撤収清算

「ここより奥まで行くのは、お前らの様子じゃやめといた方がいいな。治癒術で怪我は治せても、武具や袋類ザックがそんなんじゃ、肝心な時にトチるぜ」

 アーバインさんがマキシムたちを見渡して言う。

 かなり強気に攻めていたようで、アーバインさんの言う通り、前衛の武具はだいぶボロボロで道具袋もズタズタ、手ぬぐいや余りの衣料で応急処置してなんとか保持しているようだった。

 僕らは戦闘が比較的楽だったのと、ジェニファーの積載量のおかげでまだまだ余裕はある。

 しかし、アーバインさんがこう言った手前、まだ進むとなると彼らが本来取れた素材たからの横取りのようで恨まれそうだし。

「僕らも戻るとしようか。ダンジョン初潜りで欲張ることはないよ」

「えー。っていうかアイン様とかユーちゃんとかは初じゃないでしょう」

「似たようなもんだし、アーバインさんのおかげで成果物も充分だろ。余分なチャレンジするのは慣れてからでいい」

 入り口前の役人も言っていたように、ここはもはや「英雄」になれる場所ではない。既に牧場や畑のように経済の一部でしかないダンジョンで、身を削って無理をするのは馬鹿げている。

「マキシムたちが釣り出してくれたから割と手早く倒せたけど、自分たちしかいない時に多脚ゴーレムあんなのに急に会ったら痛手を食ってたかもしれない。キリのいいところで引こう」

 一応マキシムたちにも花を持たせる言動を心掛けつつ、仲間たちを説得する。

 実際、なんだこんなものか、と気を大きくしたまま物事を雑に進めるのはやめた方がいい。

 こういう時の疲れというのは、ハイテンションの間は自覚できず、気を抜いた時に急にドンと来るものだ。

 後戻りできないところでそうなると、本来は勝てるはずの相手にもなぶり殺しにされる。ゼメカイトでは酒場でよくそういう話を聞いたし、実際そういうやられ方をした新米もちらほらいた。

 アーバインさんやユーカさんというバックアップがいる僕たちは、そこまでの用心はいらないかもしれないけど、後輩たちをそういう軽率さのままで成長させるのも良くないことだろうし。

「ま、そうだな。今から帰ればゆっくり飲むにはちょうどいい。お前たちもそうしな」

 アーバインさんはマキシムパーティにそう言って、僕たちと一緒に帰途につく。

「もっと強く言わなくていーのか、アーバイン?」

「上から押さえつけて変な恨みを買いたくもないし、意固地にさせたくもないし。まあ、俺たちが面倒見るまでもなく、地力はそれなりの奴らだ。道理はわかってくれるだろうさ」

 ユーカさんの言葉に呟きで返すアーバインさん。

 僕もマキシムにわざわざ横死してほしいわけじゃない。なんとか聞き分けてくれるといいけど。


 地上に戻ると、改めて「元の世界」の居心地の良さを感じる。

 ダンジョンは異界。何もかもが異質で油断ならないものだ。空気から地面から、本当に何もかも。

「ああ……なんか空気がおいしい」

「本当……」

 エルフなぶん、人一倍環境に敏感なファーニィと、肉体・精神的にはだいぶ一般人側のリノが揃って深呼吸。

 クロードはあまり表情を変えなかったが、マキシムとの再会が心に引っかかっているのだろう。

「今回は矢も減らさずに済んだし、先輩らしいところも出せたし、楽でよかった」

「アーバインってもうちょい危険志向かと思ってたけど」

「いやいやそれはユーカこそ。最近大人しくライオン乗ってるだけじゃん」

「アタシは元々冷静で分別のある女だぜ?」

「……ぶふっ」

「何で笑うんだよ!」

「だってお前……いや、今の本気の発言だった……マジで……?」

 アーバインさんは痙攣している。

 まあ……ユーカさんのイメージはどちらかというと狂戦士だよね。あらゆる不可能を筋肉で黙らせるタイプの。

「何笑ってんのこの人……」

「ほっとけ。バカだからくだんねーことで笑えるんだよ」

 ゴリラユーカさんのことを相変わらずさっぱり知らないリノに、ユーカさんは不機嫌な声で言い切る。

 リノから見たら、ユーカさんは普通に「常に冷静かつ妙に知識のある同年代の女の子」でしかないので、本人の自称の方が納得いくんだろう。

「……それより、次にまたここ掘らせて貰えるんですかね、例の斡旋所では。半端なところで引き下がっちゃったの、やっぱりちょっと悔しいんですけど。どうせなら奥まで行ってみたかったですし」

 ファーニィが口を尖らせ始めた。

「奥まで行っても親玉ボスと戦うってわけでもないし、意味はないよ。ここのダンジョン、核割っちゃいけないやつだし」

「ダメなんですか?」

「脱走モンスターが出てもそんなに危険がないダンジョンだからね。こういう、潰すと損失の方が大きいダンジョンはみんな核に手を出さないんだよ。せっかくしばらく待つだけでまた儲かるんだから」

「……人間社会的にはそれでいいんです?」

「厳密にはよくないかもしれないけど、少なくとも周辺住民にとってはその辺に普通にいるようなモンスターがちょっと増える可能性が上がるだけの話だし、冒険者にとってはせっかくの儲けの種で、魔導具業界にとっては重要資源だから。今のところ、わざわざ横紙を破る奴はほとんどいないね」

 たまに何かを勘違いして核を破壊しようとする冒険者もいないわけではないが、ダンジョンの親玉ボスはそういう道理がわからないような奴一人になんとかなるほど弱くはない。大抵。

 ワイバーン級以上のモンスターがちょくちょく脱走するような「放置しては危険」というダンジョンなら潰していいのだが、それをするのはそれこそ一流どころの有名パーティだけの特権だ。

 ユーカさんたちはそれを何度も成し遂げた上、実質上「攻略不可能」の代名詞である“邪神”のダンジョンをも制圧したことで、誰もが知る最強パーティとしての地位を確固たるものにした。

 ……ちなみに、そういうパーティによる攻略が行き届かない高難度ダンジョンももちろん多数あり、そのほとんどは特殊な魔術によって入り口を狭められ、モンスターが出入りできなくする措置を取られている。

 文明圏外にはそれさえできないダンジョンもあるようだけど、まあ文明圏外だしな。どうしようもない。

親玉ボスと戦うってのは、まあ腕試しとしてはアリっちゃアリだけど……せっかく親玉ボスに苦労して勝っても、ダンジョンってほら、モンスター消えるだろ。急いで脱出しないと、剥いだ素材も巻き込まれて持ってかれちゃうんだって」

「……骨折り損?」

「まあ、そうだね……」

 核を破壊してダンジョンの機能を壊せば、モンスター素材が消えることも防げる……らしいけど、まあ普通のダンジョンでそれをやるメリットは、さっき言った通り低い。

 急いで、と言ってもタイムリミットは相当短い。親玉ボスのいる場所はたいてい最深部だから、実質的には持ち出し不能だ。

 なので、基本的には親玉ボスには手出しするべきではない。

 閑話休題。

 どのダンジョンも、倒したモンスターの復活自体はそれなりの期間を必要とするので、多少の間は敵掃除クリアリングも有効になる。

 補給や休息のために出入りしつつ、数日がけの攻略というのは戦略としてはアリだが……。

「またここに潜るんでもいいけど、別のダンジョンにアタックしても実入りはあんまり変わらないと思うぜ。同じダンジョンなら、入り口でも奥でもそんなに素材の質は上がらないもんだし。……序盤からまたアクセスができる分、新しいダンジョンの方が儲かるかもな」

 アーバインさんの言葉にファーニィは納得いかない顔をする。

「だとしても、せっかく私らが踏みつけた道を他のパーティに通らせて攻略されるのって納得いかなくないです?」

「気持ちはわかるけどな。でも食べかけを他人に任せて、また新品の料理が食えると思えば悪い話じゃないだろ。美味いところ食べ放題だ」

「そうかもしれませんけどー……」

「どっちにしろ『食い尽くす』のは作法でも何でもないんだ。ドライに儲けていこうぜ」

 さすが超ベテランの冒険者。考え方が合理的だ。

 ……が、もう一人のベテランは。

「なんにしても、つまんねーけどな。こういう管理されっぱなしの『冒険』なんて」

 ジェニファーの頭に肘を乗せつつボヤいた。

 ジェニファーは首も極太なので、そのくらいの重さはどうでもいいはずだが、迷惑そうに「ガウ……」と小さく唸った。


 斡旋所に取った素材を持ち込む。

 アーバインさんの目利きの通り、集めた素材はどれもなかなか嬉しい値がついて、各自の分け前は指定依頼を受けた時に遜色ないくらいになった。

 ……が、アーバインさんが「モノのわかる鑑定屋なら」と言っていた金属片は案の定、石ころみたいな値しかつかなかった。

「珍しいものだと思ったんですけど、そんな値段ですか」

 一応食い下がってみるが、鑑定する役人は首を軽く振って。

「この買い取りの趣旨は珍品集めじゃない。有用素材かどうかなんだよ、お若いの。残念だが……」

 駄目か、と溜め息をつく。

 ……と、アーバインさんがその横から首を突っ込む。

「んじゃ、その値でこっちに譲ってくれよ。知り合いの学者に渡すから」

「ん? ……なんだ、お前は……あの一流冒険者のアーバイン?」

「そうだよ。……俺がいいもんだと思ったんだ。後輩にそうフカした以上、ちゃんと証明したいところでね」

「それは……いや、そうか、あのアーバインがそう言うなら査定は……」

「おいおい、渋っといて後から値付けをいじるのはナシだぜ?」

「だがしかし……」

 渋る役人と押し問答した挙句、結局その金属片はこっちの買い戻しという形で手元に残る。

「そんなにいい物ですか、これ?」

「ロゼッタなら喜んでそれなりの値段付けると思うんだよな」

 本当かなあ、と思いつつ、そう言われるとなんだかそれなりに風格ある品に思える。

 ちょっと楽しみだ。

 ……でもアーバインさんだから、期待はしすぎないようにしよう。

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