戦女神と呼ばれた女
宿屋のロビーに戻るとクロードとファーニィもいる。
そしてアテナさんの姿を見てクロードはたじろいだ。
「“風霊の
「はっはっはっ、君がかの高名なロナルド・ラングラフの甥か。自己紹介は必要なさそうだね?」
「……ええ」
戦女神て。
「けったいな二つ名名乗りやがって」
ボソリと呟く邪神殺しの人。
アテナさんは肩をすくめる。
「さすがに自分で言っているわけじゃないさ。そんなのを臆面もなく名乗っていたら私も神経を疑うね。……どちらかというと“かっこいいポーズの騎士様”の方が本流だと思っているよ」
それもそれでどうなんですか。
「ねえクロード。
「……騎士団の間ではまあ、そちらで通っていますね。風霊の騎士団長にも勝る強さという評判です」
「それなのにヒラなんだ……」
「副団長の打診を固辞し続けているという噂ですが……」
アテナさんは髪を掻き上げながら。
「副団長といえば団長の尻拭い、事務仕事に忙殺される貧乏くじと相場が決まっているだろう。私は偉くなりたくて騎士をやっているわけじゃない。つまらない御役目は他に譲るというだけさ」
……まあ楽しそうに生きている感じはするけど、何のために騎士やってるんだろう実際。
「一足飛びに団長をさせてくれるというならまあ受けなくもないんだが、それには武功がやはり足りなくてねえ」
「ここでも武功か……」
「今の団長もお飾りじゃない。それを排して上に立とうというなら、誰の目にも充分な実績がいるだろう?」
「……まあ、そうなんですかね」
「いや、別にそこまでなりたいわけでもないからいいんだがね。戦乱は豊かさを失う。武勇を誇る機会などない方がいい。平和で何よりというものさ」
「平和じゃねーだろ……王都だけ見ても」
ユーカさんのツッコミに苦笑するアテナさん。
「手厳しいな。大事になる前に収めた当人に言われてしまうと何も言えない」
「ホント、王都の連中はもっと危機感持つべきだと思うぜ? いくらあの
「いや、あれに怯まない国もそうそうないとは思うが……」
「ドラゴン種の中じゃあんなんチビガキだぞ。大物はアレの三倍は覚悟しないと」
「…………想像を絶するね」
……ユーカさん、そんなのを倒したことがあるってことだろうか。
もう人間が立ち向かっていい奴じゃない気がする。
いや、あの
「それほどのものと戦う想定だというなら、アイン君があれほどの力を持ちながら驕らないのも納得だ」
「いや、僕もそこまでの想定はしてないというか……」
「しろよ。アタシを超えるんだろーが」
……はい。
っていうか、つくづくこの人スケールおかしいな……。
「アインさん、“風霊の戦女神”に稽古つけてもらってきたんですか」
「ミリィさんの指導も一緒にね。……まるで相手にならなかったよ。ロナルドは遠い」
「それはそうでしょう……私でもスイフト団長から一本取れたのは、相当に調子が悪い時だけですから」
そもそも戦いというものをやり始めて一年ちょい、という人間が戦える相手じゃないんだろうな、ロナルドも、謎のはぐれ邪神(仮)も。
でも、避けては通れない。
「すぐにマードさんを迎えに行くか、ここでもっと腕を磨くか……悩ましいところだな」
「マードさんが最優先だったのでは?」
「事情が少し変わった。ロゼッタさんがアーバインさんたちにストップをかけに行ってるから、マードさんの召集はそこまで急がなくてもいい感じになってる。……いずれは“邪神殺し”パーティの再結集まで持っていきたいけど、今ゼメカイトにいるリリエイラさんのことを考えると最低でも何週間かは見ないといけないし」
ゼメカイトまではメルタ~フィルニアを逆に辿る必要はないので、王都に来る時よりは早く行けるルートがあるが、それでも往復を考えると三週間より早くは難しい。
最も早いのはもちろん、距離を無視するロゼッタさんによる伝令でリリエイラさんもこちらに呼ぶことだが、アーバインさんたちの制止から何からロゼッタさん頼りになりすぎるし、彼女の動きは不確定要素として考えた方がいい部分もある。
邪神対策が万端に整ってからのんびり修行することを考えるのが筋なのだろうけど、かつてのユーカさんパーティが揃ったところで、肝心のユーカさんが今の状態では、邪神に勝てるとは言い切れない。
難しい話ではあるけど、僕がもらった「力」を覚醒させるなり、ユーカさんが“邪神殺し”を全盛期同様に発動させて戦うメドを立てるなりしなければ、決め手のないまま無駄に集まったみんなを待たせることになる。
そして、ロナルドは今は隣国に落ち着いているという情報と、はぐれ邪神はいつまでも同じ場所にいないだろうという推測。
総合していくと、何をどう優先していくかがとても難しい。
が、クロードは僕たちと違ってデルトールに出たのはロナルドだと思っているので、気が逸っているのだった。
「腕を磨くって、そんな悠長な。……この際だから言いますが、アインさんがどう腕を磨いても、ロナルドの相手にはなりませんよ。少なくともあと数年は」
「あー……」
何からどう伝えたものか。
デルトールにはそんなに急ぐ必要はない、と言うのも「どうして」という話になるし。
神出鬼没の「はぐれ邪神」だというのも、言ってしまえばロゼッタさんの憶測だとも言えるし。
何故ロナルドではないと言い切れるんだ、というと結局、今は別のところにいるという情報ゆえのことだし。
それを言えば下手するとクロードはそちらに行こうと言い出す。普通に考えれば勝ち目は薄いが、彼にとっては自らの一部、家に関わる問題だ。判断力が下がる可能性が高い。
うーん……。
「いいことを考えたぞ」
と、突然そこで声を上げたのはアテナさんだった。
「なんだよ突然」
「私が随行しよう。そして私の剣技をアイン君に伝授すればいいのだ」
「随行……って、王都の守りはいいんですか」
「はっはっはっ、私は所詮ヒラ団員だ。王都直衛四騎士団、数百人の中から一人抜けたところで大差はないさ。……かつては団長が一人抜けたままでもなんとかなったんだからな」
「もちろん私も随行する間は冒険者として共に戦おうじゃないか。実は昔から少しやってみたかったのだ。今はそれこそローレンス王子の例もあることだから、それほど怒られはしないだろう」
「ええー……」
ユーカさんは露骨に嫌そうな顔をした。
「こいつフルプレと同じタイプのアホの匂いがする」
「はっはっは、そういえばローレンス王子はフルプレートと名乗っていたのだったか。ならば私も世を忍ぶためにハーフプレートとでも名乗ろうか」
「お前世を忍ばなくていいだろ! そういう話してただろ今!」
……ユーカさんの反応はともかく、ありがたくはあるんだよな。
冒険者パーティの構成としては前衛を厚めにして、後衛は一人か二人が標準。
弓手や魔術師は手数に限りがあり、治癒師は稀少で戦闘力が低いことを考えると、それ以上後衛を連れて行くと不測の事態で犠牲が出やすくなる。
今までは前衛を僕とクロード、後衛をそれ以外(ユーカさんは員数外の遊撃)というスタイルでやっていたが、これでもっと安定して前面を支えられる「普通」の編成に近くなる。
「そうだとして、アテナさんに何の得があるんですか」
クロードは怪訝そうな顔をする。今のところ彼にとっては他団の高名な騎士というだけで、僕らにつくメリットが見えないのだろう。
アテナさんは胸を張った。
「ジェニファー君と戯れられる!」
「……はい?」
「ジェニファー君をもふもふできる!」
「…………???」
「命を懸けるに値するメリットだとは思わないか!」
クロード、全く理解できないという顔。
戦女神とさえ言われた人が何を言ってるんだ、と思う気持ちはよくわかる。
でもこの人「ゴリラとライオンが嫌いな女子はいない」派なんだ。
つまり中身はユーカさんとあんまり変わらないんだ。
ユーカさん本人とは今のところちょっと相性悪いけど。
「あの……それ、一応飼い主の私を無視して決めないでくれない……?」
リノもおずおずと言ってきた。
ごめんリノ。
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