深夜のリダイブ2

「まずはどっちのルートから行くか、だな」

 目の前には分岐点。左側は前回僕たちが開拓したルート、右はマキシムたちが行ったルート。

 結局は多脚ゴーレムが空けた穴で合流するので、奥を探索すると決め込むなら、どっちから行っても同じ……ではある。

「左から行った方が早く着くんじゃないです? 自分で一度往復してるから安心感もありますし」

 ファーニィの言う通り、他人の踏みつけた道にはまだ敵掃除クリアリングが終わっていない可能性もある。

 敵襲を恐れながら見覚えのない道を進むのは、どうしたって鈍足になる。

 そういう意味では、ただ進むだけなら一度行った道をまた行くのが無難だ。

 が、今回は「戻ってくる途中でトラブルが起きた」という可能性もある。

「マキシムたちが復路に使うのは、十中八九自分たちで踏んだ右ルートだろう。もし彼らが奥に行かずに復路に入ってた場合は親玉ボスまでずっと空振りすることになる」

「あ、そっか……」

 色々な可能性が考えられる。

 親玉ボス狩りは意味を考えても論外だが、もう少し進んで多脚ゴーレムに相当する敵を何匹か倒して実力を確かめ、帰ってくる途中、とか。

 普通に取りこぼした素材をゆっくり集めつつ、休みながら戻ってくる途中だった、とか。

 ……そして、あとから入った山賊との交戦で動けなくなったか、あるいは山賊もまた、マキシムたちを狙って徘徊中、とか。

「そのマキシムって人、山賊なんかに負けるほど弱いの?」

 リノが少し怪訝そうにする。

 ……まあ、確かにマキシムたち、結構強そうだったけど。

「モンスターに勝てても人間に勝てるとは限らない。マキシム本人は騎士剣術の使い手みたいだけど、それ以外のメンバーは喧嘩ぐらいはあっても、殺し合いまでは想定してないと思う」

「……あんなゴーレム相手に渡り合えるなら、なんとでもなりそうだけど」

「そういうものでもないんだ。……中にはとんでもなく強いのもいるし」

 メガネを押しながら、ロナルドを思い出す。

 ……もしここに来たのがロナルドなら、マキシムには悪いけど……助けるなんて言ってられないかもしれないな。

 生き残り、仲間を守るのが最優先だ。そのためならマキシムたちを見捨ててでも逃げなくてはいけないかもしれない。

 アーバインさんがいたら、まだ勝負に出るのも勘定に入ったけど。

 いないものはどうしようもない。

「……僕たちも突然襲われることもあるかもしれない。気を引き締めていこう。特に狙われるのはファーニィだと思う」

「一番かわいいから仕方ありませんね!」

「消去法だよ」

 僕とクロードは言わずもがな、前衛として重装備……というほどでもないけど、しっかりとした出で立ち。

 リノとユーカさんはジェニファーの上だ。いきなり襲うにはとんでもなく難易度が高い。何かしら傷をつけられたとしても、ジェニファーの剛腕で常人なら二つ折りだろう。

 となると、半端な軽装で徒歩のファーニィが一番狙い目だ。

 パーティ構成的にも狙われると一番痛い。他が全員飛び道具を持っていないので、一人離れた位置に立つことになり、不意打ちで接近されると咄嗟には手が届かない。そして立て直しに必須の治癒術は彼女しか使えない。

「アタシ降りてファーニィをジェニファーに乗せるか?」

 ユーカさんが提案するも、ファーニィは首を横にぶんぶん振る。

「い、嫌だってばライオンの上とか! 絶対弓とか魔術とか落ち着いて使えないし!」

「つってもお前がやられるのが一番困るしなあ……他は死ななきゃなんとかなるが、お前の意識がなくなったら詰むし」

「ユーちゃんがピンチになる方が絶対いろいろヤバいことになるからそのままでお願いします」

「そうか? ……まあアインが過保護全開になるか」

 僕はそんなに過保護なわけではないと思う。一応ユーカさんの底力は理解してるし。

 どちらかというとユーカさん自身の“邪神殺し”発動が怖いかもしれないな。人間相手には過剰とはいえ、ロナルド級に腕のある相手なら有り得るし。そうなったら絶対人体の限界超えるレベルでユーカさんは自分を酷使するし。

「未だにわからないんだけど結局ユーってなんなの……?」

 リノはまたしても首をかしげている。

 ……そろそろちゃんと教えるべきかな、と思うが、それはこの救助行が終わってからにしよう。

「それじゃ右ルートで行く。ファーニィは援護はあまりしなくていいから周囲に気を付けて。クロード、行こう。人相手なら頼りは君だ」

「……はい」

 クロードは剣をギュッと握り直して僕と並び、慎重に、しかし急いで前進を始める。


 しばらく進むと、人の話し声が聞こえてくる。

「これは……」

「しっ」

 会えたかな、と気を抜きそうなクロードを黙らせる。

 ……様子が違う。

 マキシムパーティの六人は、それぞれとそんなに話したことはないが、個性がわかる程度には知っている。

 そいつらの会話みたいな様子じゃない。キヒヒヒヒなんて笑い方する男、あの中にはいなかったはずだ。

「…………」

 足音を消す。僕の隠密術なんてたかが知れているが、相手は油断している。

 照明魔術を使っているリノに手振りで光量を落とさせて、足音を殺してジリジリと進み、相手の姿を確認。

 ……違う。マキシムパーティじゃ、ない。

「キヒヒヒヒ! あの素人連中、こんなに残ってりゃ丸儲けだぜ」

「装備頼りの初心者だろ。全員10代みたいだし」

「今頃どんな目に遭ってんだろうなァ。俺らが楽しめるくらい残しといて欲しいよなァ。キヒヒヒ」

「俺は人間の方はどうでもいいね。面倒だから先に始末しといて欲しいくらいだ」

「そんなんで楽しいかァ? 楽しまないとこんな稼業辛いぜェ」

 どうやら素材取りをしているようだ。……素材収集知識があるということは冒険者か?

 いや、会話内容からすると山賊であることも間違いなさそうだ。

 冒険者崩れの無法者。……決して珍しい話じゃない。

 そいつに、会ってしまった。


「……お前たち、話を詳しく聞かせてくれるか?」


「は?」

「……な、なんだお前、いつから……」

 驚いて立ち上がり、身構える山賊冒険者たち。

 僕は剣を油断なく下段に構えつつ、彼らに向かってすたすたと歩む。

「穏便に済ませたいが、そうでないならそれでも構わない。急がないといけないようだからね」

「く……!」

「ナメやがって!」

 二人組の山賊冒険者は素材を放り出してそれぞれの武器を抜く。片方はダブルナイフ。片方は弓矢。

 僕は少し遠めの間合いから、弓矢の方に剣を突き出して、魔力を放つ。

「オーバーピアース」。

 何かを悟って身をかわしたものの、肩に魔力の刺突が突き刺さって弓手の方はもんどりうって倒れる。

「ぎゃあっ!?」

「!?」

 ダブルナイフの方は、手元の明かりとして壁に立てかけてあった松明から、闇の中に逃れようとでもするかのように飛び離れていく。

 僕は冷静に追わずにおく。そのまま逃げてくれても構わないが、まあ仲間を置いて僕に恐れをなすほど物分かりはよくもないだろう。少し潜み、油断を突いて攻撃してくるつもりか。

 ……弓手の方が動く。僕の視線が闇に向いていることを見計らい、無事な方の腕を動かして腰から取った何かを投げつけてくる。

「!!」

 斬る。

 ……爆発的に煙が広がった。

 目くらましの煙玉か。斥候としてはさほど珍しくもない緊急用装備だ。

 僕は這うように身を低くし、横に動く。

 直後、僕のいたところに金属音が響いた。

「チッ……勘のいい!」

 ダブルナイフの方が僕のいたところに決め打ちで攻撃したようだ。

 棒立ち禁止。最初にユーカさんに習った心得が活きた。

 そして。


「ウインドダンス!!」


 ファーニィの声とともに、ぶわあ、と煙が吹き払われる。

 突風に思わず顔を守った敵二人に対し、クロードとジェニファーが突進。

 ダブルナイフの方はクロードに鮮やかな剣技で鎖骨を断たれ、弓手はジェニファーの前足に踏みつけられ、巨大な牙に威嚇されて震え上がる。

「……アイン様! 一人で無茶しないでくださいよ!」

「無茶というほどでもなかったよ……まあ、の方には死んでもらう予定だったけどね」

 ダブルナイフの方を剣で指しながら僕はメガネを押す。

 ダブルナイフは「ひぃぃっ」と怯えるが、僕は大して感じるものはない。彼らの予定ではマキシムたちが予定だったのだ。

 情報源も、一人いれば充分だろう。

「な、なんなんだテメェらは……」

「それはこっちのセリフだぜ」

 ユーカさんがジェニファーの上から優越者としての残忍さを含んだ声を落とす。

「とはいえ、テメーらの素性に興味はねえ。奥に行った奴の人数と頭目のことだけ答えろ。……そうすりゃ死なない程度で許してやる」

「く、くそっ……」

「時間とらせんなよ? やれアイン」

「うん」

 ざく、と弓手の無事な方の手の甲に剣を突き刺す。地面に剣を立てる勢いで。

「ぎゃああっ……や、やめっ……やめてくれっ……ちくしょう、何なんだ……なんで俺らがこんな目に」

「次」

「うん」

 ざくっ、と今度は前腕。

「がああああああっ!!」

「……アインさん、全く躊躇ないですね……」

 クロードが引いたように言うが、こんな奴らモンスターと大差ない。

 実際マキシムたちをいたぶって楽しむ算段の話をしていたくらいだ。僕たちが負けたらこんなものではないだろう。

「アイン様、敵と思ったなら何の躊躇もなく首も飛ばすからね。私、前にマジで見たからね。同族でもホントに動揺ゼロだったし多分私もユーちゃんが止めてなかったらシュポーンしてたからね」

「……それはそれで何したんですかファーニィさん」

「あ、いや、そんなに悪いことしたわけじゃないよ? でも敵だと思ったらこのヒトそうするよって話で!」

 ファーニィが自爆している。

 まあそれはそれとして次の一刺しをしようと剣を持ち上げると、増える痛みと恐怖で顔のあらゆる穴から汁を垂れ流した弓手が「吐く! 吐くから!」と言ってきたので手を止める。

「……怖っ……この人たち、怖っ……」

 リノも慄いている。

 まあ、正常な感性と思っておこう。


 どうも楽してひと稼ぎを狙う元冒険者の山賊団らしい。既に何度もやっているそうだ。

 ダンジョン潜りの冒険者は一度踏みつけた道を安全と認識する。そして、モンスターは魔術は使ってきても、純粋な飛び道具は滅多に使わない。

 その原則を応用し、冒険者たちを背後から、あるいは戻り道に闇の中から一斉に弓矢や投具で襲撃し、ボロボロに崩したうえで襲い掛かって身包みを剥ぎ、男ならいたぶって殺し、女なら犯して殺す。

 ダンジョンの中でのことは「藪の中」だ。証拠なんてロクに残らない。

 全てを奪って持ち去り、隣の領地で裏社会に流して稼ぐ……そんな手法を確立しているらしい。

「と言っても、腕利きの人たちに追わせてるのよね? すぐバレるんじゃない?」

 リノの言う通り、“お抱え”が動いている。この場に間に合うかは別として、近いうちに現場を押さえられて返り討ちにはなるのだろう。

「でも、悪党ってそういうものだよ。ギリギリの引き際を自分たちは見極めてると信じてるから、悪事も自分だけはうまくやれるって前提で続けるんだ」

「……バカな奴ら」

「全くね。……しかし、それでやられる方はたまったものじゃない」

 いつかはお縄になるとしても、次の被害が止まらなければ永遠に失われるものはある。

 それを黙って甘受するいわれはない。たとえそれがマキシムいやなやつだとしてもだ。

「間に合うといいんですが……」

 走りながらクロードが呟く。

 相手は飛び道具主体だとわかっている。

 接敵したらファーニィの「ウインドダンス」の風圧で制圧してしまえば、ほとんどの飛び道具は命中を望めない。

 それならもう隠密を気にする必要はない。全力で走るだけだ。

「しかし、ここまで来てまだ影も見えないとなると……兄さんたちは奥に行ったんでしょうか……無益なはずなのに」

「素直にアーバインさんの言う通りにしたくもなかったんじゃないかな。結局大物は僕たちが横取りしちゃった形だし」

「そんな小さなプライドにこだわるからトラブルに巻き込まれるのに」

「…………」

 クロードもプライドに傷がつくと著しくモチベーションが上下するタイプだよね。言わないけど。

 ……そのまま闇の中を三人と一頭で駆け、駆け、駆け抜けて。

 何やら臨戦態勢らしき粗野な冒険者集団の姿が遠くに見えてくる。

「まだ間に合いそうだな……!」

「息上がってますよ、アインさん……!」

「一刻を争うからね。……フォローする、メインで戦ってくれ……!」

「……了解!」

 僕の飛び道具は風圧に左右されない。

 今の疲れ切った足で飛び込むよりは援護攻撃の方が勝利に資するだろう。

「ファーニィ!」

「はい! ウインドダンス!!」

 ゴウ、とダンジョンを風が駆ける。

 どうやらマキシムの仲間が築いたと思われる土の障害物を挟み、軽い膠着状態になっていたと思われる山賊冒険者たちに、僕らは背後から襲い掛かる。

「なんだぁっ!?」

「嘘だろ!? 新手か……!?」


 ほとんどが飛び道具を持つ、7、8人の山賊冒険者。

 だが、それだけでは被害者の反撃を捌けない。

 二人だけ、長柄武器ポールウェポンを携えた戦士が混ざっている。

 こいつらは手ごわい。飛び道具使いたちを捌きつつ、この戦士たちを一気に仕留められるかが、早期の決着への分かれ目だ。


「かああああああああああっ!!」


 騎士団仕込みのさすがの体力でクロードが突撃する。

 戦端は開かれた。

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