーの後ろでは、ライオンの威容に怯える村娘たちをファーニィが必死に安心させようとしていた。
ほ、ほどほどにね。あんまりジェニファー怖くないよを強調し過ぎると山賊たちもナメるから。
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