デルトール撤退

 町を出るとなると、それなりに準備をしなくてはいけない。

 すっかり日帰りのダンジョン潜りに適応してしまっていたから、歩き旅用の道具も部屋の隅でホコリを被っている。

 それらを点検し、摩耗しているなら買い替え、補充をして。

 持って行けなさそうなら、売るなり捨てるなり。

「そういえば僕、一応魔術が使えるようになったから、いくつかは道具持たなくていいんだよな……」

 火打石なんかももういらないし、さらにいざという時のための使い捨て着火魔導具も、もう必要ない。

 ランタンとランタンオイルは……まあ、光の魔術を常に使うのはしんどいから持っておこうか。まあ移動中の照明が必要ならリノに頼むほうがいいんだけど。

 クリス君に習った無詠唱魔術は、火の発生、水の生成、地面の変形、風の発生など一通りの効果を生み出せるが、長時間継続しようとするとさすがに難しい。

 僕の魔力量の問題もあるし、無詠唱魔術は詠唱魔術に比べ、大雑把に感覚のみで編む分、正確さには欠けるし魔力ロスも発生しやすい。あまり燃費のいい種類の魔術ではないのだ。

 だから僕の場合は、あくまで補助程度だと考えておくのがいい。

 いつかは詠唱魔術も勉強してもいいかもしれないけれど、他にやることがなくなったら……例えば出会った頃のゴリラユーカさんくらいの存在になってから、でいいだろう。


 いくつか買い替えたい道具のリストを作り、町へ向かう。

 ……の、前に、シルベーヌさんに声をかける。

「戦争になりそうですけど、シルベーヌさんは……」

「そんなに心配しなくて平気よぉ。ウチはおイタはできないようになってるしぃ……私が留守の時は廃墟に見えるようになってるから、いざとなったら空ければいいだけよぉ」

「……つくづく謎の建築物ですねここ」

「長生きすると、いろいろできるようになるのよねぇ。まあとにかくぅ、私は私で適当になんとかなるから心配いらないわぁ♥」

「……わ、わかりました」

 この人はずっと底知れなさがすごい。


 町で市場を巡っていると、ファーニィと行き会った。

「道具の買い替えです?」

「ああ、うん。結構懐に余裕もできたからね。せっかくだから、旅道具もいい品にしておこうと思って」

「この町は稼げましたよねえ。名残惜しいです」

「……そういえばファーニィはさっき何も言わなかったけど、意見とかなかったの?」

「んー……」

 ファーニィは少し難しい顔をした。

「……どっちでもよかった……といいますかね」

「どっちでも? このまま戦争に参戦するのでも?」

 ……言ってしまってから、目の前の露店の店主がギョッとしていることに気づく。

 そう、まだ「戦争」は始まっていない。

 だが、ラウガン連合の一軍団が近日中にこのデルトールを目指してくるのは確実だ。……と、ロゼッタさんは言っている。

 こちらが全然身構えていなくても、敵が攻めてくれば戦争になるのだ。

 それを町中に触れ回っても混乱するだけで、下手をすればラウガンに利する行為としてお縄になるかもしれないから、今は声を潜めるしかないのだけど。

 ……ファーニィと少し歩いてから再び会話を再開する。

「アーバインさんも言っていたように、私らエルフとしてはそんなに人と戦うのは抵抗ないんですよ。元々故郷エレミトでも追っ払うのは仕事でしたし……」

「……そ、そうなんだ」

 戦争とはそこまで近いものなんだろうか。

 まあ、戦争自体僕には縁がなさ過ぎて、近いと言われたらそうなのかと言うしかないんだけど。

「それに飲み友達も増えましたから、ここを守るというのなら、それも悪くないかなーと思ってますし」

「ああ」

 僕はほとんど付き合えていないが、ファーニィとアーバインさん、それにユーカさんはよく酒場に繰り出していた。

 ユーカさんはなかなか酒を出してもらえなかったが、結局「ドワーフの血が入ってるからこれで成人」という言い訳をマキシムが編み出してくれたらしく、それ以来飲ませてくれるようになったらしい。

 ……マキシム、変なところで面倒見がいいよなあ。

 まあ、ゼメカイトで媚びへつらっていたあのユーカさんなのだとわかれば、そういう弁護もやぶさかではないということなんだろう。ヒヨッコ時代のことをいろいろ握られてる気分だろうし。

 ……多分ユーカさん自身はマキシムのことはそんなに覚えてないんだけど。

 そして約一か月、ほとんど毎晩のように酒場に通っていれば、何かとノリがよく盛り上げるのが上手いファーニィのこと、飲み友達と呼べる相手も多くなるか。

 それを、守る。

 その大義名分があるなら、戦うことに忌避感はない。

 ……とはいえ、僕の意見を押しのけてまで主張するほどではなく、このまま「冒険者」として上を目指すことに異論があるわけでもない、といったところか。

「まあ、飲み友達になった人もみんな冒険者ですし……私が守らなくたって、それなりにしたたかに生きてくんでしょうけど」

「……そうだね」

 僕は、ここでは戦わないという決断をした。

 だから、そうだね、という以上に言うのは少し卑怯な気がして、言葉を飲み込む。

 冒険者たちは、功を欲して戦うのだろうか。僕たちのように自分は関係ないとばかりに逃げるのだろうか。

 どちらにしても、僕はファーニィにそれ以上関わらせないという選択をしたのだ。

 現実をつつくのも、慰めを言うのも、どちらも正しいと思えなかった。



 そして、次の日には旅の準備を完了する。

 その頃にはロゼッタさんも姿を消していて、僕たちはいつものように六人と一頭のパーティとして顔を揃え、シルベーヌさんに別れを告げる。

「短い間でしたけど、お世話になりました」

「騒ぎが収まったらまた来てねぇ。待ってるわぁ♥」

 シルベーヌさんは煙管で唇をつつくようにしながら、なんとも色っぽい笑顔で見送ってくれる。

 ……クリス君にも連絡を取りたかったが、彼らは“お抱え”であり、仕事がある。こちらが会いたい時に会えるとは限らない。

 まあ、彼のパーティは腕利きだ。戦争で使い潰されることはないと思うけれど。

「次はどこに行くんだ?」

 しばらくシルベーヌさんを眺めていたアーバインさんの、未練を振り切るような問いに、僕は答える。

「とりあえずはマイロンまで戻ろうかと思ってます。それからまたゼメカイトを目指すか、他の国の冒険スポットを探すか」

「ゼメカイトか。一応これで前のパーティみんな会えたし、そろそろリリーちゃんも俺たちが恋しくなってる頃かもな。いいタイミングかもしれねえ」

「それに、ロゼッタさんにも誘われてるんです。そろそろ『掘り出し物』に手が届くぐらいお金も溜まってるでしょう、って」

「なるほどね。……さすがに自分で選んで買った方がいいな、それは」

「あくまでゼメカイトは選択肢のひとつですけどね」

 ここでいう「掘り出し物」というのは、ロゼッタさんが武器商人として一級品と認められるレベルの逸品。

 そのクラスになるともう量産品ではなく、稀少素材をふんだんに使った一品物、あるいは遺跡で手に入る現在では製造不能の古代武器などになってくるらしい。

 それを直接ゼメカイトのロゼッタ商店で見て、じっくり選んで買え、ということ。

 値段も青天井なので、僕がここまでに稼いだ額をもってしても選べるのはほんの一部に限られるらしいが……それほどの品を持て余さないとロゼッタさんに判断されている、というのも嬉しい要素だ。

「なんにしてもまずはマイロン、か。ある意味凱旋だな」

「ものは言いようですね」

 努めて明るく言うアーバインさんに相槌を打ちつつ、僕は一度だけ振り返ってデルトールの街を見る。

 一か月だけとはいえ、慣れ親しんだ町が、戦争に巻き込まれる。

 実感がわかないながら、何かを覚悟しておかないといけないような気がして。

「おーい。なんだよ、忘れ物かー?」

 ジェニファーの背に乗ったユーカさんが少し先から僕を呼ぶ。

 ……気が済むまで目の前の光景を目に焼き付けて、僕は仲間たちの背を追った。



 一週間後。

 僕たちは、辿り着いたマイロンで、デルトールで起きたことの顛末を聞くことになる。

 ……ラウガン軍とデルトールの戦いは、たったひとりの男によってメチャメチャにされたらしい、と。

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