深夜のリダイブ3

 ファーニィが魔術で起こした突風は、軽装の敵の行動を妨げる役には十分たっている。

 だが、長柄武器ポールウェポン使いの二人……片方は薙刀グレイブ、片方はハルバード使いの戦士たちは体格も良く、鎧も武器も重く、そしてそれを苦にしないだけの太く強そうな腕を持っている。

 彼らは風の中でも多少砂埃に目を細める程度で、さして動きに支障はなさそうだ。

 こんな大男たちの体をさえ吹き飛ばす風圧は、少なくともファーニィの魔術では実現不可能だ。

 ……そして、彼らに突撃したクロードは、薙刀グレイブ使いの方と切り結ぶ。

「カカッ! 何事かと思えばガキの増援か!」

「く……なかなかいい武器をっ」

「貧乏チンピラの武装なら得物ごと叩っ斬れると踏んだか! ハッ、こちとら稼いでるんだよ!」

 クロードの剣でも、その薙刀グレイブの柄を叩き斬るには至らない。

 あの多脚ゴーレムの足にすら半ばまで食い込み、稼働不能にした名剣だ。僕の「パワーストライク」にすら、受け方次第では拮抗するだろう。

 それでも折るに至らない。

 同等以上の素材ということか。

 そして、柄で受けたということは、長柄の全身をその高等素材で構成しているということでもあり……相当な重量であることを意味する。

「クロード! 慎重に!」

「わかってます!」

 僕は風に怯んでいる飛び道具使いたちを次々に「オーバースラッシュ」で斬りながら彼の背を追う。

 ……だが、もう一方の戦士であるハルバード使いがクロードの背後に抜け目なく回り込み、躊躇なくその背に一撃を放つ。

 が。

「!?」

 クロードは、まるで後ろに目がついているようにそれをかわしていた。

「背中に回ればかわせない……と踏んだのか? いかにも下等な雑魚の戦術だね」

 クロードは両者を視界に収めるように位置取りながら、大男たちに見得を切る。

「そういうのは目をつぶっていてもかわせるんだ、水霊の騎士は」

「チッ……ガキの分際で!」

「テメェら! なにモタついてやがる!」

 薙刀男がこちらに手を振るって叫ぶ。

 僕は一人ずつ処理を……いや、しまった。

 無力化して本当に何もできないまましゃがみ込んでいたのはほんの2、3人だ。それは僕のスラッシュに当たって屍を晒していたが、あとはもうその場にいない。

 さっきのダブルナイフと同様、すぐに闇の中に逃げ込み、態勢を立て直す判断をしたらしい。

「くそっ……!」

 この場所の地形を僕たちは把握していない。逃げ場となるスペースがどちらにどれだけあるのか、今この瞬間には見当もつかない。

 飛び道具はかさばるのであまり大した白兵武器を持って歩けないはずだが、逆に言えばかさばらない、小さい武器なら別だ。

 消えた全員が飛び道具での戦いを諦めて闇からの奇襲に賭ける……ということになれば、ファーニィの魔法で黙らせて一気に片づける、なんて能天気なやり方は通じない。

「きゃあっ!?」

「!」

 そして、即座にそれは起きた。

 ファーニィに忍び寄った山賊冒険者が、彼女を背後から羽交い絞めにして、そのまま口をふさいで連れ去ろうとする。

「ファーニィ!!」

 僕はそちらに駆けだしかけて、クロードの方も気になる。瞬時の逡巡。

 どちらもカバーはできない……!

 クロードならすぐには死なないだろうが、こんな戦い方をする奴らに八方から奇襲されたらさすがにアウトだろう。

 だがファーニィをもし無力化され、最悪殺されたら、それでも僕らは詰む。

 歯を食いしばり、ファーニィの救助を選び、後ろに走り出す……いや。


「っらぁぁぁ!!!」


 いつの間にかジェニファーを飛び降りていたユーカさんが、信じられない俊敏さで駆け、ファーニィを捕まえている山賊に……ファーニィごとキック。

 ……いやファーニィごと!?

『げっほぉぉっ!?』

 およそ女の子とは思えない声を、自分を捕まえている山賊と同時に吐き出しながらファーニィは彼ごと壁に叩きつけられる。

 ……後ろの男は頭を打ってノビてしまい、ファーニィはお腹を押さえて悶絶。

「立てファーニィ! また捕まるぞ!」

「ゆ……ユーちゃん、殺す気……?」

「死ななかっただろ。死ななきゃ自己治癒できるだろ。マードはできたぞ」

「あのヒト基準にしないでくれないかな!?」

 あ、わりとすぐに立ち直った。すごいな治癒術。

 ……ユーカさんがファーニィを見てくれるんだったら僕は……。

「っ!?」

 振り向いたらそこに山賊冒険者が迫っていた。しかも二人。

 思わず魔力を込めた剣で真横一閃。

 ……二人とも、臓物を撒き散らして腰で泣き別れる。

 どちらも上半身は変な動きでしばらくもがいていたが、すぐに動かなくなった。

「……ほんとに何のためらいもなく凄い殺し方した……」

 リノがガタガタ震えている。

 いや、まあ別にこういう殺し方をしたかったわけではないのだけど。これはつい。とっさに。

 ……言い訳するのもあれだな。

「手加減する理由がないからね」

 剣の血を払い飛ばして、改めてクロードの援護に走る。


 クロードは二人の大男相手に鮮やかな戦いを続けていた。

 モンスターでも一対一ならその片鱗はあったが、どうやらクロードは相手が「人間」の範疇なら、想像以上に技量が高いようだ。

「クロード、待たせた」

「私一人でも捌けそうですけどね」

「相手はルール無用だ。長引くとマズい」

「ええ」

 視線を敵から外すことなく僕に応じるクロード。

 敵の大男たちは、僕と、いくつかの惨死体を遠目に見比べて、チッと舌打ち。

「……風向きが悪い」

「ああ」

 二人して頷き合うと、揃った動きで煙玉を目の前に叩きつける。

「またかっ!?」

「逃がすか……!」

「待てクロード! 追ったら思う壺だ!」

「しかし!」

「僕たちは罪人を捕まえるのが仕事じゃない! 今は抑えろ!」

「っ……!」

 視界の効かない中、下手に突っ込めば奴らの自慢の長柄武器ポールウェポンに串刺しにされる危険がある。

 ここは下がるのが正解だ。

「……あんな奴らを野に放つなんて」

「こらえろ。負けてるわけじゃない。いや、僕たちの勝ちだ」

「でも……」

「騎士団じゃそういう感情をそのまま剣に持ち込むのか?」

「……すみません」

 少々当てずっぽうな煽りでプライドを刺激してクロードを抑える。

 実際のところ、剣の精神性なんてものは僕には何もわかっていない。それっぽいことを言ってみただけだ。

「早くマキシムたちを助け出そう。奴らは“お抱え”に任せればいい」

「そう……ですね」

 僕たちは煙が薄れるのを待ってマキシムたちに近づく。



「頼んだわけではないからな。礼は言わない」

「マキシム!」

 いきなりの傲岸なマキシムの物言いに、副官格のハーディが咎める声を上げる。

 僕は肩をすくめる。

「いらないさ。君はそういう奴だ」

「っ……」

 なんか傷ついた顔をするマキシム。

 そんな顔するなら突っ張るなよ、と思うが、まあ今更マキシムにしおらしくしてほしいわけでもない。

 マキシムパーティは散々な状態だった。

 なんとか死者は出ていなかったが、治癒師一人で追いつく状態ではなく、その治癒師も歯を全部折られて治癒術どころではなかった。

 ファーニィがまずはその治癒師から治療を開始する。

 歯を再生するのはファーニィには難しそうだが、それは大きい街に行けば専門の特殊治癒術を修めた術師がちょくちょくいる。

 ちょっと値が張るが彼の歯はそれに任せればいいだろう。

 状態が落ち着いたら、なんとか止血で持たせているパーティメンバーを二人がかりで治せる。

「治癒早いね、君……何か特殊な術使ってるのか?」

「ふふふ。何を隠そうこの私、あの伝説のマード先生の弟子なんです」

「マードさんの!?」

「知ってます?」

「いや、そりゃ俺たちゼメカイトでパーティ結成したし……」

 ファーニィはマキシムパーティ相手にも早速馴染んでいる。いいことだ。

「……アーバインさんは来ていないのか」

 視線を逸らしつつ、ポツリとマキシムが訊いてくる。

 山賊などに襲撃されてだらしない姿を見られるのが嫌なのか、あるいはアーバインさんはなんだかんだで後輩を助けるだろう、と信頼してるのか。

「彼は酒飲んじゃってたからね。置いてきたよ」

「……貴様らだけで、俺たちが手を焼くような敵に勝てるつもりだったのか」

「なんで帰ってこないのかが不明だったからね。今日会った相手が殺されてたら、っていう寝覚めの悪さが嫌だっただけだよ。君が気に病むことはない」

「……チッ」

 ああ、僕に借りを作った形なのが本当に嫌なんだな。

 でもまあ、僕はそれだけでなんだか愉快だ。我ながら性格悪いけど。

「実際、兄さんが私くらい強ければ何とでもなった相手のはずだ。まるで私たちより格上みたいな口を利くのは聞き捨てならないね」

 クロードも硬い声でマキシムを諫める。

 マキシムは沈黙。……あんまり追いつめるなよクロード。別に喧嘩売りに来たわけじゃないんだから。

 そんなマキシムの代わりにハーディが割って入ってくる。

「助かったよ、アイン。マキシムはこんなだが、街に戻ったら俺から礼をさせてもらう。それで勘弁してくれ」

「勘弁も何もないよ。様子を見に来ただけだからね。……だけど、実のところマキシムにはちょっと聞きたい話があるんだ」

「マキシムに……?」

「しばらく前にマキシムやクロードの親類だっていう男に会ってね」

 その話を今ここで聞こう、と話し始めようとした、その時。

「おい、みんな静まれ」

 ユーカさんがいつになく真剣な声で言い、僕たち側の全員に緊張が走る。

 ユーカさんがこういう雰囲気を出す時は緊急事態だ。

 マキシムパーティの面子はきょとんとしている。

 ……しばらくしてユーカさんは奥を見た。

「この先に親玉ボス、いんだろ?」

「あ、ああ。多分そうだろうと思う……でもちゃんと偵察したわけじゃない。別に親玉ボスと戦いたかったわけでもないし、戻るところだったんだ。そんな話をしてるところであの連中が来て」

「……奴ら、ここの構造ハナから知ってやがったな」

 ユーカさんはそう呟いて、マキシムパーティのうち動けそうにない奴らをジェニファーの背に乗せるよう指示する。

「どういうこと?」

「雰囲気が変わった。……親玉ボスをつつきやがったんだ、あのデカブツども」

「!?」

 デカブツ……あの長柄武器の二人か!

「このままじゃアタシら相手に手が足りないってんで、親玉ボスに殺ってもらう腹積もりだろうぜ」

「って、親玉ボスって一番奥で動かないもんじゃないの!?」

「誰がそんなこと言った?」

 ユーカさんは呆れ顔で僕を見上げる。

「モンスターだぞ。そんな聞き分けがいいわけねーだろ。……敵が近くにいると認識すりゃ追いかけてくるし見つかりゃ開戦だ。さっさと逃げるか、隠れてやり過ごすか……隠れてやり過ごすのはこの人数じゃ無理だな」

「そんな……!」

「ジェニファーの全速力で逃げ切れりゃいいが……まあ、全員は無理だろうな」

「……じゃあ、どうしたら」

「落ち着け。このレベルのダンジョンなら、上限でもあの水竜アクアドラゴンよりはだいぶマシなはずだ」

「でも……アーバインさんいないんだよ!?」

「……まあ、なんとかするっきゃねーだろ。それでもアーバイン呪って諦めて死ぬか?」

 ユーカさんは言いながらもニヤニヤと笑みを浮かべ、深緑の瞳が喜悦に染まる。

「冒険らしくなってきたな」

「うええ……」

 この危険中毒者ときたら。

 溜め息。

 ……でも、やるしかないか。

「マキシム。ハーディ。ウチのライオンについて急いで行ってくれ」

「アイン……貴様、どこまで!」

「マキシム! 俺たちの武装と魔力じゃこれ以上は無理だろ!?」

「……だが、こうまで馬鹿にされて黙っていられるか!?」

 ははは。

 まあ、マキシム的には「無能」に助けられるのは「馬鹿にされている」ってことになるか。

「黙っていたくなくても、死んだら何も言えないよ。……できればアーバインさん呼んできてくれると嬉しいな。長い戦いになりそうだし」

 敵が相当なノロマでない限り、僕とユーカさんだけの足止め中に、ユーカさんの“邪神殺し”に頼るのは難しいだろう。

 皆が逃げるのに合わせて僕らもダンジョン内を移動しながら致命傷を避け続け、持久戦にする形になるはずだ。

 多分、ジェニファーに乗ればアーバインさんも間に合う。

「私も残ります、アインさん」

「クロードはみんなを護送してくれ。山賊たちが残っていたら、今度こそカモにされる状態だ」

「……わかりました」

「私は!? 私はいいですよね!?」

 ファーニィが参戦しようとしている。

「君は逃げると思ってたんだけどなあ」

「アイン様ならなんか勝ちそうですし!」

「……勝てるといいね」

 正直、魔力の残りはそんなに多くない。

 だってこのダンジョンは本日二回目だ。昼間だってそこそこ暴れたのに、魔力が回復する隙がない。

 だけど、それでもまだ一応はある。

 ユーカさんを置いて行くのだけは有り得ない。

 ……勝てる相手であるといいなあ、と、他人事のように祈りながら、クロードとジェニファー、そしてマキシムパーティたちを見送って。

 ユーカさんとファーニィと、三人で。

 ダンジョンの奥から迫ってくるプレッシャーに対峙する。


 やがて。

 僕たちの前に、青白い瘴気のようなものを纏って、あの巨大トロールと体格がそう変わらない牛頭の怪物が姿を現す。

「勝てるかな」

「さて、どうかな。……アイン、振り回すなよ。あのトロールよりは多分硬いぞ」

「了解」

 剣を手に。

 小さな師匠と自称下僕を守るために、僕は決意を新たに構え……。


「あれ、どっかで見たことあるな」


 背後から急に能天気な声が聞こえてきた。

 え、と振り向く。

 そこには数人の女性冒険者たちと、その中心に立つ子供……ユーカさんやリノよりもさらに幼く見える少年の姿がある。

 その少年は、なぜか嫌そうに振り向いたユーカさんを見て、ポン、と手に拳を落とした。

「……ユーカさん!」

「お前……エロガキ!」

 瞬間、少年の周囲の女性冒険者が一斉に吹き出した。

 少年はその様子をキョロキョロと見て真っ赤になりながら、コホン、と咳払いをして。

「あー……えー……まあその、ええと。……とりあえず仕事しようか」

 真っ赤なまま目を閉じ、特に詠唱もなく。

 両手を上に向けて広げると、彼のマントが翻り、濃密な魔力が光となって渦巻いて、見る間に彼の周囲にいくつもの光球としてまとまる。

 そして、そのひとつを指差して、彼は。

「何個もいらないとは思うけど、一応ね?」

 ひゅ、と光球が親玉ボスに勝手に飛んでいく。

 まるで見えない弓に射られているかのような速度で飛んだそれは、牛頭の親玉ボスの胸元のあたりに直撃し……派手に爆発して、身長10メートル近いその巨体を人形のように壁に叩きつけた。

 ドゴォォン、と天地が揺れる轟音。

「あ、今のでまだ形残るんだ?」

 少年は「へー」とちょっと意外そうな顔で言い、また光球を放つ。

 またひとりでに飛んだそれは、ヨロヨロとそれでも立とうとした親玉ボスに今度は突き刺さるように当たる。

「でも別に粘られても面白くないからね。じゃ、これで終わり」

 同じように見えた光球は、今度は螺旋状に親玉ボスの体内にねじ込まれていき……そして、また爆発する。

 今度こそ、親玉ボスは上半身を爆発四散させて絶命した。

 女性冒険者たちが「おー」と手を叩いて、少年は「やはははは」と得意げに照れる。


 かつてフィルニアでアーバインさんと別れて、どこかのパーティに入って消えた、ユーカさんのパーティの最後の一人。

 “天才少年魔術師”クリス・ホワイトウッド。

 どうやら彼は今、このデルトールで“お抱え”の冒険者として生活しているらしかった。

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