深夜のリダイブ4

「あ、もしかしてそっちのメガネの兄さんってユーカさんがアレしちゃった人だっけ?」

「アレとか言うな。いろんな意味で誤解されんだろーが」

 クリス君は僕のことをよく覚えていなかったらしい。

 まあ仕方ないと言えば仕方ないけど。だってまともに絡んだの、あの上級酒場の晩だけだもんな。

 後詰冒険隊サポートパーティなんて十把一絡げだから覚えてるわけないし。

 というか、あの時他に誰がいたか、僕ですら数人くらいしか思い出せないし。

 で、周囲の女性冒険者たちは僕……ではなくてユーカさんの方に注目している。

「クリスくんがユーカさんって呼んでるということは……えっ、この人があの“邪神殺し”?」

「かわいー♥」

 そりゃそうだよね。あのゴリラユーカさんの噂をちょっとでも知っていたらギャップに驚くよね。

「なんだ、このねーちゃんたちがお前の今の保護者か? ずいぶんなハーレムじゃねーか」

 寄ってくる彼女たちから逃げて僕を盾にしながら、ユーカさんはクリス君に問い返す。

 クリス君はだらしなく笑いながら頷き。

「まーねー。最初はこっちのメルウェンさんとフィルニアの路上でばったり会ってさ。それから色々と流れで女の子だけのパーティがいくつか合流して」

「あーうん。まあ正直どうでもいいわ」

「聞いといてそれ酷くない? あと保護者はどちらかというと僕だからね?」

「魔術以外じゃただのエロガキのお前が何威張ってんだよ」

「それ言っていいのユーカさんとリリーさんだけだからね?」

 ……リリエイラさんも言っていいのか。

 いや、クリス君はリリエイラさんには気に入られようとしてたような節があったな。ちょっとの子ども扱いくらいは受け入れるか。

「そっちのエルフの女の子は誰? 僕の知ってる人の関係者?」

「アイン様の下僕のファーニィです!」

 なぜか胸を張るファーニィ。

 今のあまりにも強烈な魔術を見たら即座に媚びを売りに行くかと思ったけど、さすがにそこまでフリースタイルではないらしい。

「下僕……」

「下僕って……あのメガネの人、エルフに何仕込んでるの……」

 クリス君のパーティの女性たちがヒソヒソと囁き合っている。

 釈明していいでしょうかね。

「またアーバインさんの親戚とかじゃないよね」

「別に血縁はないです」

「よかった」

 何がよかったんだクリス君。もしかしてロゼッタさんにコナかけようとしてアーバインさんと喧嘩にでもなったのか。

 なったんだろうな。

 うん。でも僕もその辺どうでもいいや。

「今の親玉ボスつついて引っ張り出してきたはずの山賊が見当たらないのが気になる。先に行った仲間たちやマキシムたちが狙われてるかもしれない。積もる話はまた今度にして、ユー」

「特に積もる話はねーよ。またな、エロガキ」

「えっ、エロガキって固有名詞みたいに言うなよな!? あと勝手に帰るなよっ、僕たちは一応領主から逮捕権とかいろいろ……」

 何か言い募ろうとするクリス君を女性冒険者のリーダーと思われる人が制止する。

「事情は後で聞けるでしょ。それよりダンジョン内の調査か彼らの護衛、どっち優先するの? ただの初心者のトチりかと思ってたけど、山賊イレギュラーが絡んでるとなるとモタつくわけにいかないよ」

「……入り口を固めればダンジョンからは出られない。ここらの調査は後でもいいと思う」

「じゃあそうしようか。行こう」

 ……あー。こういう風にさりげなく誘導されて、見た目はクリス君が意思決定してる感じになってるのか。

 まあクリス君、年相応に子供なところあるし、一応そうしないとちょくちょく「僕の方が強いのに」とトラブルになりそうな性格でもある。

 面倒だろうなあ、と思いつつ、ちゃんとそれを見抜いて操縦している彼女は、少なくとも華やかなだけのお飾りではないんだな、とも思う。

 そういう形の互助関係パーティというのもアリだろう。


 僕たちは急いで来た道を撤退する。

 とはいえ、深部までも走って移動し、着いてはすぐに激しい戦いを演じたので、へたばってしまっていることは否めない。

「大丈夫? 背負おうか?」

「いや、いいです……」

 クリス君の仲間の女性戦士にそう言われてしまう始末。

 こんなんでなんとかマキシムたちに追いついたとしても、役に立つのかどうか……と思いつつ、僕が崩れ落ちたら誰も引っ張れないので必死で頑張る。

 多少残ってる魔力を、走る活力の足しにできたらいいのにな……と思う。

 多分そういう技術もあるんだろうけど、今教えられても練習している時間はない。今は根性で補おう。

 と、思っていたのだけど。

「ちょっと待ってくださいアイン様。さすがに足ガクガクすぎです」

「いや、まあ……そうだろうけど」

「ちょっとだけそのまま。直立」

 ファーニィに呼び止められて立ち止まらされ、しゃがみ込んで足に治癒術を施される。

 ……しばらくして、ファーニィが立ち上がってにっこり。

「これでだいぶマシなはずです」

「え、えー……治るの、こういう疲労」

「治癒術ナメてません? 治癒ですよ?」

 ファーニィがそう言うので歩き出してみると、足腰がまるで良く寝た朝のように軽くなっている。全然違う。

「すごいな」

「むしろ今まで治癒術が怪我にしか意味ないと思っていたらしいことにびっくりですよ」

 ファーニィが当然のように言う。どうも他の女性冒険者たちやユーカさんなどの反応を見るに、こういう使い方自体はそう珍しいわけでもないっぽい。

「体細いから普通に体力ないタイプだと思ってた」

「メガネだしね」

「メガネで戦士って珍しいよね」

 メガネで何が悪い。いや、まあ、体力がさほどないのは、はい。

「治ったなら急ぐぞ。向こうは余裕あるのクロードとジェニファーだけだ。クロードは搦め手に弱いしジェニファーは荷が多すぎるんだ。捕まったらヤバいぞ」

「うん」

 ユーカさんは今は僕と大差ない体力のはずなんだけど、走る速さに陰りはない。

 って、さっきまではジェニファーに乗ってたんだから当たり前か。

 ……往復徒歩なのに全く苦にしない感じで走ってるファーニィが実は一番すごいのかもしれない。


 できれば途中であの長柄武器ポールウェポンの二人組を見つけるのがベストだったが、それは叶わなかった。

「あそこで呻いてる二人、あなたたちがやった奴?」

 リーダーのメルウェンさんに聞かれたので頷いておく。

 最初に遭遇した素材取りの二人はそのまま放置してきた。仲間が誰か健在なら助けてもらえるだろうが、駄目なら這ってダンジョンを出るか何かしないと、そのうち「リフレッシュ」が起きてモンスターに囲まれて死ぬだろう。

 まあ僕たちが探掘を今日許可されたのだからそれは何日も後だし、動くことが本当にできなかったら、その前に衰弱死するだろうけど。

「どうするクリス君? 一人くらい参考人として捕まえとく?」

 メルウェンさんの問いにクリス君は迷うことなく首を振る。

「あとにしよう。片方の当事者いるんだし」

「りょーかい」

 放置決定。

 両方から意見を聞いて……とかやるつもりはないらしい。

 まあ、あっちのほうが違法行為をしているのは明らかなのだから、人手が取られて邪魔くさいだけ……ということなんだろうけど。

 僕たちが助ける気がないのがわかると、それぞれ傷を繕う手段もないまま放置されている二人は、力ない声で罵り合っているのが聞こえてきた。

 悪人同士なんてそんなものだろう。


 やがてダンジョンから飛び出し、あとは街までの道だけ。

 相手は狭いところが苦手な長柄武器ポールウェポンだ。途中の監視塔を頼るか、あるいは周囲に広がる林の中に逃げるか……どう逃げたかな、と少し迷うが、すぐに剣戟の音が聞こえてきた。

「あっちだ!」

 ユーカさんが迷いなく走る。

 僕もその後を追いながら、例の長柄武器ポールウェポンの二人……いや、最初に闇に隠れたままやり過ごした生き残りがいたのか、それ以外にも数人の山賊冒険者と戦っているクロードと……マキシムを目にする。

「あいつ思ったより根性あんな!」

「……僕ら世代のエースだからね」

 なんとなく、マキシムならクロードがみんなを守ろうとする時に、黙って逃げたりはしないだろう、と思っていた。

 プライドの高い奴だ。そして……僕に見下されるのをああも嫌がる奴だ。

「ファーニィ! 弓で援護頼む!」

「了解!」

 周囲は林。「ウインドダンス」で雑に抑えるのは、木々で風が散らされるのでもう難しい。

 火を放つなんて論外。あとは弓でやるしかないだろう。

 そして僕とユーカさんはそれぞれの武器を握って、長柄武器の二人に襲い掛かる。

「うおらぁぁぁぁ!!!」

「かあああああああああああああっ!!」

 ユーカさんの超加速キックがハルバード使いの背に決まり、僕の「ゲイルディバイダー」が薙刀使いのガードに直撃する。

 ……突きを薙刀で受け止めるか。

 でも。

「止めたな」

「ぬ……!」

 僕は笑う。

 受け止めたのは、間違いだ。

「……食らえっ!!」

 バチチィッ!!

 雷属性、解放。

 高級武器とはいえ金属。電撃を防ぐのは至難だ。

 そして、食らった薙刀使いは全身をひきつるように硬直させ、武器も手放して膝をつく。

 ……それでも。

「ぐふっ……」

 倒れはしない、か。

 ……こいつ一人に時間はかけられない。まだ周囲に敵がいる。飛び道具を携えた彼らに狙い撃ちされるわけにはいかない。

「馬鹿な……あの親玉ボスを……凌いできた……のか……」

「そうだよ」

 呟きながらそれでも動こうとする薙刀男を、僕は容赦なく斬首する。

 そして、クロードとマキシムを守るように移動し、背を向ける。

「待たせた」

「待ってなどいない」

「はいはい」

 マキシムは適当にいなしつつ、周囲から僕らを狙う山賊を確認する。

 マキシムの片腕には矢が突き刺さっている。クロードも頬と片足に切り傷。救援が間に合わなかったらだいぶ厳しかっただろう。

 だが、間に合った。

 ユーカさんが蹴った方も大きく吹き飛んで間合いから外れ、薙刀男は死亡。あとは数人の弓や投げ斧持ちの山賊……いや、その一人はファーニィに射られて倒れた。

 ユーカさんの必殺キックと、僕の「ゲイルディバイダー」の速度に追いついてはいないが、もう二十秒も待てばクリス君たちのパーティも辿り着く。それで終わるだろう。

 が、待つ気はない。

「片づけていいね?」

「無論です」

「……アイン……!」

 何か言いたげなマキシムはさておき、僕は剣をグッと弓矢を構えるように引き。


「オーバーピアース……スプラッシュ!」


 突き、乱打。

 距離がある分、命中率が下がるのは手数で補う。

 雷属性の刺突……いや、雷の槍衾ファランクスが、離れた数人の敵を次々に滅多刺しにする。

 逃れられるはずもない。

 夜明け前の闇を裂き、閃光が連続で周囲を照らし……そして、終わる。

「……なんだと……」

「これがアインさんだよ。……兄さんの思っているような弱者じゃない。これが、“邪神殺しの後継者”だ」

「……邪神殺しの……?」

 呆然としつつ、なんでその名前が出てくるんだ、と怪訝そうなマキシム。頬の血を拭いつつ、自慢げなクロード。

 ……面倒な説明が必要になるからそれは秘密にしてほしかったなあ、なんて思いながら、僕は最後に残ったハルバード男の始末に向かった。


「やあ、君らゼメカイトにいたんだって? 僕に会ったことある?」

「……クリス、さん……!」

「ああ、知ってるんだ。まあ知らなくてもいいけどね。ちょっとおおごとになってるから、明日からしばらくは事情聴取に付き合ってもらうよ。……ユーカさんたちも」

「えー。アタシら助けただけじゃんよ」

「揉め事に絡んだ奴らは迂闊に探索許可出せないんだよ。予想できてたでしょ? いや、ユーカさんだとそこまで考えてないか……」

「エロガキのくせに生意気な言い方しやがんなあ」

「う、うわ、なんだよ掴むなよいだだだだっ」

 ユーカさん、クリス君相手だと割と気軽に関節技かけにいくなあ。体格小さいからか?

「……これがあのユーカさんだっていうのか」

 マキシムは呆然としている。

 まあ、ユーカさんは最強の代名詞にして冒険者のカリスマだもんな。それがただのガキンチョみたいになってるのは受け入れがたいか。

「まぎれもなくユーカさんだよ。……で、僕の師匠だ」

「……!!」

「だから僕は強くなったんだ。……いや、もっと強くならなきゃいけない。こんなものじゃない、ユーカさんを守れるくらいの最強に」

「……そうか」

「そして、目下のところ……それを実行するうえで、一番怖い相手がいる。……ロナルド・ラングラフだ」

「!!」

「なんでもいい、教えてくれ。僕らはどうやら彼に目をつけられたらしい。どう戦えばいい」

「…………」

 マキシムはしばらく逡巡し。

「まともにやってロナルドに勝つのは無理だ。……さっき見せたお前の技も、ロナルドには届くとは思えない」

「そうか……」

「水霊騎士団史上最強と言われた男だ。おそらく、剣一本でドラゴンとだって渡り合う。こうなる前のユーカさんでも、真正面からは勝てないだろう」

「……なんでそんなのがその辺で山賊してるんだ……」

「山賊……そんなことをしているのか、今は」

「僕が会った時には、そうだった。でも別に金にも何にも興味はなさそうだった……」

「……死臭を好んで仲間が寄ってきたか。あの人らしいといえばらしいが」

「メルタでやりあった後のことはわからない。いつか僕とユーカさんに、また挑んでくるということだけだ」

「…………」

 マキシムは小さく溜め息をつき。

「どうせしばらくは冒険もできそうにない」

「……?」

「借りは借りだ。付き合ってやる。……剣の稽古だ。どうせクロードにはついていけないんだろう?」

「えー……」

「不満か」

「いや、君ら兄弟お互いどういう評価してんだろうって」

 そして、どうせクロードも僕と稽古しようとするだろうから変に揉めそうだなあ、と。

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