ジェニファーと騎士

 何はともあれ。

 僕たちがあまりジタバタしても仕方ない。

 連絡員としてのロゼッタさんはもう動いていることだし、マード翁の所在は少々あやふやだが、だからこそ今慌ててもどうにもならない。

 しいて言えばリリエイラさんも招集したいところだが、それこそ僕たちが直接ゼメカイトに行くより、次にロゼッタさんに会った時に言伝ことづてを頼むべきだろう。

 旧パーティを全員揃えて、それでなんとかなったら「歴史上の快挙」という状況。

 こうなればユーカさんを元に戻す方法も考えたいくらいだけど、そもそもそんなことできるアテが少しでもあったら、僕が今の状況になっていない。

 世界の危機だが、僕たちはまだ、それに対抗できる人たちよりも何段も下のステージにいる。そこから気を揉むしかないのだ。

 ……ロナルドとの再戦も別にご破算にはなってないしな。



 というわけで、僕はジェニファーと一緒に王城裏の練兵場に来ている。

「……僕と二人きりってのは初めてだね」

「ガ……ガウ」

 ジェニファーは僕に話しかけられるたびに、少しおびえたように身をビクリとさせる。

 結構経つけど、まだ初めて会った時にうっかり「オーバースラッシュ」で前脚落としちゃった時のことを根に持つ……いや、根に持つでいいのか? 

 とにかくあの思い出を怖がっているんだろうか。

 ……ちなみにリノとユーカさん、ファーニィ、そしてクロードは例の高級服店。リノの今の服はさすがにみすぼらしいので、これからの冒険活動を考えてもマシな衣装を用意するに越したことはない、ということで行かせたのだった。

 お金はそれなりに貯まっているから、王都でだってそれなりに遊べるはずなのに、どうも身なりを気にしている節があったしな。

 ……まあ僕もちょっと気持ちはわかる。

 それに「冒険を前提にした魔術師向けの服もある」とクロードが言っていたから、どちらにしろここで行っておくのは有益だ。

 ……一方、僕はこれ以上服に神経を割くのは気が進まない。

 伊達者のクロードやアーバインさんに言わせれば、まだまだいくらでもオシャレのしようはあるのだろうけど、それはどうも僕の分野でもない気がするし。今のところ女の子にそんなにモテようとも思わないし。

 それよりせっかく王都で、うっすらではあるが水霊騎士団や火霊騎士団というヒューベル王国有数の強豪騎士団にも繋がりがあるのだ。少しでも腕を磨き、今後に備えたい。

 ちなみにジェニファーは対人戦の見学と研究のために連れてきた。

 彼は元々山賊やオーク相手なら充分に頑張れるが、ある程度以上の相手には少々心もとない。僕にもこうして怯えるくらいだし。

 リノとユーカさんの足として考えればそれでも充分ではあるけど、不測の事態というのは有り得るのだ。ロナルドにしろ「はぐれ邪神」にしろ、「人型の敵」なのだし。

 一流の太刀筋というのは、人間にそういう動きができるのだ、というだけで見る価値がある。

 聡いジェニファーなら、その意味を理解してくれるだろう。

 ……できれば模擬戦みたいなこともやれたらいいなあ、と思ってるけど、付き合ってくれる騎士とかルール考えてくれる騎士とか、いてくれないかなあ。

 ……と思いつつ見回すと、火霊、水霊以外からも騎士が来ているのがわかる。

 マキシムと特訓している時にちょっとした雑談として聞いたのだけど。王都直衛の四騎士団はそれぞれシンボルカラーがあって、他の騎士団の人間がその色を身に着けてはいけないんだそうだ。

 で、水霊と火霊はそれぞれ青と赤。

 他に緑の風霊騎士団と、黄色の地霊騎士団というのがあるらしく、マキシムはそれぞれ「気取り屋の腰抜け」とか「数を頼む規律至上主義者ども」と、少々トゲのある評価をしていた。

 実力については互いにあまり底を見せないというところもあり、有名な数人の所属騎士はしばしば御前試合などに出るので評価できるものの、総体としての実力は読めないのだとか。

 ……それはまあともかく、今日の練兵場で目についたのは緑色のシンボルカラーの肩帯サッシュをつけた一団。

 指導試合をしているらしく、一人の騎士に次々に別の騎士が打ちかかり、華麗な剣捌きでいなされている。

「しばらくあれの見学してようか、ジェニファー」

「ガウ」

 できれば火霊のフルプレさんやカミラ嬢、あるいは水霊のミリィさんなどの顔見知りがいてくれたら話は早かったのだけど、それは見当たらない。そこらの騎士に突然手合わせを願うのも礼儀としてどうかと思う。

 なので、とりあえずその風霊騎士団と思われる訓練風景をじっくり眺めさせてもらうことにした。

 指導騎士の剣捌きはマキシムやクロードのものとも、もちろんアーバインさんのものとも全く違っていて、堅牢で敏速でありながら華やかさも併せ持ち、構えや振り切りが妙にかっこいい。

 それは打ちかかる方の騎士たちもよく見ると同じなのだが、それらは振り切る前にことごとく転がされてしまうため、結果として指導騎士のかっこよさだけが際立って見える。

「それぞれの騎士団に別の流派があるっていうのは、こういうことか」

「ガウ」

 いちいち返事をしてくれるジェニファーがなんかかわいいので、頭を撫でておく。

 ……僕たちを見て、指導騎士がなんか妙にソワソワしているのがわかる。顔を隠すタイプの兜の奥からだけど、視線はなんとなく感じる。


 やがて風霊騎士たちの訓練が終わり、改めて僕たちも稽古の相手を探そうか、と動き出そうとすると、さっきの指導騎士が慌てたように近づいてきた。

「き、君!」

「……僕ですか」

「君は……水霊の関係者か」

「……あー、冒険者なんです。そうか、この鎧ってそう見えちゃうのか」

 今着ているのは、青く塗ったドラゴンミスリルアーマー。上半身だけなので、騎士というには軽装だから、まさか関係者と思われるとは思っていなかった。

 水霊騎士団に縁があるというのも間違いではないけれど。

「水霊と火霊に知り合いがいて、剣を教えてもらおうかと思ったんですが」

「そ、そうか。先約があるのか」

「先約……は、ないんですけれど」

「そうか! それはよかった!」

 何がよかったんだ。

 ……しかしこの人、あんまり強いから男かと思ってたけど、声が女だ。

 ミリィさん以外にも強い女騎士っているんだな。いや、ミリィさんだけだなんて誰も言ってないけど。

「その……隣にいるのは君のペットか? さっき触っていたよな?」

「僕のペット……ではないんですけど、仲間が飼ってるんです」

「最近の冒険者は獅子を飼うのか……!」

「あ、いや、合成魔獣キメラです彼。ほらジェニファー、ゴリラポーズ」

「ガウ」

 ジェニファーは立ち上がってゴリラハンドになり、力こぶポーズをしたあとに拳を腹の前で合わせてアピール。

 立ち上がると僕より二回りも大きいので大迫力だが、一言でこれをやってくれるのが賢くてかわいい。

 そして指導騎士は、それを見上げてふるふると震えながら。

「……最高じゃないか……!」

「えっ……」

 いや普通ライオンがこのポーズやったら絶句して驚くところでは?

「……好きなんですか? ライオンかゴリラ」

「ライオンとゴリラが嫌いな女子はいないだろう」

 えっ。

 えっ?

 ユーカさんと全く同じ感性の女性が世の中に存在した……!?

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