マキシムの流儀

 クロードはなんだか不服そうだったが、マキシムに剣を教えてもらうことになった。


「お前はどこで剣を学んだんだ」

「しばらく前にアーバインさんに少し教えてもらうまでは、ほとんど我流だったよ」

「……しばらくというのはいつの話だ……もしかしてゼメカイトを出てからか?」

「うん。……あ、出る直前に、ちょっとユーカさんに構えがなってないとか腰落とせとか言われたけど、それぐらいかな」

「…………」

 マキシムは頭を抱えた。

「何であんなに無能だったのかよくわかった。いや、むしろよく生きていたな……?」

「我ながらちょっとそれは思う」

 今考えると素人に毛が生えた……いや、産毛すらも生えてない状態で、ロクな強みもないまま一年近くもモンスターに挑んでいたことになる。

 いつ殺されてもおかしくなかった。

 まあ死んでも別に誰も悲しまないし、という捨て鉢な心境だったおかげで続けられてしまったのだけど。

「そんな状態でロナルドと戦うのか……無謀の極みだな」

「そうは言っても僕たちは必死で凌いだだけだし……何故かロナルドがそれで僕たちを獲物に見定めちゃっただけで」

「……叔父貴も何を考えているのだか。いや、それは元からだな」

 マキシムは呆れたように息をつき。

「ロナルドはどこまでも地力を高め切った完成形の水霊騎士だ。勝つ方法は俺には全く見えないが……しかし、流儀を示すことはできる。水霊騎士の構え方、攻め込み方、退き方を知れば、少なくとも次に何をされるか見当ぐらいはつくはずだ。一瞬でも長く生き残ることが、まずは肝要だろう」

「……まあ、そうだね」

 前回は相手にとことんナメてもらったおかげで死なずに済んだようなものだ。

 本気になったロナルドには、僕の攻撃はもちろん、ユーカさんの奇襲もやすやすとは通じないだろう。その程度で討ち取れるなら、とっくに捕まっているはずだし。

 アーバインさんやファーニィ、あるいはクロード、ジェニファー……仲間たちの助力をアテにしても、確実に勝てるかというとやはり怪しい。

 こちらも万全には程遠い状況だったとはいえ、全く底が見えなかった。

 あのフルプレさんもまるで互角みたいなことを言っていたし……いや、あの人の見立ては他にも増して信用ならないな。

 モンスターは事前の用意と充分な攻撃力があれば勝てるかもしれないが、人の強者はそれだけでは難しい。

 そもそも、生息域のわかっているモンスターと違って神出鬼没。まともにこちらの思惑通りの布陣でぶつかれるかが、まず怪しいものだし。

「始めよう。まずは基本となる三種の構えとその特性からだ」

 マキシムは本当に水霊騎士団の剣術を一から教えてくれるつもりのようだ。

 すごくありがたい。

 クロードは最初にマウント取りのためか、いきなり打ち稽古で僕より強いことを示そうとしてきて、それ以来ずっと基本に立ち返って教えてくれるなんて流れにはならなかったもんなあ。


 概論として基本的な動きを一通り見せてくれたマキシムは、一応魔力剣技についても見せてくれた。

「これが“斬空”……人によるが、普通は数十秒も集中して放つ技だ。達人となれば四、五秒もあれば放てるというが」

「ユーカさんはオーバースラッシュって呼んでる奴だね。ゴリラユーカさんは二秒で打てたらしいよ」

「……俺の勘違いでなければ、お前は全く間を置かずに十発以上も打っていた気がするんだが」

「なんか打てる。ユーカさんは絶対世界一速いって言ってた」

「……何なんだお前は……」

 何とも言えない目で僕を見るマキシム。

 何なんだと言われても、まあ多分ユーカさんのくれた「力」のせいだと思うんだけど。

 気を取り直し。

「水霊騎士団……いや、ヒューベル軍では、お前が打っていたような突き技は“穿空”と呼ぶ。当然、普通は一発勝負だ。だから攻撃のタイミングを読みさえすれば簡単にかわせる一点攻撃は、“斬空”よりも使いどころの難しい技とされる」

「でも貫通力は切るよりも突きの方が高いよね」

「……ああ。だから本来は盾を構えて固まっている相手を、強引に仕留めるための技だ。……あんなに乱射などできたら、戦場は大混乱だな」

「まあ戦争に行くつもりはないけどね……」

「……そう言えるのは幸せな話だ」

 マキシムは少し拗ねたような顔をする。

 自分も兵隊じゃなくて冒険者なんだから、その気になれば戦争を無視することだってできると思うんだけど……そういうわけにもいかないのかな。

 クロードは「家を捨てた」と言ってたけど、まあクロードもちょっと観点がアレなところあるから、マキシムとしてはそういうつもりでもないのかも。

「話を戻そう。……“斬空”にはちょっとしたコツがある。振り方を見ていて気付いたか?」

「……えっ」

「やはり見ていなかったか。……もう一度やるぞ」

 マキシムが再び魔力を溜め、“斬空”を放つ。

 言われて注目していると……なんか妙に振りが窮屈というか、あまり腕を振らずにシャッと振っている気がする。

「ええと……手首だけで振ってる?」

「正確には、右手を固定して左手だけで柄尻を動かす。何かを斬る上では問題外の振り方だが、“斬空”を放つだけなら狙いを固定できるし攻撃の予兆を読まれにくい。ほぼ我流のお前のことだから、毎回全力で振り回しているだろう」

「……な、なるほど」

 そうか。元々攻撃力的には十分のオーバースラッシュだ。剣先を振れさえすればいいのだから、そんなに腕ごと振り回す必要はないのか。

 両手を使う必要はあるが、命中率不足もこれで解消できるかもしれない。

「練習してみる」

 喜々として実践してみる僕。

 標的代わりに立てた巻き藁の案山子がざくざくと切れていく。いつもならそこそこ外す距離なのによく当たる。

「すごいな。さすが騎士団の知恵」

「……本当に全く集中時間取らないのか……」

 僕の乱射にマキシムは非常に複雑な顔をしていたが、まあ初めて知る人としてはいつもの反応なのでとりあえずほっとこう。


 昼ぐらいまで稽古して、魔力もだいぶ減ってしまったので食事ついでに休憩。

 魔力は眠らないと回復しない。昼寝でもしようかな、と思っていると、宿にクリス君のパーティが現れる。

「やあ、メガネの人。事情聴取に来たよ」

「……僕はアイン・ランダーズです」

「そうだっけ。まあ次までに覚えておくよ。ユーカさんたちはいるかい?」

「出かけてはいないと思うけど」

 起きてからすぐにマキシムとの稽古に入ったので、全員が部屋にいるかは確認していない。庭での稽古中に誰かが出かけたのを見てはいないけど、もしかしたら昨日酒場に行って帰ってきていないかもしれない。

「君はもう一個のパーティのリーダーだっけ。君もついでに事情聴取だ」

 マキシムも捕まっている。

 そしてクリス君の仲間の女性冒険者たちは、マキシムと僕が好みだとか好みでないとか攻めとか受けとかよくわからないことをずっと嬉しそうにヒソヒソしている。

 やめて。超やめて。

「なんだよー。聞くほどの込み入った事情なんてなんもねーだろ」

 ゆるゆるの寝間着の腹に手を突っ込んでぽりぽり掻きながら出てくるユーカさん。

 他のメンバーも寝起きだったりそうじゃなかったりの差はあれど、クリス君たちの呼び出しにあんまり気乗りしなさそうに出てくる。

「あれ、昨日の合成魔獣キメラ使いの子は?」

 クリス君がキョロキョロする。

 と、忽然とその背後にシルベーヌさんが出現して首筋にフゥーッと息。

「ジェニファーちゃんと一緒に獣舎よぉ……♥」

「うわあああ! な、なんだよ! 思わず魔術出しそうになっちゃっただろ!?」

「それは無理だから気を付けてねぇ♥」

「えっ……え、あっ……なんだこれ、魔力が動かせない……!?」

 クリス君が手を広げて何かびっくりしている。

 ……シルベーヌさんの謎の支配はこの場の魔力全体にも及んでいるらしい。

「うふふふ♥ 女一人暮らしだといろいろ用心しないといけなくてねぇ♥ あんまり無理に魔術使おうとしない方がいいわよぉ。……死ぬかもだから」

「!?」

 急に出てきた物騒な単語と、シルベーヌさんの凄絶な微笑みに凍り付くクリス君。

 ……シルベーヌさん、本当にこの宿に何仕込んでるんですか。

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