ポージング騎士、街を行く

 日も傾いてきたので宿屋に帰ることにする。

 ……という旨を話したところ、ミリィさんは普通に頷いてくれたのだが、アテナさんは露骨にジェニファーと別れるのを残念がり、食い下がるように思い付きを提案してきた。

「じゃ、じゃあジェニファー君の宿舎まで背中に乗せてくれないか!」

「……まあ無理ではないですけど」

 いい? とジェニファーに目線で確認すると、ええー……? という顔をした。

 いやライオンなので、どんな表情かはものすごく微妙にしかわからないんだけど、なんかそんな雰囲気だった。

「頼むよ」

「……ガウ」

 仕方ないなあ、という雰囲気で伏せをするジェニファー。

 やった、と大喜びで跨る女騎士。

「あまりアテナを甘やかしてもいいことはありませんよ、アイン様」

「まあ乗ってみたいという気持ちは理解できますし」

 ミリィさんにはそう言って手を上げ、僕とジェニファーは練兵場を後にする。


 練り歩くジェニファーとアテナさんの姿は、街の子供たちに人気だった。

「あ、かっこいいポーズの人だ!」

「モンスター買ったの!? どうやって!?」

 背中に乗って得意げにしているアテナさんは、兜で顔が見えないにもかかわらず「かっこいいポーズの人」として子供たちに認識されている。

 というか、兜自体がちょっと特徴的な一品物なので、それで認識しているのだろう。下手すると素顔では逆に「誰?」と言われるタイプかもしれない。

「はっはっはっ。子供たちよ、これはモンスターではなく賢い合成魔獣キメラだ。魔術師に従ういいやつなのだ」

「えー! すげー!」

「ってことはこの兄ちゃんが魔術師なの!?」

「いや僕は違うよ……魔術師が仲間だから借りてるんだよ」

「すげー!!」

「ねえさわっていいー?」

 子供たちは怖いもの知らずだ。背中に馴染みのある騎士が乗っているというのもあるのだろう。

 ジェニファーにまとわりついて肩やお尻をぺたぺた触ったり、よじ登ろうとしたりし始めて、さらに周囲の大人たちがアワワワワとなっているのがわかる。

「あんまりジェニファーに触らないで。大人しいけどちょっとその気になれば人間なんてひと噛みで殺せる奴だからね」

「ガウ」

 ジェニファーは「その説明酷くないですか」みたいな困惑顔を僕に向ける。

 いや、だってそうだろ。というかお前がその気にならないという保証は僕にはできないよ。

 もしもの時には真っ二つにしなきゃいけないけど、そうなったら困る。リノにすごく恨まれるだろうし。

「なんだか君とジェニファーは心が通じているようなやり取りを時々するな。君はキメラ語が喋れるのか」

「聞いての通り普通の言葉です……ただジェニファーは前に片腕斬り飛ばしたことあるので、それ以来僕をちょっと恐れてるというか、ボスとして服従してるってところあるかも」

「斬ったのか。酷いことをするなあ」

「いや、その時は仲間でも何でもなかったので……まあ別にジェニファーも悪気があったわけじゃなくて、行き違いだったんですけどね」

 な? とジェニファーに同意を求める。

 ジェニファー、こくこくと頷く。かしこい。

「それも斬空のなせる業か」

「ええまあ……その時はナイフしかなかったので、それしかやれなかったというのもありますが」

「ナイフ一本あれば、この魔獣をあっさり制圧できてしまうということか……改めて恐ろしい冒険者だな君は」

 まあ、そうかもしれない。

 事実としては実際ナイフがあれば勝てる。

 他人として僕を見たら本当に不気味だろうな……と、その感覚に思いをはせる。

 見た目ただのヒョロメガネだもんなあ。


 子供たちをなんとか剥がして移動再開。

 街のあちこちで「かっこいいポーズの騎士様」「風霊のかっこいいポーズの御方」といちいち声をかけられるアテナさんは、どうも街の名物騎士なのだなあ、と実感する。

「なんでみんな名前言わずに『かっこいいポーズ』ばかり強調するんですか」

「あまり名乗っていないからな。警邏パトロールの時に、酔っ払いや不埒者を注意するため、剣を抜いて構えだけを見せることがあるんだが、それがなんだか定着してしまったんだ」

「他の騎士はあんまりかっこよく構えないんですかね」

「風霊の剣の使い手たるもの、構えの美しさが第一なのだがなあ。嘆かわしい」

 とりあえずその名前で通っていることに本人は全く違和感はないようだ。

 ……それで馴染んでる王都の人たちもどうかと思う。

 まあ、彼女が跨ってるおかげで、ジェニファーがなんか「悪くない生き物」として受け入れられている気配があるのはいいことかもしれない。


 借りた馬小屋まで辿り着き、アテナさんを降ろす。

 降りてから彼女はまたジェニファーに抱擁。

「ああ……本当に名残惜しい。風霊騎士団に何か用ができたら、すぐに私を呼びつけてほしい。本部でストライグの名を出せば伝わるはずだ」

「一応仲間の縁からしても火霊か水霊ですし、わざわざ風霊に頼るってこともあまりないかと……」

「ずるいぞ! 何か風霊にも縁はないのか!?」

「そんなこと僕に言われても」

 ……というやり取りをしていると、宿の窓から僕たちの帰還を目にしたのかリノとユーカさんが駆けてきた。

「……ねえリーダー。この騎士なに?」

「ウチのジェニファーに文句でもあるのか? あ?」

 微妙に警戒してアテナさんから距離を取りつつ聞いてくるリノ(店でオシャレさせてもらったのか、全身いつもより数段可愛くされている)と、なぜかチンピラ感で対抗するユーカさん(こちらも服は変わってないがメイクとか可愛い)。

 それを見てアテナさんは両手を広げてご機嫌ポーズ。

「いやあ、可愛いな二人とも! どちらがアイン君の本命だい?」

「そっちの赤いほうの子ですが」

「何サラッと真顔で言ってんだオメーは!」

 ユーカさんに跳び蹴りされた。ドラゴンミスリルアーマーのおかげでちょっと息が詰まる程度で済んだ。

「というかこの騎士何なんだって聞いてんだよ!」

「あー……練兵場でお世話になった風霊騎士団のアテナ・ストライグさん。ジェニファーをすごく気に入ってるみたい」

「よろしく。名を聞いても?」

「……ユーカだ。コイツの師匠だ」

 ヘの字口で僕を親指で示しつつ、小さい身体で精いっぱい威張ったポーズをとるユーカさん。

「……リノ・サンデルコーナー」

 リノは名前を名乗ったきり、僕を盾にするようにすすすと移動。

 警戒してるなあ。まあ兜で顔隠した完全武装の騎士が突然来たら警戒するなって方が無理か。

「兜取ったらいいんじゃないですかねアテナさん」

「ああ、これは失礼。私は兜付きこっちの方が王都ここらで通りがよくてね。ついこのまま話してしまう」

 あっさりと兜を取る。

 中から現れた麗しい美貌にリノとユーカさん、ちょっとビビる。

「紹介にあずかった通り、私は風霊騎士団の騎士アテナ・ストライグ。まあ一介のしがない騎士だ。ライオンとゴリラの合成魔獣キメラなんて素晴らしい組み合わせ、出来たら私にも作って欲しいくらいだよ」

「ジェニファーみたいな優しい子はサンデルコーナー本家でもまずいないわよ。普通の合成魔獣キメラって時々本気で魔術で縛らないといけないくらい凶暴さが残ってるものなんだから」

「そうなのか……」

 ジェニファーも勇敢な子だとは思うが、本来合成魔獣キメラはもっと好戦的なようだ。

 まあ強い生き物を組み合わせ、なおかつ魔術攻撃まで必修科目にするくらいだから温和な性格にはなりづらいというのも想像はできるけれど。

「ならばなおのことジェニファー君が優れているということだな。こんなに従順で気の利く魔獣なんて、どんなところでも欲しがるだろうに」

「……一応ジェニファーも、ちょっと暴れん坊なところもあるはずなんだけど」

「酷いようなら僕がお仕置きしないといけないから……」

 メガネを押して僕が言うと、ジェニファーは震え上がって馬小屋に引っ込み、フラれたアテナさんはちょっと悲しそうな顔をして、リノは「あー……」と納得顔をした。

「リーダー、そんなに脅かしたらジェニファー可哀想じゃない……」

「いや僕は責任の話をしてるだけで脅かしてはいないよ?」

「……マイロンの鬼畜メガネって言われるわけよね」

「ちょっと関係ないんじゃないかな!」

 ジェニファーとその変なあだ名は特に絡んでないだろう。

 と思うんだけど。

「アインってなんか、突然フッと表情消してえらいことやるようなとこあるよな」

「すごくあると思う」

 そんなに言われるほどかなあ。特にリノにはそんなとこ見せてないと思うんだけどなあ。

「鬼畜メガネ……」

 で、なんでそのあだ名を聞いてワクワク楽しそうな顔してるんですかアテナさん。

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