凱旋

 全部が済んだ頃になって、ジェニファーの後ろに乗ってアーバインさんがやってきた。

「……あ、あれ? なんだ、出てきちゃってる?」

「アンタそーゆー肝心な時に冴えないとこ変わってないよな」

「……お、おー、クリス! なんだお前こんなとこいたのか!」

「一応ね」

 非常に冷めた対応のクリス君。

 でも今回は本当に幸運にもクリス君が親玉ボス瞬殺したけど、そうでなかったらアーバインさんが相当に重要だったことは想像に難くない。

 僕たちがさっさと出てこれなかったら、マキシムとクロードはアーバインさんがギリギリで救援することになってただろうし、そしてその後に僕らが親玉ボスと泥仕合してるところに間に合ってくれたらいいな、という状況だったはずだ。

「お酒臭いから早く降りてよ、おじさん」

「……えっ、今俺のことおじさんって言ったリノちゃん!? この超イケてる俺を!?」

「私クサイ人にいちいち気を遣いたくないの」

「……がーん」

 リノから予想外の一撃を食らってフラフラ降りるアーバインさん。まあ酒臭いのってイメージ相当下がるよね。

 僕も気を付けよう。一応ちょっと飲んだし。

「マキシムの仲間は全員ちゃんと避難できた?」

「まあほとんどみんなボロボロだったけど、死んだ奴はいないはずよ。酒場に預けてきたわ」

 リノがそう言ってジェニファーを撫でる。

 元々安定感の低いライオンの背で、過積載状態のまま高速移動するのは相当に気を使ったはずだし、疲れたはずだ。ジェニファーにはいい餌をボーナスとして出してもいいかも。……宿のシルベーヌさんに頼んで、だけど。

「悪いけどクロードとマキシムを帰りには運んでくれないかな。二人ともしんがりで怪我してる」

「いいけど……」

 クロードはともかく、マキシムはリノからすると「怖い男」だ。

 同乗するのは躊躇があるのか、ジェニファーを伏せさせることもなく、ちらりと二人を見るにとどめる。

「大したことはありませんよ。街まではもちます」

「矢傷は腕だ。歩くのに支障はない」

 そして兄弟は痩せ我慢。

 ……えっ、この気まずい空気、僕が何とかしなきゃいけない?

 と思っていたら、ジェニファーが実に人間的な溜息をついてヒョイと背に手をまわしてリノを掴んで下ろし、ヌッと立ち上がって兄弟の首根っこを両手でガッと掴み、のしのしと二足歩行で街に歩き始めた。

「うわー!?」

「な、なんだこの獣は!? ライオンじゃなかったのか!?」

 ゴリラハンドと化したジェニファーの手で、吊り上げられたまま運ばれていくラングラフ兄弟。

「……かっけー……」

 ユーカさんが目を輝かせる。

 クリス君のところの女性冒険者たちは「あれほっといていいの? モンスターじゃないの?」「一応使い魔なんじゃない、さっき女の子乗せてたし……」とヒソヒソ。

「リノ、ジェニファーってあのまま街まで行けるの……?」

「まあ、歩く速度ゆっくりでいいなら半日ぐらい二本足で行動できるはずだけど……全く、勝手にああいうことするんだから」

「……いや、ありがたいよ。ありがたいけど……」

 いろいろとゴリラさえ超えてない?

 まあそれが合成魔獣キメラだ、と言われると、そうなのかな、というほかないんだけど。ゴルゴールも知能はトロールや緑飛龍ウインドワイバーンの比じゃなかったしな。


 夜明けの街に、ジェニファーを先頭にして僕らパーティ+クリス君パーティ、それとマキシムがゾロゾロと帰還する。

 冒険者二人を首根っこで吊り上げたまま二足歩行するライオンの姿を見たデルトール住民はさすがに悲鳴を上げがちだったが、その都度僕やリノがなだめて回ったのでちょっと苦労した。

 ……いや、こんな珍奇なパレードじゃなくて普通に途中で諦めて跨れればいいのに、と思いはするんだけど、兄弟がどっちも意地を張ったので、ジェニファーは降ろしてくれなかったのだった。

 ジェニファー賢い。でも本当に立ち上がったライオンは怖いので次回からは自重してほしい。

 まあ夜明けすぐだったので見ていた人が少なかったのは幸いだ。

 町がにぎわうタイミングだったらパニックになっていたかもしれない。


 酒場につくと、マキシムパーティのメンバーは、よそのパーティの冒険治癒師や、呼ばれてきた街の開業治癒師によって、ほぼ全快していた。

「マキシム! よかった!」

「さすがにあれは死んだかと思ったよー」

「勝手に殺すな」

 手ごわい山賊たちの再襲撃に、クロードとたったふたりでしんがりを務めるという無茶に、さすがに仲間たちも悲壮なものを感じていたらしい。怪我があるとはいえ生還したことにホッとしていた。

「さあさあ、喜ぶのはまだ早いだろう。怪我をしてるなら診せてくれ」

 開業治癒師が彼らを押しのけてマキシムとクロードへの治癒術を開始する。

「……思ったんだけどファーニィの方が早くない?」

「正直私も結構疲れてるんで、他人がやってくれるならそれに越したことはないです」

 ……まあ、そうか。

 ファーニィもダンジョンに日に二度侵入したのは同じだ。

 それに往復走り通して、魔術に弓に治癒術に、と地味に一番働いているかもしれない。

「先に宿に帰る?」

「えーお腹ぺこぺこなんで何か食べてから帰りましょうよー。それにさすがにもう冒険しないならお酒飲んでもいいですよね?」

「……タフだなあ」

 冒険者という生き方に一番適応しているの、ファーニィなんじゃないだろうか。

 このタフネスと図太さ、見た目が髭の豪傑でも違和感全然ないぞ。


 結局、その日は酒場での治癒と軽食を済ませたら宿に引き上げて泥のように眠り。

 目が覚めたら次の日の朝だった。



「アインくぅん? お客さんよぉ♥」

「……はっ」

 耳元でささやかれて飛び起き、メガネをかけると、シルベーヌさんが部屋に入ってきていた。

「な、なんで鍵かけたのに入ってきてるんですか! 僕が裸だったらどうするんですか!?」

「だって私、ここの主人だものぉ。鍵ぐらい持ってるわよぅ。それに男の子の裸ぐらいでキャーキャーいう歳に見えるかしらぁ?」

「……エルフの歳なんてわかるわけないのでもういいです」

 この人には勝てない気がする。

「まあ、裸だったらそれはそれで役得と思うだけなのだけどねぇ。早く着替えて下に行った方がいいわよぉ」

「……着替えるんで出てもらっていいですか」

「冒険者なら人目があるからって着替えに躊躇してちゃ駄目よぉ?」

「薄々思うんですけどただのスケベですかあなた」

「ひどぉい。キミみたいな子をからかうのが好きなだけよぉ♥」

「どっちにしろ駄目です」

 僕ここに泊まってていいんだろうか。


 着替えて部屋を出ると、玄関にマキシムとハーディが来ていた。

「やあアイン。礼をしに来たよ」

「お互いしばらく潜れないんだから、そういうのは酒場でいいのに」

 ハーディは何かしらの包みを持ってきていた。お菓子か何かかな。

 ウチのパーティは女の子が多いから喜ばれるだろう。

 マキシムはというと。

「剣を教えてやる約束だ。やるなら早い方がいいだろう」

「せめて朝ごはん食べてからでいい?」

「……チッ」

 何かやろうと思うと、人のことあんまり考えないで押しが強いのはクロードと変わらないなあ。

 態度がちょっと違うだけでよく似てるのかもしれない。

 ……と。

「兄さんの腕でアインさんに何を教えるっていうんだ」

「……首を突っ込むな、クロード」

「いいや、兄さんみたいな半端者がいっぱしの水霊騎士みたいに剣を教えるのは見てられないね」

「クロード……!」

「やるかい?」

 あーあー。

 まったくこの二人は。

 どう収めたものか……と思っていると、いつの間にか僕の隣にシルベーヌさんが来ていて。

「ウチで喧嘩はダメよぉ? そういうことできないようにしてあるんだから……ねぇ?」

 一瞬。

 ぞわり、と何か得体の知れない気配が彼女から滲む。

 と同時に、まるで宿全体が呼応するようにズズッ、と身じろぎしたような錯覚を覚える。

「!!」

 身構えるマキシムとクロード。縮み上がっているハーディ。

 妖艶に微笑むシルベーヌさん。

「あなたたちの身のためを思って言ってるのよぉ? ここはそういうの、禁止……ね♥」

「…………」

「…………」

 兄弟は顔を見合わせ。

『はい』

 同時に屈した。

 ……こういう場の序列に対する変わり身の早さはないと、長生きできないのが冒険者だ。かっこ悪いけど正しい。

 そしてシルベーヌさん、本当に底知れない……まあ、一人でこんな雰囲気の女性が商売するんだから、何かあって当然なのだろう。

 あまり怒らせないようにはしよう。

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