ライオン戦う(戦わない)

 治癒師の治療が終わると、今度はミリィさんにも順当に転がされる。

 アテナさんの剣に比べると水霊の剣術は異質な理念というわけでもなく、馴染みがあるのでまだしもやれる……と思いきや、やはりクロードやマキシムの完全上位互換なので、多少でも流れが見える分、そのキレの凄さに余計に無力を痛感するのだった。

 ……が、ミリィさんとしてはそれなりに評価に値するものにはなっていたらしい。

「ほとんどはラングラフ兄弟に最近教わっただけの剣……なのに、かなり形になっていますね。たった一ヶ月でここまで仕上がる騎士がもし団にいれば、将来の幹部候補です」

「お褒めに預かり光栄です……」

 あの水竜アクアドラゴン騒動による評価も随分下駄になってるんだろうな、と思いつつ、再び治療を受ける。

 ドラゴンミスリルアーマーの塗装剥げが今日一日でまた進み、随分貫禄が出てしまった。凹みやガタが来ているというわけじゃないけど、少しだけ製作者ドラセナに申し訳がない。

「お世辞ではないですよ。……確かに体格のわりには動きに迫力が足りないというか、もう少し鋭く動いてほしいところはありますが……これでいくつも秘剣をマスターしていると思えば恐ろしい」

 ミリィさんが練習剣を軽く拭きながら言うと、ジェニファーをモフっていたアテナさんも同意。

「ああいうのは本来、実戦に組み込むのが難しいからこそ秘される類のものだからねえ。隙を見計らうまでもなく一瞬で打てて、それも丸太ごと輪切りの威力……となると、まあそれだけで脅威というか……実質的な戦闘力は、十年選手でもまずかなわないだろうね。大活躍も納得だ」

「私やアテナも、あなたが本当に何もかも出し切れば瞬殺される可能性がありますね。怖い話です」

「とてもそうは思えないんですが……」

「『斬空』は技のひとつでしかないでしょう? 他にもいくつもあると聞きます」

「……そんな噂になるほど色々やってないはずなんですが」

「ははははは」

 ミリィさん、クロードにそんなに詳細に報告受けたとも思えないんだけどなあ、と思って頭を掻くと、アテナさんに笑われてしまった。

「君はカマかけに弱いって言われるだろう」

「……えっ」

「私たち相手にはあえて使っていない、というのは今の一言で充分わかる」

「……あ、あの、別に侮ってるとかそういうわけじゃないんですよ? 人に使うのはあまり適さない技とか多いですし」

「だろうねえ。……怖い怖い。在野にこんな使い手がゴロゴロしているのなら、騎士団なんて張り子の虎だよ」

 ニヤニヤしつつもちょっと目が笑っていないアテナさん。

 あれかなあ、変なプライド刺激しちゃったかなあ。でも手札全部見せるわけにもいかないしな。

 特に「ハイパースナップ」なんて人間相手でもかなり有効だとは思うけど、訓練で使うような技でもないし、気構えしてれば効果が下がる類のものなので、この騎士団の情報網に乗せたくない気持ちはかなりある。

 主にロナルドに知られたくないというのもあるけど、僕たちが騎士と敵対しないとも限らないしな……。

 そう考えるとクロードには少し厳重に口止めするべきかもしれない。この技だけでも。

「ところで、あのライオンはどういう意図で連れてきているのですか?」

 ミリィさんはモフられているジェニファーを視線で示す。

「あなたのことですから、ただのペット自慢というわけでもないでしょう。……たまにそういうことをする貴族もいるのですが」

「あー……そっか、そういうパターンもあるのか」

 合成魔獣キメラに限らず、珍しい猛獣をペットにしたのなら、騎士たち相手に自慢したくなる金持ちもいるだろう。

 治癒師が豊富に控えているのなら、ちょっとした事故も怖くないことだし。

 ……だから、ここでも珍しそうな視線を投げられつつも騒ぎにはなってないんだな、ジェニファー。

「彼も大事な冒険仲間です。見た目以上に頭もいい。……上質な剣術というものを彼に多く見せておくことで、今後の冒険で起きそうな対人戦にプラスになると思ったからです」

「そう。……ならば提案なのですが」

 ミリィさんは少し怖い笑みを浮かべ、彼女に連れられてきた騎士たちが一瞬緊張したのがわかる。



 彼女が提案したのは、水霊騎士たちによるジェニファー相手の模擬戦。

 騎士たちが使うのは刃引きの練習剣。ジェニファーにはできるだけ寸止めで済ますように言い含める。そのうえで実戦さながらの体験をさせたい、というのだった。

 僕とジェニファーにはありがたい話だが、ミリィさんたちにはメリットあるんだろうか、と思っていたのだが、王都の騎士団は相当に遠出をしないとこのクラスのモンスターと対面できないので、対モンスター戦の経験として得難いものになるらしい。

 水竜アクアドラゴン戦での騎士団の動きの悪さは、彼女にとってはかなり痛恨だったようで、騎士たちが自分より大きいモンスターと対峙する経験をするチャンスだ、ということのようだった。

 で。

「ガウ……」

「ひ、ひぃぃっ……あ、あの、本当に寸止めしてくれるんですよね? 食われませんよね!?」

 相手させられることになった水霊騎士は露骨に腰が引けている。

 まあ、怖いだろうなジェニファー。普通にライオンだしな。しかもわりと大きい方の。

 練習剣とはいえ、騎士たちには本気で打ち込まれることになっているので、ジェニファーとしてもわりと痛い目に遭いそうなのだけど。

「彼はそう言っていますが、まあ手足が食いちぎられる程度までなら治癒師がいれば完治します。……ちゃんと食べ残してもらえればですが」

「ひえええっ!」

 にこやかに脅かすミリィさんに、水霊騎士は竦み上がる。

 僕はジェニファーに軽く声をかける。

「やっていいぞ、ジェニファー」

「おおおい!? メガネ貴様、後で覚えて……ぎゃああああ!!」

 知らない水霊騎士は僕になぜか怒りを向けつつ、ゆっくりとにじり寄るジェニファーにすっかり怯えて戦いにならない。

 まだ飛び掛かってすらいないんだけどなあ。

 ……そして後ろ足で立ち上がって前足を振り上げた時点で剣を投げ出して頭を抱えて降参ポーズの水霊騎士。

 全然駄目だこれ。

「ジェニファー。戻って」

「ガウ」

 素直に従って開始位置に戻るジェニファー。

 ミリィさんは溜め息。

「せめて戦う形だけでも見せてほしかったんですが……ペンウッド、もう下がりなさい。すぐに練兵場を十周」

「た、助かった……くっ、メガネ……後で覚えていろよ」

 僕、そんなに恨まれる役?

「ライオンより彼の方が強いですよ。……次」


 ミリィさんに指名されてジェニファーと対峙することになった次の騎士は、僕に従順なジェニファーを「実はそんなに大したことない」と踏んで少し頑張った。

 が、そもそもジェニファーに練習剣が全く通じない。

 僕は初対面でサクッとやれてしまったのでジェニファーの筋肉がどれほどの硬さなのかあまりイメージできていなかったのだが、全く魔力を込めていない練習剣では、圧倒的に発達した猛獣の筋肉の前では木の枝と変わらないようだ。

 それに加えて、ジェニファーの敏捷性はただの猛獣を大幅に上回る。

 背中にリノとユーカさんを乗せたままで、数メートルもの高みにジャンプできるのだ。まともなライオンにそれができるか考えれば、彼が見た目の恐ろしさよりさらに怖い魔獣であることは間違いなかった。

 結局二人目も、数度当てたところでジェニファーの筋肉に剣を弾き飛ばされて尻餅、降参。


 三人目はもうちょっと頑張った。

 しばらく渡り合い、ジェニファーの「拳」まで出させたのだから立派なものだと思う。

「ライオンじゃなかったんですか!? なんですかあれライオンじゃなくないですか!?」

「別に彼はライオンとは言っていませんよ?」

「反則だ!!」

「本物のモンスターにそんな訴えが通用するといいですね。……十周」

 ミリィさん、にこやかに酷い。

 まあ、でも、知ってるつもりで相手していたモンスターが突然知らない生態を見せるのは珍しいことではない。

 冒険者的には「聞いてないぞ!」と叫びながら半ベソで戦うというのはあるある話だ。


 四人目は気丈に構えたまでは良かったものの、至近距離で牙を剥き出し、吠えるライオンの迫力で失禁、気絶。

 戦う前に終了。

「……はあ。冒険者をしばらく経験させるのも、本気で検討した方がいいのでしょうか」

「あー……さすがにジェニファーくらいの強さのモンスターとやり合うには普通は一年や二年じゃ難しいと思います……生存率的にも」

「でもあなたは冒険を始めて一年でしょう?」

「……この前までゴブリン相手にめちゃくちゃ命懸けだったんですけどね」

 なんかサラッと「よくいるクラスだから」とジェニファーに言ってしまったのがイヤミな感じになってきてしまった。

 ジェニファーはおそらくヘルハウンド相手でも(無騎乗なら)9割勝てるだろう。

 それと単独で戦える冒険者がどれだけいるかと考えると……割と無茶ぶりかもしれない。

 実際そのクラスが突然目の前に出てきたら気絶する冒険者いてもおかしくないもんな。特に壁貼りクラスだと。


 それからも十人ほど相手して、ジェニファーは結果的に軽い打撲が数か所ある程度で平然。

「いい子だ。なあ、我が団に来ないか」

「飼い主は僕じゃないんで勧誘はそちらに……」

 深く溜め息をつくミリィさんと対照的に、アテナさんは一応治癒されるジェニファーを撫でながらご機嫌だった。

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