メッセンジャーロゼッタ

 ある日、ロゼッタさんがひょっこりと“魔獣使いの宿”に現れた。

「あ、ロゼッタさん……」

「ご無沙汰しております。そして、初めまして」

 初めまして、の方は僕と稽古していたクロードへの台詞。

 そういえば、結構経ったのにクロードには会ってなかったんだな。あとリノとジェニファーにも。

「……だ、誰ですか、この美人」

 王都で美女には慣れてそうなクロードだったが、神秘的なロゼッタさんにはどうやら気後れするらしい。僕に暗に紹介をせがんできた。

「アーバインさんの孫で、ユーカさんの資産を管理してる御用商人のロゼッタさん。ゼメカイトに住んでるんだけど、わりとどこにでも現れるんだ」

「今後ともよしなに」

 慇懃に一礼したロゼッタさんに、僕はふと思い出して。

「そういえば、この前ダンジョンでアーバインさんに見つけてもらったんだけど……ちょっと見て欲しい素材があって」

「存じております。もちろん買い取りますよ」

「……存じてるんだ」

「視ておりましたので」

 お互いにとってはなんかいつものやり取りなのだけど、聞いていたクロードは全く意味不明だったらしく。

「……だ、大丈夫なんですかこの人……? ちゃんと会話通じてます?」

「大丈夫だよ。すごくまともな人だよ」

「まともというのは保証できかねますが」

「え、保証できかねるの……?」

「商売に関しては誠実を心がけておりますが、なにぶん常人と違う生活を送っておりましたので」

 ……まあ、元々目が不自由だったんだから、本当に自分が常識的かというと断言できないところもあるか。「眼」の力で何かと先回りすることを前提とした行動もしてるし。

「本当に大丈夫ですかこの人……?」

「だ、大丈夫だよ。ユーカさんが全財産預けてるほどの人だよ」

「ユーカ様も、特に私が辣腕の商人だから預けているというわけではないのですけどね」

 そうなの……?

 って、いやいや。さっきからクロードが混乱するの見て遊んでるだろこの人。

「結局……ええと、つまり、どういう……」

 途方に暮れているクロードに、ロゼッタさんは額を覆うように被っていたフードを上げて第三の目を見せる。

「……え、ええっ……な、何ですか、新種族!?」

「三つ目族です」

「エルフですよね? アーバインさんの孫ですよね?」

「そうとも言います」

 クロードに合わせていったんデタラメを言いつつ、僕のツッコミはあっさり肯定もするロゼッタさん。

 ……い、意外とひょうきんなのかも。


「おー。なんだロゼッタ、どういう用事だ?」

 ユーカさんは例によってジェニファーと遊んでいた。

 ゴリラポーズをとるライオンという謎の生物にもロゼッタさんは動じない。まあそれこそ事前にあの千里眼で見てきているからだろう。

「リリエイラ様からの手紙を預かって参りました」

「リリーから?」

 渡された手紙をユーカさんはジェニファーの背に乗ったまま読む。

「……大したこと書いてねーな」

 ユーカさかはそう言って羊皮紙を僕に放り出す。慌てて拾う。

 読んでいいということなんだろうか。

 ……あ、ゼメカイトの近況……うわ、街が黒飛龍スクラッチワイバーンの群れの襲撃受けた?

「なんかワイバーン災害があったみたいなことが書いてあるんですけど……」

「ゼメカイトでは数年に一度はあることのようですよ。私も店を構えてからそんなに長いわけではないので、まだ二度しか見ていませんが」

 ロゼッタさんはしれっとしたものだ。

 ちなみに黒飛龍スクラッチワイバーンはわりとレアなワイバーン種で、翼に鉤爪が付いていて格闘戦を得意とするらしい。地上に下ろしても決して油断できないヤバい奴、ということで、赤飛龍フレイムワイバーン緑飛龍ウインドワイバーンよりワンランク高い扱いを受けている。もちろん僕は戦ったことはない。

 そんなのに集団で襲われたら街はメチャクチャになるんじゃないだろうか……いや、でもゼメカイトだしな。

 ユーカさんも「大した事じゃない」扱いしてるし、撃退してしまったんだろう。ユーカさんたち以外にも腕利きには事欠かない場所だしな。

「ユーカ様の引退を皆さんが噂しているようです」

「あー……絡まれたくなくてパッと出てきちまったしなぁ……そろそろ何で消えたんだって言われ始める時期か」

 そういえばそうだな。

 ゼメカイトを出て数か月が経とうとしている。

 数週間程度なら姿を見なくても「遊んでるんだろう」というのが金持ちの大物の扱いというものだが、あまり不在が続けば当然、あいつどうなったんだ、と噂になるわけだ。

「誰も実際のところは漏らしてねーのか。意外と口が堅えな、みんな」

 事情はパーティのメンバー以外にも、当時後詰冒険隊サポートパーティにいた冒険者たちや、縁のあるいくつかの店の関係者など、そこそこ知っている者はいるはずだ。

 その誰もが大声で喧伝していなかった、ということは、冒険者というものの性質を考えれば驚くべきことかもしれない。

 まあ、言ったところで信じられないような与太に聞こえるといえばそうなんだけど。自他ともに認める最強冒険者のやることじゃないもんな、普通に考えて。

「ユーカ様の不利益になるようなことはリリエイラ様も私も看過いたしませんから」

「あんまり無茶はするなよ?」

「私にできることはたかが知れていますが、リリエイラ様は心配ですね」

「どっちもだよ」

 ……なんだかんだでリリエイラさんってクールに見えて情が厚いから、結構暗躍してそうだな。

 あと、ロゼッタさんもしれっとしてるけどユーカさんへの感情かなり強いよね。

 地味にめちゃくちゃ守護してそう。

「こちらにはいつまでの滞在を?」

「アイン次第ではあるけどなあ……アイン、どうする?」

「もっとリノとジェニファーに稼がせてあげたいし、冒険慣れもさせてあげたいんだけど……」

「だよなー」

「のんびりするのもいいですが、そろそろこのあたりは情勢が不穏です」

 ロゼッタさんはあくまで冷静な口調で。

「戦争になる前に離れるのがよろしいかと」

「……えっ」

「あまり長居すれば、戦争が始まると言っています」


 ……えっ。

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