再びメルタへ
翌日。
一通りの物資補給をしてから、僕たちはとりあえず温泉街メルタに向かうことにする。
「マード殿の噂は聞いている。かの『大聖女』アドリアと並ぶほどの治癒師だという話じゃないか」
「えっ、有名なんですか」
さらりとマード翁の話についてきたアテナさんにクロードがびっくりする。
「大聖女のことは知っているな?」
「まあ、一通りは……一応はミミルの信徒ですから」
「それと比肩すると言われたのは彼のみなのだ。『内なる極星の会』という、今となってはカルト宗教といった扱いの団体があるのだが、そこは一時期、彼の力によってミミルをおびやかすほどに隆盛したという。何しろ大聖女の治癒術は天与の奇跡というのが触れ込みだったからな。彼女が亡くなった後、癒しを求め神にすがる者たちがそこに殺到したというわけだ」
「な、なるほど……」
「だがある時、急に『内なる極星の会』を出奔してしまった彼はそれまでの真面目で物静かな人柄から人が変わったように俗人となり、それをもって治癒師の優劣に端を発した宗教闘争は収束。以後も彼は金と女を求めながら治癒師としての活動をしばらく続けていたが、ある時から冒険稼業に踏み込み、今に至る」
「……なんだか会うのが怖いです」
「なに、クロード君は男なのだから関係ないだろう。心配があるとすれば……エルフの君や私なのだろうが」
と、ファーニィに顔を向ける。
ファーニィは首をかしげて。
「まあ多少お尻触られるくらいだし、ちゃんと殴れば離れるからそんなに害はないですよ?」
「相当な強欲として通っていたようだが……」
「そんなでしたかね?」
僕にパスが来た。
「別に普通のスケベ爺さんって感じだけどなあ……それもカラッとした感じの」
まあスケベにも色々ある。
もちろんアーバインさんのようにとにかく口説いてベッドインを狙うタイプのスケベもあるし。
ハルドアの故郷には、酔うと尻どころじゃなくもっと執拗に迫るタイプのおっさんもいて、村中の女から嫌がられていた。
そういうのに比べるとマード翁はまだしも距離感がちゃんとしてるというか。
もちろん僕が男で他人事だから、それぐらいは、と軽く考えているというのもあるけど。
……ユーカさんがジェニファーの上で腕組み。
「まあ、アタシらと一緒に結構色々大仕事やって、金には全然困らなくなったからな。女遊びもその気になれば金でいくらでもできる。身内にそんなゴリゴリ迫る意味はねーんだろ」
「そういうものか」
アテナさんは納得。
「……実はユーってすごい冒険者なの?」
「秘密だ」
そして未だに話に完全にはついてこれないリノ。
さすがに察してもいいんじゃ……と思うが、“邪神殺し”伝説なんてリアルタイムで触れなければ意外と触れようがないのだろう。
「あ、一応リノもマードさんに会う時には迂闊に背中を見せたらお尻触られると思っといた方がいいよ」
一応警告。
「私も!? ファーニィの方が絶対揉み応えあるでしょ!?」
「こら! 『さん』をつけろ後輩! 『ちゃん』でも可だけど!」
上下関係には厳しいファーニィ。
……でもアテナさんにはなんか敬語だ。
なんだろうね、見るからに格が違うからか。そういうのには敏感だよねファーニィって。
それはそれとして。
「とりあえず女の子は触って殴られるまでがセットだと思ってる節があるんだ。全力で殴ってもいいよ、あの人マジで死ななきゃ秒で復活するから」
「最悪」
まあそう言いたくなるのはわかる。会う前からそれだとね。
王都からメルタ。
かつてはメガネを失い、ほとんど何も見えないまま歩いた道を逆に辿る。
事件自体はなんにもなかったとはいえ、足元が不確かな中ではしょっちゅうコケたし疲労も大きく、今はそれとは逆に体力に余裕のあるメンバーと、荷物持ちのジェニファーまでいるので荷が軽く、歩みも軽い。
そして王都に近いので宿場も多く、宿にも困らないので旅は快適だ。
そして本来ジェニファーが顔を出すことで起きるであろうトラブルも、アテナさんが素早く収める。
「ひぃっ! モンスター!」
「はっはっはっ、まあ慌てるな民よ。これは
「き、騎士……様?」
「うむ。私は王都直衛騎士団のひとつ、風霊のストライグという者。このジェニファーについては私が保証する」
今までは僕やリノがあたふた説明して、ジェニファーに軽く芸までさせてなんとか得ていた了解を、アテナさんはその堂々たる騎士の風格(例によって顔は兜のまま)と、風霊騎士団の看板によってこともなげに得ていく。
「すごいなアテナさん……ライオンが普通に人里歩くという無茶が、あの人のおかげで簡単に進む……」
「……私も鎧だけならそんなに違うものではないはずなんですが」
ちょっとだけクロードが自分の恰好を気にする。
アテナさんと背丈もそんなに変わらないのに、クロードではああはいかない。
クロードもわりと気品のある振る舞いをするほうだとは思うんだけど、ライオンを横に置いて「この騎士様の従僕なら大丈夫か」と安心させられるほどではない。
やはりそのあたり、やや変な人とはいえアテナさんは「騎士様」としての余裕と自信が誰にも伝わるという意味で、優れた騎士なのだろう。
いくら腕が立っても、自分たちの命をこの騎士には任せられない、と思われてしまえば、治安は良くならないし。
「さて今日はどこまで行くのだ。いつになったらモフモフタイムを堪能できるのか」
「アンタはリーダーの稽古のためについてきたんでしょ!? モフモフタイムはその後にしてよね!?」
「ガウ」
リノとジェニファーも、どうやらアテナさんと折り合いをつけたようだ。
……あとは僕が、毎日彼女との稽古に耐えられるか……か。
いや、頑張るけどね。
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