戦乱の気配に

 その晩。

“魔獣使いの宿”のロビーにパーティ全員を集め、今後について話し合うことにした。


 その場に当然のように出席したロゼッタさんは、おもむろに説明を始める。

「知っての通り、デルトールはヒューベル王国の南の辺境です。隣国ラウガン連合及びエレミト王国と境を接していますが、今回動き始めているのはラウガン連合の方です」

 ラウガンは連合と名乗っているが実質は独裁国家で、多くの小国を武力で併呑した“蛮人王”ルソス・ラウガンによって建国された比較的新しい国家だ。

 現在の元首は三代目で、版図を守ることに終始した二代目から最近代変わりし、かつての「強い戦闘国家」ラウガンを再興しようと張り切っているという噂だが……。

「どうも王都での水竜騒動をチャンスと捉えたようで、今ならデルトールまで援軍を送るのは難しいと考えたようです。……デルトールを治めるイドリス伯爵家はそれを受けて、最近は戦備を整えることを優先していたようなのですが」

「実際に戦争になったらどうなるんです?」

 この街を戦場にするのだろうか。いまひとつイメージが湧かない。

 故郷ハルドアが長らく戦乱と縁がなかったこともあり、僕は戦争というものにあまり現実感がないのだった。

「ラウガン連合は野蛮との評価が大勢を占めますが、戦争に関してはまあ、それなりに礼儀の通じる方ですね。……軍隊同士での衝突においては降参や捕虜交換、身代金による解決なども通じる相手と言えますから、言うほど無法なことにはならないはずです。……周辺の農村は容赦なく略奪されるでしょうが」

「え……」

「戦争において軍隊という大きな団体を維持するための食糧は、後方ですべて準備するのは難易度が高すぎますから。道中の食料のある場所は、両軍に根こそぎ全てを奪われるのが常です。その上で、まるで競技のように矛を交え合うのが現在の戦争というものですね」

「…………」

 元農奴としては、非常に微妙な顔になってしまうな。

 もちろん、農民はいざとなれば弱い立場であることは理解しているけれど。

「止めるっていうわけにはいかないの?」

 リノが言うが、その意見にはクロードやユーカさんを始め、みんな苦笑した。

「戦争の理由なんて、そんな一つ二つ何かをして解決するほど簡単なものではないんです。いえ、大抵において、やるとなったらどうでも良くなってしまうものですよ」

 と、クロード。

 それに続けてアーバインさんも肩をすくめる。

「支配者がやる気なら民衆は止められない、民衆がやる気なら支配者には止められない……まあ、困ったもんだがそういうもんなのさ。止めるなら、やる気出す前に動かないと駄目なんだよ」

「そんなわけわかんないこと……」

「わけわかんないのが戦争なの。当事者たちが『白黒つけないと駄目』って空気になると、もうどうしようもないんだ。転がりだした大岩みたいに、ぶつかるまでは誰も止められなくなる。俺たちにできるのは、逃げるか、一緒に戦うか……どっちかしかないってわけさ」

「……馬鹿みたい」

「全くな。だが、それが暴力ってもんだ。酔い始めるとみんな馬鹿になっちまう」

 リノに納得させるためか、アーバインさんはドライに、シニカルに切って捨てる。

 ……彼も長い人生の中で、戦争それに対して色々な角度で向き合ったことがあるのだろうな、と、想像してしまう。

 短命の人間なら、どんなわかった風なことを言っても、そんなものだと勝手に割り切っているだけにも聞こえるけれど……何百年、下手したら千年生きているかもしれない彼なら、実感として理解しているのだろうな、と思える。

「ま、問題はそこだよな。……戦争が起きるとしたらアタシらの道は二つに一つだ。ここでラウガンにつくってのはありえねえとして……戦争に一枚噛んで手柄を狙うか、あるいはさっさと距離を取るかだ」

「……ユーは戦争なんて無視一択だと思ってたよ」

「アタシの主義としちゃ、もちろんそうだ」

 ユーカさんは頷く。

冒険者アタシらはモンスター相手が専門だ。人間との戦いは勝手が違う。絡んだところで大活躍……なんてムシのいいことにはならねえよ。……いや、アーバインの腕ならあるいは勲章貰えるかもしれないが」

「別に欲しくはないねぇ。儲からないし面白くもねえし。……異種族エルフの俺が人殺しまくったところで、みんな持て囃してはくれないんだぜ。もともとエルフは人を射るモンだ」

 心底つまらなそうにアーバインさんはそう言う。

 ……そうか。アーバインさん的には、それこそが「当然」なのか。

 メルタでの戦いでも、僕の「同族殺し」を妙に気にしていたし。

 ……エルフは本来、異種族。異生物。

 仲良く冒険を楽しむ今の距離感が望ましいとはいえ、殺し合うことは「当然」であり……だからこそ、それに従うのは彼の嫌いな「楽しくない」ことだ。

「だが、冒険者としては……冒険者一般としては、戦争で一旗揚げるってのは決してナシなアガリでもない。冒険者が騎士に成り上がるってのは世間では栄誉と言われる流れのひとつだ。それをアタシは否定するつもりはねえ。……それに、クロードも本来は武功を立てるための戦争が起きそうにないってことでこっちに加わっただろ。今がそのチャンスだってんなら、それを邪魔もしねーよ。今はアタシはリーダーじゃねーからな」

「…………」

 クロードは、少し俯き。

 ……やがて、僕を見る。

「アインさん。……お任せします」

「……お任せされても困るんだけどな」

 彼にとっての早道は、この戦争かもしれない。

 それなら確かにここでクロードの早上がりを目指すのも、ひとつの選択肢だ。


 ……が。


「……任せるって言うなら、僕の答えは一つだよ」

 皆を見回して。


「……僕は冒険者だ。騎士になるつもりは、ない」

 はっきりと、宣言。

 ……皆の緊張が、ゆるんだ。

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