無詠唱魔術

「アーバインさんが言うには、だけど……めちゃくちゃ魔力の扱いが達者らしいじゃんメガネの人」

「達者というか、手持ち武器への魔力注入が世界一速い……とは言われてるけど」

「へー。まあ世界一といってもアーバインさんの言うことだから適当だろうし。ちょっと見せてくれる?」

「それなら外に行かないと……」

 クリス君と一緒に“魔獣使いの宿”をいったん出る。試したことはないけど、宿の中で魔力を下手に使うのはまずい。

 そして庭で剣に魔力を込め、一瞬で淡く無属性魔力の光を宿してみせる。

「へえ。確かに普通の人に比べたらかなり速いね」

「……もういい?」

「え? なんか斬らないの?」

「もうマキシムとの特訓で、的になる巻き藁全部斬っちゃったんだよね」

 さすがにシルベーヌさんにもちょっと困った顔をされた。

 次からはその辺で適当に木の棒使って案山子の的を作ろうと思っている。モノ自体の強度は「オーバースラッシュ」の威力の前では岩以下は誤差みたいなものだし。

 クリス君は何か技を出すのを見たそうにしているが、適当に空中に振ったってちょっと空しいし、魔力の無駄遣いだ。

 込めた魔力を回収して、剣を鞘に入れる。

「……!?」

 その様子を見て初めてクリス君は驚いた顔をした。

「今何やったのメガネの人」

「……何って、鞘に」

「いやその前。一瞬で宿った魔力消えたよね」

「ああ。そりゃ、鞘壊しちゃうかもしれないし、もったいないから回収したよ」

「魔力を吸い取ったってこと? 呪文もなしで!?」

「……?」


 どうもクリス君の言うには、いったん体から放出した魔力を再び体内に戻すには、「フォースアブソーブ」という専用の呪文を使うらしい。普通は。

「いや、僕もできるといえばできるんだけどさ。本当に魔術のまの字も知らない奴がそれやるの初めて見たよ」

「そうなのか……」

 そういえば、前にロゼッタさんも、僕が剣の魔力量調整した時に変な反応してた気がする。

「……確かに、うん。アーバインさんの言う通り変な才能あるね。というか体も細いしメガネなのにどうして剣士なんかやってんの? そのキャラだと普通は魔術師じゃない?」

「いや……僕一年とちょっと前までただの農奴だったし……魔術なんて、冒険者になるまでは街でたまに見世物に使われてるのしか見たことなかったし」

「こんな人マジでいるんだ……」

「いや、そもそも魔力使う才能もユーカさんの力譲渡あれのせいで生えたものだと思うんだけどね」

「そうなの? その割には魔力のバランスが破綻してる感じでもないけどなあ……」

 ブツブツ言いながら僕をしげしげと眺め回すクリス君。

「あの魔導書がなんかいい感じに調整してくれてるんじゃないかなあ」

「いや、あれそんなに繊細な術式じゃなかったよ。もっと直接的な……。うーん、専用の道具使わないとまだわからないけど、多分あの時に突っ込まれた力の塊、まだ塊のまま全然ほどけてないんじゃないかな?」

「そ、そうなの?」

「いろいろ解釈のしようはあるけど、僕の見立てだと、あれ、受け入れる側に準備ができてないとほどけないようになってる奴だと思うんだよね。だって、普通に考えてあんな女の子がゴリラになるほどのエネルギー量、絶対耐えられないもん、普通の人間は」

「……まあ、それは」

 そう言われると確かにちょっと怖い説得力がある。

 が目覚めて一瞬で筋肉モリモリになるより、爆発四散するほうがまだ多少リアルというか。

「仮にのせいで魔力を使う才能が異常に上がったのだと仮定すると、それもおかしい部分があるんだよ。……今までと世界が変わっちゃうはずなんだ。例えるなら、地下から一度も出たことのない人間が太陽の下に出て二度と日陰に戻れなくなるようなものだからね。能力が急に変わると、そういう感じでまともに活動できなくなる」

「……妙にそこは確信あるんだね」

「実際そういう事例いっぱいあるからね。僕も生来の才能がなかったら、そういう実験で廃人になってた可能性がそこそこあるし」

「!?」

 急になんか重い話が出てきた。

 っていうかこの少年、いったいどういう来歴なんだろう。

「天才」ということ以外何も知らない。

 それだけで十分に何か分かったような気になってしまうけど、それこそ誰かが魔術を教えなければ、その天賦の才能をこんなに早く世に知らしめることはできなかったはずだ。

 ……マードさんもそうだけど、何か背負ってるんだろうな。その才能ゆえの過去を。

「まあ、の話はとりあえず置いとこうよ。……確かにアンタは僕に教わるべき人間だ。アーバインさんやリリーさんじゃ、モノになるのに時間がかかり過ぎる」

「……いや、そんな簡単に魔術って習得できるもんなの? この前、一個覚えるのに半年って言ってなかった?」

「普通はそうなんだよ。というか、リリーさんたちの使う魔術を覚えようとすると、それぐらいかかる。算術の勉強のために教本を丸一冊間違えずに暗誦しようとするようなもんで、魔力を直接こねくれる僕やアンタみたいなタイプには回り道が過ぎるんだ」

 ……えーと、つまり。

 僕は(魔力が人並み程度ということを除けば)クリス君と同じ稀有な才能があり。

 その扱いを覚えれば、人よりずっと簡単に魔術が使えるようになる、と。

「まあ、魔力自体はそんなにないって聞いてるし、誰しも最大魔力以上の魔術は扱えないから、僕みたいな大魔術師になるのは多分無理だと思うけどね。簡単な公式だけでも覚えておけばとっさの時に便利だし、工夫のしかたもわかるようになるから」

「……お願いします」

 魔術師……僕が魔術師、かぁ……。

 降って湧いた話だけど、才能があると言われるとなんだか嬉しくなるな。

 頑張ってみるか。


 そして、それから。

 朝から昼はマキシムやクロードとの剣の特訓、そして夕方から夜はクリス君の魔術指導という生活を一週間ほど続けることになった。


「今さら魔術を学んでどうするんだ。お前は剣士だろう」

「アインさんなら普通に剣で大成できると思うんですけどね」

 と、ラングラフ兄弟にはちくちく言われるが、どっちも楽しいので続けさせてください。

 まともに教えてもらえる、というのは、僕みたいに学ぶ機会の乏しい人間にはとても嬉しいことだ。


 そして、魔術の方も。

「そうそう、その魔力運動を10回ぐらい繰り返して……よし、発動した!」

「火が点いた……」

「簡単だろ? ただ力加減は間違えないでよ。アンタその気になるとアホみたいに魔力を一気に出せちゃうんだから、ロスも出しやすい。こんな火おこしで力尽きちゃう可能性もあるんだぜ」

 無詠唱魔術を、本当に数日で使えるようになっていた。

 いや、無詠唱というか、「詠唱ができない人の原始魔術」という感じだけど。

 クリス君はその気になれば詠唱魔術も使えるらしいのだけど、僕はそんなのを勉強するのはとんでもない時間がかかるだろう。そもそも魔術文字全く読めないから、そこから勉強しないといけないし。

 でも、全く縁がないと思っていた技術が自分のものになるのは、とても面白い。

 それと。

「いやー、しかしアンタ素直でいいなあ。男でもアンタみたいな人ならウチのパーティに入ってもいいなって思うよ。どう? 来ない?」

 クリス君、懐くとすごいグイグイ来るタイプ。

「いや、僕は僕でパーティのリーダーだから……ユーカさん守らないといけないし」

「ユーカさん守る必要あるかなあ? あれ、恰好は可愛くなったけど今でも野蛮人だし殺しても死ななそうじゃん?」

「君、胸がない女の子には本当露骨だよね……」

「おっぱいが大きい女には勝てないのは事実だけどさ」

 素直に認めるのはいいことだ。

 が。

「無くて悪かったなあ? エロガキがよ」

 ヌッと現れたユーカさんはクリス君の首に腕を回し、締め上げる。

「ぐがが……ぼ、僕が言ったんじゃないぞ……!?」

「どっちにしてもアインはやらねーぞ! こいつは前のアタシより強くなるって目標があるんだ、お前はせいぜいチヤホヤされてデレデレしてろ!」

「放せぇ……放してぇ……」

 ぐったりしてしまったので、一応ファーニィを呼んで診せておいた。

 ……ちょっとだけ危なかったらしい。

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