異様なる戦場にて

 現代の戦争は「名誉の戦争」と言われているらしい。

 曰く、誰が誰と戦って勝った、という「物語」を重要視する、洗練された戦い……なのだそうだ。

 そして、それを決定づけるほどに圧倒的な差をもたらしたのは、魔導技術と武器、防具。

 雑兵が手に入れられる武具では、騎士相手にはほとんど何もできない。大人と子供どころではない。ワイバーンと小ウサギのような能力差だ。

 それほどの力で哀れな犠牲を増やしたところで、なんの名誉でもない。

 ゆえに、言葉の通じる同士限定ではあるが、主役たる騎士が名乗りを上げ、名を確認して勝負をつけ、それを従者たる雑兵たちが見届け、サポートすることが戦争の正しい姿になってきた。

 戦いでは盾にもならない雑兵も、戦争が終われば立派に食料を生み、富を殖やす領民なのだ。

 勝った後のことを思う支配者の観点で言っても、無駄な消耗はもとより誰も望むところではない。

 無論話の通じない異種族や、元より人の都合など知ったことではないモンスター相手の大規模戦もあるが、事ここに至って「戦争」は、だいぶ不慮の死を許容する側に寄った「競技スポーツ」の様相を呈していた。


 緊張感を持ちつつも、どこか祭りにも似た空気の「戦争」。

 その真ん中に、まるで迷い込むように一人の正体不明の騎士が現れたのは、デルトール近くにラウガン軍が布陣を完了し、慌てたデルトール軍がなんとか体裁を整えて陣を突き合わせたその初日のことだったらしい。

 従者も連れず、馬にも乗らず、使い込んだ鎧と剣一本。顔は兜でわからない。

 そんな男が、まだ礼儀としての矢の掛け合いも済んでいない戦場に現れて。

「武功が欲しいか? ならば我が首を確かめろ」

 そう言って、いきなりその場にいた両軍の騎士をどちらも斬り殺してしまったらしい。

 当然、戦場は混乱した。

 駆り出されつつもまるで見物気分でいた雑兵たちも、矢の掛け合いを生き延びるために持っていた盾を投げ捨て、我先にと逃げ出し、両軍の騎士たちもあれは一体なんだと大混乱。

 そして謎の騎士はそれらを楽しむように戦場を闊歩し、両軍から飛んできた矢の雨を剣一本で凌ぎ切り、そして次々に挑む両軍の騎士をまみえるそばから撫で斬りにしていった。

 圧倒的に強い。

 そして、侵略者も防衛側も、誰もその騎士を知らない。

 そんなバカな話があるか、と、結局どちらを束ねる将軍も異常を認めて退却。

 通常、外道の戦術として嫌厭される遠距離魔術による攻撃も、なんとやはり剣だけで着弾前に斬られて不発。

 結局その化け物には誰も手が出せず、デルトール軍は城壁をたのんで都市に引きこもり、ラウガン軍は戦力たる騎士の半数近くを失って撤退。

 やがて謎の騎士は、飽きたように姿を消し。

 戦争は……戦争とされる戦いが始まる前に、終わってしまった。



「何の冗談だそりゃ」

 ユーカさんは変な顔をした。

 何しろ「謎」で始まった異変が、何も解明されないままで話が終わっている。

 作り話だとしても、誰にとって都合がいいのか全く不明だ。

 いや、もしかしてそんな「一騎当千の護国の英雄ヒーロー」がいる、という信仰を作ることでラウガンの戦意を挫く目的なら、あるいは……?

 いや、それだとデルトール側の騎士も倒しているのがやはり無意味すぎる。

「結局そいつは何なのか、噂もないのかい?」

 アーバインさんが、話を聞かせてくれた酒場の店主に聞く。

 店主は首を振る。

「確かめる勇気なんか誰もないさ。使い込んだ鎧と剣一本、声は男……所属を名乗りすらしない。それだけの手掛かりで何が言えるね」

「……噂が出るにしてももっと後か」

「ああ、話が届いたのもつい昨日だしな」

 僕たちが(途中でジェニファーのおやつに鹿とか狩りながら)割とのんびり野営旅をしていたのもあり、それを追い越してこのマイロンに先に急報が届く事態になってしまった。

 僕らが出て二、三日後の出来事だったようなので、まだ無責任な憶測すら流れていないらしい。

 僕らはただただ、よくわからない事態の決着に呆気にとられるばかりだ。

「…………」

 いや。

 クロードはただ一人、深刻な顔をしている。

「……クロード?」

「……いくら尚武のヒューベルといえど、そんな真似ができる腕の人間が、そういるものではない」

「そうザラにいるかと言われると、そうだけど」

「思い当たるのは一人。……ロナルドでしょう」

「……あ」

 言われてみれば。

 ……来るなら僕らのところに直接来る、という思い込みのせいで、すっかり「戦場荒らしの謎の騎士」と結びつかなかった。

 でも、そんなフルプレさんめいた化け物の所業をやれる上に全くの無所属の腕利きというと、彼ぐらいしかいない……いや、そもそも国内の剛の者をどれだけ知ってるのかと言われると、あとは有名冒険者数人と水霊騎士団のミリィ団長ぐらいしか知らないけど。

「それならまあ……アタシらをずっと付け回しているってわけでもない、ってことか?」

 ユーカさんが少し拍子抜けしたような顔で言う。

 ……まあ、そういう考え方もできなくはない……いや、付け回されてるっての自体が僕らにとって怖い展開というだけの妄想ではある。

 が、クロードは首を振る。

「あるいは、付け回された結果かもしれません。たまたま僕たちが入れ違いになり、ロナルドは獲物を見失い、そこにちょうどよく奴の戦闘欲求を満たす相手が轡を並べて現れた……ということかも」

「じゃあ……」

「危ないところだった、といえるでしょうね」

 ……偶然とはいえ、僕たちが急襲されるギリギリ寸前で回避した、ということだったのか。

「……全部憶測じゃないです?」

 ファーニィが白けた顔で茶々を入れる。

 が、僕はそうと言い切ることもできないし、たとえ憶測でも、アレとの戦いに準備不足のまま、みんなを巻き込むことは避けたい。

 ……が。

「……そういえば、冒険者の酒場に急報が来るってのはどういうことなんだ? あそこの仕切り、役人だろ」

 アーバインさんが酒場の店主に話を振る。

 確かにちょっと不思議ではある。

 同じような業務を請け負っているとはいえ、同業のよしみなんてものがあるわけでもなく、直接の協力関係にはないはずだ。

 ……酒場の店主は答えた。

「冒険者にもいくらか犠牲が出たんでな。まあ、ただの戦争の話なら個人の勝手で済ますところだが、こんなわけのわからない事態だ。知らせが必要かもしれないってんで話が回ってる」

「……名前は、わかりますか」

 メガネを押して、動揺を押し隠す。

 ……顔見知りの誰かが殺された、かもしれない。

 そう考えると、途端に緊張感が増す。

 思い浮かぶいくつかの顔。

 店主は書面の写しをカウンターの奥から引っ張り出してきて、教えてくれた。

「エイダン、リーボック、ヨナタン、メルウェン、ボルト……」

「……メルウェン!?」

 ……クリス君のパーティの実質上のリーダー。彼が一番懐いていた女性。

「犠牲……殺された、ってことですか……?」

「知り合いかい」

「……はい」


 ……あのロナルドをなんとかかわした、という安堵は。

 僕たちがもし、奴を撃退していれば、という後悔に、今、変わった。

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