話を進めるライオン

 風霊騎士団の指導騎士は兜を脱ぐと、だいたい二十代中盤くらいの女性だった。

 もしかしたらユーカさんと生き別れの姉妹かな、とも思ったけど別に似ているわけでもないし、肌も髪も色が違う。

 麗しい漆黒の髪の一部を緑色に染めている。

 そう、「麗しい」という形容がぴったりの、凛々しい美しさの女性だった。ゴリラ系の荒々しい感じではない。

「私は風霊騎士団のアテナ・ストライグという」

「アイン・ランダーズです。……ええと、フルプレ……じゃなかった、ローレンス王子とちょっとした知り合いで」

「ああ、君の名は知っている。この前の水竜アクアドラゴン騒動の時に活躍したという青年だな」

「……えっと、有名になってます? その件」

 主に出たのは火霊と水霊で、風霊騎士団は参戦前に戦いが終わっていたはずだ。

「表向きは王子が倒したことになっているようだが、彼の太刀筋でないことは四騎士団の者なら一目瞭然だ。……騎士団の上層部では、ほぼ公然の事実として。一般市民でも耳聡い者なら聞ける話として、君らの存在は知られ始めているよ」

「……どういう顔して歩けばいいやら」

「むしろ誇って歩けばいいと思うがね。まともな冒険者なら一世一代のあの大手柄を隠すなんて、どういうつもりなのか、皆興味津々さ。まさか王子に手柄を寄越せとでも言われたのかい?」

「いえ……僕の果たした役割は賑やかし程度でしたから。本当に一番の手柄を立てた人が、そういう名誉より身辺の平穏を望んだので……」

「ははは、謙虚な冒険者もいたものだ。……いや、その大手柄を立てた誰かさんのことじゃない。君がどんな活躍をしたのかも、あらかた目撃されているんだよ? どうしてそれを過小評価するのか」

「…………」

 なんというか、妙に恥ずかしい。

 見ていた人は見ていてくれたんだな、というのもあるし、大物気取りでカッコつけるな、と言われているようでもあるし。

「それでも学びたいというのは立派な心掛けだ。剣の稽古なら私が……と言いたいところだが、さすがに出しゃばりかな」

「あ、いえ、ありがたいです、けど……」

 タイミング悪く、視界の端に見覚えのある一団が見えてしまった。

 青い装飾をつけた鎧を身に纏う一団。水霊騎士団だ。

 ミリィさんが剣を習う第一候補だったんだよな。

 ……彼女だって忙しいはずだし、付き合ってくれるとは限らないんだから、こっちのアテナさんに素直に相手してもらえばいいのだけど。見咎められると気まずい……というのは自意識過剰か。

「なんだ、水霊に教えてもらいたいのか? そういえば君はロナルド・ラングラフとも戦ったという噂があるな。その対策か」

「まあ、おおまかには……」

 別の団にまでそんなことも知れ渡ってるのか。騎士団情報網、おそるべし。

 そんな話をしていると、ミリィさんが僕……というか目立つジェニファーを見つけたらしく、駆け寄ってくる。

「いったい何の……あなたは、確か」

「アイン・ランダーズです。ご無沙汰です……」

「やあスイフト団長。忙しいかい? 忙しいと私としては嬉しいのだが」

「……あなたは、風霊のストライグ。どういう……」

「彼は剣の稽古がしたいらしいんだが、君が忙しいなら私が付き合う手筈なんだ。だから忙しいと言ってほしい」

「相変わらずデラタメなことを言うのね……はあ」

 どんな仲なんだろう。

 まあ会話の感じからするに、隣村の顔見知り、くらいの距離感に見えるけど。

「アテナは腕は立ちますが、風霊の剣は素人には難しいと思いますよ」

「ははは、言うね。水霊が総がかりでほとんど何もできなかった水竜アクアドラゴンに大打撃を与えた彼を素人とは」

「っ……」

 あの、変な緊張感出さないでほしいんですが。

 まあ実際、僕は水霊騎士団マキシムたち式の剣術を習ってきたので、どちらかというとミリィさんの剣の方がまだ構えようがあるのは事実なんだけど。

 さっき、たくさんの騎士たちがドカドカと薙ぎ倒されていたアテナさんの剣に、僕が「なす術もなく転がされる」以外の何かをやってのけ、強くなるヒントを掴めるのか……というのは、確かにちょっと怪しいところはある。

「あなたたち風霊は、あの王都の危機に参戦すらしていなかったでしょう」

「本部から遠かったしね。もう少し長引けば顔も出せたんだが」

「出るつもりがあったのかは怪しいものです。いつも風霊は口ばかり」

「やれやれ。ヒラ団員に向かって大人げない団長さんだ」

「風霊はいつもその調子ですからね」

「…………」

「…………」

 いや本当に。

 そういう口出ししづらい喧嘩は僕を挟んでやらないでほしい。

 ……フルプレさん出てこないかなあ。この前みたいに一喝して話まとめてくれないかなあ。

 と、縮こまっていた僕の横で、ジェニファーが実に人間臭く鼻から溜め息をつき。


「ガオウウウッ!!」


 突然吠える。

「!?」

「!!」

 びっくりして身構えるミリィさんとアテナさん。

「ジェニファー!」

 僕も一瞬ジェニファーが乱心したのかと思って剣に手をかけてしまったが、ジェニファーはその仕草には敏感に反応してすぐヘソ天で降参ポーズ。

「……何だよもう」

「ガウ」

 すぐ起き上がって行儀よく座り直し、何かを訴えかけるジェニファー。

 訴えかけられても僕にはよくわからない。

 駄目だぞ、と一応頭をぺちんと叩いて。

「すみません、こいつ頭はいいはずなんですけど……」

「……魔獣を完全に従えてますね……」

「い、今更だけど、君に恐れというものはないのか? そんな猛獣をすぐ横に置いて」

「いやー……モンスターとしてはそこそこいるクラスですし、いざとなったら真っ二つにするだけなので」

 ガウガウガウ、とジェニファーは必死に何かボディランゲージをしている。多分僕の発言の意味が分かっているのだろう。

 そういうの平らなテンションで言うのやめて? みたいな意味だと思う。たぶん。

「いくら剣に自信があっても一太刀で倒せはしないでしょう、先に頭でも齧られて終わりでは?」

「そんな簡単にこんな魔獣を斬れる腕前なら、それこそ私やスイフト団長に師事することなど何もないよ」

「いや、僕、魔力を剣に込めるのだけはやたら速いらしいんで……ジェニファーが暴れだした瞬間でも普通にオーバースラッシュ……ここだと『斬空』でしたっけ。あれすぐ出せますよ」

「……?」

「……?」

 二人して「何言ってるんだこいつ」みたいな顔。

 そういえば、僕の能力の細かいところは、実際に手合わせしたフルプレさんぐらいしか知らないんだっけ。


 実際に二人の前で実演してみせた。

 打ち込み練習用の丸太が数本並んでいるところに行き、「見ててくださいね」と言い置いて、剣を軽く三回振る。

 ……三本の丸太がズズン、と倒れた。

「……“斬空”を、まるで小石でもバラ撒くように連射……!?」

「反則だろうそれは……無敵じゃないか」

「あー、相手が適度に離れてくれればこれでいいんですけどね……結局普通に切り結ぶと僕、弱いんですよ。マキシムやクロードには手も足も出ないし」

「マキシム? クロード?」

「二人ともロナルド・ラングラフの甥です」

 聞き覚えがないな、という顔をするアテナさんにミリィさんが注釈してくれる。ああ、と納得した顔のアテナさん。

「こんな才能があるなら切り結ぶ必要も薄いと思うが……」

「魔力が低いんで無駄撃ちが続くとすぐ底が見えてくるんですよ……」

「ああ……なるほど」

「地力を上げたくなるのも納得ですね……」

 やっと僕の特訓の趣旨を納得してもらえた。

 ……そしてそれをじっと見ているジェニファー。

 もしかしてわざと悪者になって話を進めてくれたのかな。

 ……本当に頭いいなあ。下手すると僕よりいいんじゃないか。

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