ダンジョン三昧

 再び潜り始めてから2週間。

 デルトールに来てからだいたい一か月程度が経過したことになる。


 ダンジョンでの稼ぎと戦闘経験蓄積は順調だ。

 僕も闇から飛び出してくるモンスターたちの相手に慣れ、慌てて「オーバースラッシュ」を振り回して無駄な消費をすることが減ったし、クロードやジェニファーも実力が安定して発揮できるようになってきた。

 特にクロードは戦えば戦うほどに頼もしさが増していく。

 もともといい武具といい腕は持っていたので、殺し慣れてきた……ということか。

 カタギとしては、あまりいいことではないけれど。

「自信ついてきた?」

「まだまだです。ためらいは減りましたが……スイフト団長やロナルド相手に勝てるイメージくらいは持ちたいところです」

「……ミリィさんってそんなに強い?」

 現水霊騎士団長である女騎士、ミルドレッド・スイフトさん。

 ユーカさんに翻弄されていたのを見たためか、あんまり強いイメージないんだよな。水竜アクアドラゴン戦でもあんまり役に立ってなかったし。

 が。

「強いですよ。……正確には、本調子の時は強い、という感じでしょうか。気持ちが乗っている時と乗っていない時で結構強さが変わるタイプなんです」

「……騎士団の騎士ってあんまりそういうブレがないのが特徴だと思ってた」

 戦闘技術が確立されている、ということは、調子や相性がいい時はもちろん、悪くてもカバーする手段を多く知っている、ということにもなるだろう。

 自分の得意なシチュエーションだけ実力が出せるタイプは、我流の冒険者の方に多いイメージだったんだけど。

「珍しいと言えば珍しいですが、たまにいますよ。……スイフト団長は最高の状態だと、ロナルド相手でもかなりいい勝負になる腕です。ローレンス王子も一目置くだけはあるんですよ」

「……見えないなあ」

 前のユーカさんみたいなゴリラ系女子ってわけでもなかったのに。あのクラスとどういう感じに戦えるんだろう。

 ……と、そこにユーカさんも話に入ってきた。

「アタシも、あの女とはまともに打ち合わないように徹底してあの通りだったからなー。馬鹿正直に行くと多分強いよ、あいつ」

「そう?」

「っていうかだな、『冒険者の戦い方』としてはこないだの山賊連中のやり方が一番合理的なんだ。めちゃくちゃ厄介だっただろ、あれ。ロナルドとやるなら参考にした方がいいぞ」

「えぇ……あれの真似……?」

 言われてみれば……思い返すと、あの山賊たちの戦法は、ユーカさんの言う「人間をモンスターと見立てての殺し方」に、よく合致していた。

 あくまで相手とはまともに組み合わず、飛び道具や闇討ち、敵誘引トレイン、なんでもありでダメージを与えていく。

 ダメージが蓄積すれば動きが悪くなるのだから、当然どんどん難易度は下がる。その末に仕留めれば、あとは「戦果」をお持ち帰り、というわけだ。

 人間同士だと思うから卑怯で邪悪な戦法に見えるが、彼らからしてみると「そういう認識」でマキシムパーティを狩りにかかっていたのかもしれない。

 ……そして、僕も。

 あのロナルドと戦うのだとすれば、正々堂々と、なんて言っていられる余裕も義理もない。

 飛び道具、迷わず逃げての再急襲、そして背後攻撃。

 ……ある意味、本当に「基本に忠実」だったんだな、彼らも。

「でもまあ、それをロナルドが許してくれれば、ですけどね……もう彼は山賊なのですから、そういったやり口には慣れたものでしょうし」

 クロードが複雑な溜息とともにまとめる。

 ……そうなんだよなあ。無法者の戦い方を、当の無法者のロナルドが想定していないとも思えないよなあ。

「地道に実力をつけて、殺される確率を少しでも減らしていくしかないね」

「でしょうね」

「お前ら枯れてんなあ……もっとアグレッシブに気持ち入れていこーぜ? 殺られる前に殺る! モンスター相手でもそうだろ!」

「相手の弱点が全然わかんないから、それじゃ駄目なんだよ……」

 つくづく厄介だなあ、と思いつつ。

 あれに勝ててこそ、ユーカさんを守れる強さを手に入れたと言えるかもしれない、と、目標の一つにしているのも確か。

 その日が来るのは怖いが、いつかは必ず、とも感じている。

 ……もちろん、知らないところで捕まっててくれないかな、とも思ってるけど。


 素材収集のコツも最近ではわかってきた。

 さすがに細かい品目は全部覚えているわけにはいかないものの、アーバインさんの判定を聞きつつ複数のダンジョンでいろいろ採ったおかげで、これは金目のものだな、これは違うな、というのがなんとなくわかってきた。

「ここらの綺麗な砂利ってわりといい素材だったりしません?」

「よくわかったなー。一級じゃないけど、あればあるだけ買い取ってもらえるタイプの素材だ。他の素材確保したら、帰りに持てるだけ持っていくといいぜ」

「わかりました」

「何、カンでわかった?」

「……ちょっと触ってみた感じ、魔力に反応して変な動きしてたから、あっ、て」

 僕が理由を言うと、アーバインさんが変な顔をしていた。

「……アインお前、クリスにちょっと教えてもらってから魔力操作に馴染み過ぎだろ」

「そんなでもないですけど。武器に込める以外の使い方ができるのは楽しいな、とは思ってます」

「……いや、ホントそういうのってデフォルトで才能持ってる俺らエルフでも年単位かけて掴む奴だからな? ワンポイントレッスンでそこまでやるのって正直キモいわ」

「クリス君に『アインに教えろ』ってアドバイスくれたのアーバインさんだって聞いてるんですが……」

「そりゃ言ったけどさあ。ワンチャン才能あったら便利だよなーってつもりで。ほら人間ってすぐ自分の役割ロール固定したがるけど、俺らエルフ的にはやれることはやれるだけ手を広げるのが普通なわけだし、まあちょっとした啓蒙程度にな?」

「めちゃくちゃ感謝してます。……あれ、もしかしたら『必殺ユーカバスター』を拳壊さずに打てるかも?」

 ユーカさんの説明だと、ふわっと雑な魔力の使い方を絶大な肉体強度とマード翁の治癒術頼りでカバーして打っていた必殺技。

「手の使用法が多すぎて魔術的に強化方向を絞れない」という問題を、簡単な無詠唱魔術の応用で解決できるなら、それも視野に入るな。ちゃんと破壊力や肉体硬化の方向性に魔力の用途を絞り切れれば、ほぼリスクなく放つこともできるかもしれない。

「……ほんとマジでやべー原石だったんだなこいつ。ユーカどんだけ強運なんだよ……」

「ほぼクリス君の下位互換なんですけどね……」

 常人の何倍、何十倍ともわからない魔力量を持つクリス君が同種の才能をいかんなく発揮して、ようやく戦力の一翼だったのがユーカさんの旧パーティだ。

 それに対して僕は、あまりにも「やべー原石」扱いには不足過ぎないだろうか。

 ……と、思っているのだけど。

「クリスは逆立ちしたってユーカにはなれねえよ。……お前はいつか、なれる気がする」

 アーバインさんは微笑んでそう言った。

「……ゴリラに?」

「ゴリラ……はともかく、ユーカみたいにはなれるんじゃねえかな」

 ゴリラじゃなくてユーカさんみたいになる……?

 いや、ユーカさんを英雄たらしめていたのは筋肉だけじゃない、というのはわかるんだけど。

 色々と方向性が違い過ぎて「みたい」は難しいんじゃないだろうか。

「焦らなくても、そのうちわかるさ。人間の時間は短いんだ」

 アーバインさんはそう言って僕の背を叩き、ダンジョン探索の再開を促した。

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