つかの間の休日

 それから、再び探索許可が出るまでの間、暇な数日間を過ごすことになった。


 アーバインさんは街でナンパ三昧。

 冒険産業都市ダンジョンのまちであるデルトールに来るのは、必然的にダンジョンに挑める腕の冒険者が多い。つまり腕にも金にもそこそこに余裕が出てきている段階だ。

 今までのイージーな街々で通用したような「一流冒険者でお金持ち」という看板はなかなか通じにくくなってきているらしく、戦果は芳しくないとかなんとか。

 そういや宿の女主人シルベーヌさんとは初日にまんざらでもない感じだったはずだけど、どうなったんだろう……と思っていたら、シルベーヌさんが察した感じで教えてくれた。

「まあ一晩の暇潰しにはなったかしらねぇ……でもああいうスレた感じのオトコ、好みかって言われるとねぇ……」

「……は、はぁ」

「私、やっぱり初々しいコの方がいいわぁ。同族エルフのオトコって、見た目は良くても人生わかっちゃってる感じのつまらない落ち着きが気に入らないのよねぇ。恋のやり取りにも熱がないっていうかねぇ……」

「……そ、そうですか」

 恋愛沙汰には明るくないが、どうも合わないんだろうということはわかった。

「でも君みたいなコならお互い良い感じに楽しめると思うのよねぇ……♥ どうかしら。お勉強だと思って遊んでみなぁい……?」

「ああいえ、その、僕はえーと」

 正直言うと興味がないわけではない。いやまあ、さらに正直に言わせてもらうと目の前で深く柔らかそうな谷間を強調されると色々と想像しなくもない年頃なことは否定できない部分はあり。

 い、いやいや。

 厄介ごとの種はゴメンだ。

 メガネを押して。

「実はこの前王都に滞在した時、双子の姫様から求婚されていたりするんですよ、僕」

 自ら厄介案件アピール。

「あらぁ♥ いい趣味してるわねぇ、お姫様も♥ 話が合いそうだわぁ♥」

 なんか効いてそうな気がしない。

「い、一応ですね。僕が充分に強くなったらあのローレンス王子にも意見できる婿になるんじゃないかなー的なやつでして、まあその、僕としても強さを追求する気持ち自体はあるので」

「いいじゃなぁい。そうそう、そういうアツさが大事なのよぉ。まったり生きてる若作りジジイにはそういうのないからねぇ。ペラッペラの人生にいっとき絡んでも、暇つぶし以上の甲斐がないというかねぇ」

「……ええと」

 この人もアーバインさん同様、短命なる人間との恋にはなにやら一家言ありそうなのは理解できた。

 それはそれとして、絶対あまり深入りしない方がいい感じはある。

「……でもってこれが本題といいますか。……クロードも僕とほぼ同じ誘いを受けているようで」

「うふふ♥ なぁに、三角関係ってやつかしらぁ♥」

「まあ相手が双子なので最終的には丸く収まらなくもないとは思うんですよ。でもクロードの方が色々と因縁が深いようですし……た、楽しめるんじゃないかな、と」

 シルベーヌさんにクロードを誘惑させ、彼の恋路に一波乱起こしてやる、的な人の悪い笑みを浮かべてみせる僕。

 実際はただの身代わりだ。

 ごめんクロード。僕にこういうお姉さんは荷が重い。

 君ならきっとやれる。

「うふふ……まあいいわぁ。その気になったらいつでも声をかけてねぇ♥」

 シルベーヌさんは乗ってこなかった。ちょっと残念。

 いや、もしかしたら心の中ではちょっとぐらいターゲットに入ったかもしれないけど。



 ユーカさんとファーニィはリノと一緒に、ジェニファーとよく遊んでいる。

 ジェニファーはよく言うことを聞くし芸達者なので、遊ぶのは実際楽しそうだ。広い“魔獣使いの宿”の庭を、交代で背中に乗って駆け回ったり、ジャンケンめいた簡単なゲームをして遊んだり。

 ゲームに負けるとジェニファーはゴロンとお腹を見せて負けのポーズ。勝つと二足で立ってゴリラハンドで力こぶを作って勝利のポーズ。

 やることはただそれだけなのだが、そのたびに三人でめちゃくちゃ盛り上がって笑っているので、ジェニファーも心なしか嬉しそうだ。

「……楽しそうだな」

「楽しそうだね」

 また宿を訪れて僕に剣の稽古をつけてくれているマキシムも、女の子三人と魔獣のキャッキャと楽しそうな様子には時々目を奪われていた。

「あのライオンはどうやって手に入れたんだ」

「……なんか偶然で……リノと二人してサーカスで極貧生活してたのを拾うことになって」

「そんな偶然があるか? たまたまであのエルフに会ったり王都で水竜アクアドラゴンと対決したり」

「その辺は……なんというか、ユーカさんだからなぁ……」

「……そうか」

 僕がそんなラッキーというかアンラッキーというか、わけのわからない偶然の連続に晒されるのは納得がいかないとしても、それがユーカさんだと、まあそんなものか、という気持ちになるものらしい。

 ……まあ、物語の主役的な天運……というのもないではないけど、あの無謀なまでの勇敢さや、弱くなっても人を引き付けるカリスマは、何かしら偶然を引き寄せる力もあるのだろう、と納得してしまうところはある。

 いいことも悪いことも、物事は避ける人間より立ち向かう人間の方に集まるものなのだ。

 普通なら避け、見逃してしまうような切っ掛けの先に、信じられないような幸運は存在する。……ということなのだろう。

 ……そう考えると、双子姫やシルベーヌさんのお誘いも、引け腰になってないでちょっとぐらい乗るべきなのかな。

 いや、いやいや。でもどう考えてもあれはなぁ。絶対に僕にとって都合のいい流れではない気がする。



 そんなこんなで久しぶりに何も考えずにゆっくり過ごしていた僕たち。

 そこにクリス君が訪れたのは、別に許可を伝えに来るためではなかった。

「女の人ばっかりのパーティってさぁ……いや、いいんだよ? 僕だってえらそーなオッサンや品のないチャラ男がパーティにいてほしいわけじゃないよ? でもどうしても数の不利というかさ。入れない話題とか逆らえない圧力とか多くて必ずしもハッピーなだけじゃないんだよねえ。わかる?」

「……わからない」

「いや絶対わかるだろメガネの人。どうみてもその顔は『何わかりきったこと言ってんだこのお子様』って顔だ!」

「酒でも飲んでる? あと僕はアイン・ランダーズだからそろそろファーストネームくらい覚えてね」

「僕は男の名前はなかなか覚えないんで有名なんだ」

「全く褒められる部分じゃないからねそれ。誰から見ても欠点だからね」

 愚痴なんだか自慢なんだかわからないクリス君の話の相手をさせられる僕。

 アーバインさんは例によってナンパに行ってしまっていて、ユーカさんはジェニファーとの添い寝に混ぜてもらえるとかで獣舎に行っていて不在。

 それにしたって僕が聞かなきゃいけない義理もないと思う。

 適当に用事って言い張って逃げようかな。

「でさあ。……まあ僕の実力で持ってるパーティだと思うけどさあ。みんな嫌いじゃないんだけどさあ。わかってくれないんだよね魔術理論。高度な話してもみんな『?』って顔して全然理解しようともしてくれない。リリーさんはその点別格なんだよね。知性と気品と美しさとおっぱいが高度なバランスで成立してた奇跡の人格というか」

「いくら僕が男だからって、安易におっぱいとか言って顰蹙買わないと思わないで欲しいんだよね」

「でもアンタも知ってるだろあのおっぱい!」

「知らないよ」

「なんでだよ!」

「そもそも、絡んだのが二、三回ぐらいの、しかも品性わきまえた服装してる人の胸なんてそうそう覚えないよ……」

「あれはすごいね。ここの主人にも勝るとも劣らないね。しかも僕ナマで見たことあるんだぜ」

「ねえその話僕が聞かないといけないかな?」

「……そんなに露骨に嫌そうな顔しないでくれよ。僕だって傷つくんだぞ」

 話題を考えて話した方がいいと思う。それとも僕がスケベ野郎に見えるから食いつきがいいとでも思ったんだろうか。

「まあいい。……ところでさ」

「?」

「魔術に興味ない? どうもアンタ、ちょっと才能ありそうって話じゃん」

「誰の評価で」

「アーバインさん」

 ……えー。

 初耳……なんですが?

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