はぐれた邪神

「あのあたりのダンジョンはどれも大した難易度じゃなかったはずですけど……それでも『邪神』なんているものなんですか?」

「落ち着けアイン」

 ユーカさんが倒すまで、永きにわたって人類には討伐不能とされてきた、不可侵領域のモンスター……邪神。

 だが、そんなものがいるダンジョンなら、あんな調子で盗掘対象にされていていいはずがない。

 つい勢い込んでしまう僕を、ユーカさんが抑える。

「ロゼッタは専門家じゃねーし、ただ遠くから視ようと思うものが視えるだけだ。……過去や未来がわかるわけじゃねぇ。そうだろ」

「それは……はい」

 ロゼッタさんは認めた。

「……アタシはそういうことじゃねえと思う。全部のダンジョン知ってるわけじゃねえが……他が弱いのに親玉ボスがそんなに桁外れってことはまあ、ねえだろう」

「しかし」

「ロゼッタ」

 ユーカさんはビッと指を彼女の額……第三の眼に突き付ける。

を手に入れるのにアタシが必要だった理由、お前は知ってるよな」

「…………」

「……別の言い方をしよう。そういう格の持ち主なら……」

「ちょっ、ちょっと待ってユー。さすがに少しは説明しながら話してほしい。一応、僕に説明するために待ってたんだろ」

 僕がドワーフの工房から帰ってくるのを待って話を始めたということは、ユーカさんとロゼッタさんだけでこの話を留めておくわけにはいかず、僕たちパーティの行動全体にかかわる話だと思ったから……のはずだ。

 僕を置いてきぼりにしないでほしい。

「……ロゼッタのデコの眼は、あるダンジョンの親玉ボスが持つ『天眼』って器官を使ってる。……そいつはロゼッタ同様、いや、それ以上に何でも見通す厄介な奴でな。特に弓手とは相性がメチャクチャ悪かったんだ。……そいつを使えば生来の全盲のロゼッタに光を与えられる、とアーバインが目星をつけたのが30年も昔の話。だが断続的に色々な方法を試したが、アーバインだけじゃ倒すことも安定しなかったし、倒す時のダンジョン内位置とタイミングを調整しないと、目玉を取れても外まで持たない。何より、先に目玉を傷つけないとアーバインの攻撃が何も当たらないときた。ソロじゃいくら頑張っても無理だってんで、名が売れ始めたアタシに泣きついてきたのがアーバインとアタシらの縁の始まりだ」

「う、うん」

 30年も。

 っていうか当たり前だけどロゼッタさんって結構な歳なんだな……いや、ファーニィが70歳なんだし、それより下ってことはないか。

「まあ、どうやって倒したとかは、そのうちクソ暇なときにでも面白おかしく語るけど。問題はそこじゃねえ。……ロゼッタがこうして神出鬼没の移動ができるのは、モンスターの器官を使った魔導具のおかげだ。……つまりモンスターの中には、『脱走』さえすれば、ロゼッタと同じ芸当ができる奴がいることになる」

「……あっ」

「とはいえ、ロゼッタのデコの奴をそこらの野生の人型モンスターが持ってたのなら、アーバインはそもそも苦労なんかしてねえ。最低でもどっかの親玉ボスクラスの稀少能力……だが、『邪神』ってんなら親玉ボスだ。持っててもおかしくねえ。だから、ロゼッタの言うことが過大じゃねーんなら、どこのダンジョンから出てきた奴でもおかしくねえ。デルトールのダンジョン説はアタシは支持しねえ、って話だよ」

「……な、なるほど……」

 ……って、つまりその「邪神」は、アーバインさんの弓がほぼ効かない相手の可能性が高いってことじゃないか。

 その上、ロゼッタさんと同様にどこにでも行ける。

 そしてユーカさんの出現まで「邪神」は誰も倒せなかった。

 ……手に負えないモンスターが、今、誰にも捕まえられない状態で野放しになっている。

「……これ地味に人類の危機では?」

「危機だな。……まあダンジョンの外なら、邪神っつってもまだしもやりようがあるけどな」

「え、そうなの?」

「ダンジョンの地の利はやべーぞ。アタシらが一度目に戦った『邪神』なんて、親玉ボス部屋が最初から奴の濃厚魔力で隅々まで充満してたからな。入った瞬間全方向からどんな魔術攻撃が来てもおかしくねえっていうクソみたいな状態スタートだったぜ。マードがいなかったら全員5回は死んでた」

「……ひええ」

 そりゃ人類勝てないわけだ……。

 親玉ボス部屋ってのがどんな大きさかはわからないが、一般的なダンジョンの「部屋」を想像すると、ちょっとした街の中央広場くらいはあるだろう。

 それを全部、ただ一体の存在の魔力で満たすというのは、人間には逆立ちしてもできない。

 あのクリス君でも即座に自由に操れる濃さとなると、半径4~5メートル程度の魔力場フィールドを展開するのがせいぜいだ。

「そういう仕込みは無限に環境ごと回復し続けるダンジョンだからこそ、と言えるな。おそらく外ではそこまで厄介じゃねーと思う」

「……まあそれでも多少は希望がある、って程度の話だね」

「……どういうつもりでフラフラ出てきたか、ってとこが気になるな。それ次第だ」

「どういうつもりも何も、モンスターでしょ」

「ゴブリンやオークならまあ畜生だが、邪神クラスとなりゃあ、それなりの知能もあるぜ。ロナルドと勘違いする程度には喋ったわけだし」

「……それもそうか」

「まあ殺すんだけどな」

「いや勝てないよ。ユーカさんがこんなじゃ」

 アーバインさんとクリス君を止めて。

 リリエイラさんやフルプレさん、マードさんも再集結して。

 それで戦えるかどうか、というところだろう。地の利がない分を差し引いて、それがユーカさんのいない分を埋められるか。

 他の有名冒険者や、王国の騎士団からも力を借りられないだろうか。

 そうでもしてやっと勝負になるのが「邪神」というものだろう。

「ロゼッタさん、その邪神、今どこに……」

「追わせるなアイン」

 僕はせめてロゼッタさんの千里眼で情報を求めようとしたが、ユーカさんは止めた。

「ロゼッタの眼は魔導具だ。つまり魔術的な作用が働いて『視える』ようになってる。同じような力があるなら、辿ろうと思えば逆に魔力を辿ることもできちまう。……一度や二度なら気にしないだろうが、あまりしつこく探せば逆に目を付けられるぞ。ロゼッタは戦えねーんだ。襲われたら無防備に殺される」

「うっ……」

「もう一度探るなら、せめて人を揃えて迎撃態勢が整ってからだ」

 ……こういう時、ユーカさんは本当に歴戦だなあ、と思う。

 僕は話が明らかになるにつれ、そんなの無理じゃん、としか思えなくなってきている。

「……すみません。お役に立てず」

「今んところお前より役に立ってる奴なんていないから、今は慎重に休んどけ。くれぐれも先走るなよ、ロゼッタ」



 しばらくしてロゼッタさんは一礼して去って行った。

 それを見送り、僕はユーカさんに尋ねる。

「……僕たちに何ができる? 何をする猶予があると思う?」

「さあな。とりあえずはマード捕まえて……って、メルタにまだいるのかぐらい聞けばよかったな」

「いや本当だよ!? 今からでも追いかける!?」

「まあ、どうしてもアタシらが見当違いのことやってたらまた来るだろ」

 ユーカさんは呑気なのか深刻なのかわからない顔で言う。

 ……とりあえずは戦争に介入して遊んでるくらいだから、ストレートに人類殲滅なんかを企んでるわけでもないだろうと思うけど。

 ロナルドに続いて、はぐれの「邪神」。

 のんびりと構えていられない理由が、また増えてしまった。

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