ダンジョン・セッション4

 僕とマキシムはびっくりしすぎてほぼ同じ顔をしていたと思う。

 ……いや、まあ、多少は納得いくところもあるというか……ロナルドに妙な執着をしていたあたりでちょっとは連想してみるべきだったのかもしれない。

 しかし、えぇ? このクロードが?

 ……という僕の複雑な驚きは、種類としてはマキシムとは全然違うのだろうと思う。

 マキシム的には「なんで弟がよりにもよってアインのパーティに同行している?」というところだろう。

 何度も僕とクロードの顔を視線がせわしなく往復していた。

 そして、その驚きが生んだ妙な間を、敵のゴーレムが駆動しだす音が断ち切る。

 ガザザザ、と、大柄な体躯に似合わない忙しない音で動き出した多脚ゴーレムは、なんというか……虫だな、という印象を受ける。

 突発的に、重みを感じない動きで間合いを広げ、改めて僕たちに正対する。

「後にしよう。クロード、マキシム」

「……チッ。貴様が仕切るな」

「兄さんより強いよ、この人は」

「……何……?」

 カチンときた顔をするマキシムはとりあえず放っておこう。

 あの虫っぽいゴーレムの戦法は妙な敏捷性で動き回りながら、長い剣のような腕で一気に攻撃を加えに来る……といったところか。

 あんな長い腕は本来ダンジョンでは使い辛そうだが、あの速さで急激に動けるならかわすのは困難だろう。

 ……無難に「オーバースラッシュ」かな。

 いや、一気に動いてかわされる可能性も捨てきれない。

 どの方向にもカサカサと機動できそうだ。回避されると次からはだいぶ当てるのが難しくなるだろう。

 それに。

「……天井を……地面を崩して落ちてきた、ってことは……跳ぶんだろ、こいつ」

「……ああ」

 僕の呟きにマキシムが渋々という感じで頷く。こういう時に情報を出し渋るほどには根性曲がってなかったようだ。

 跳ぶ、ってことは……なおさら不利だ。

 そんなに速く、しかも身軽な動きまでできるというのは、狙いを絞るのがとても難しい。

 ならば手の内を見せるのは一瞬。その一手で決める。

「クロード。……跳ばすぞ」

「はい」

 クロードはいち早く僕の考えを理解した。マキシムは何を言っているんだ、という顔。

「そんなことをして何に……」

「空中で回避はできないだろ」

「……あの大物相手に避けられる心配なんかしている場合か」

「避けられなきゃ勝てる」

「そんな剣一本で……」

「充分だ」

 僕はメガネを押して、クロードに目線をやり、頷き合い。


『……かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


 二人で叫びながら突撃を開始する。こいつに声での威嚇が効くとは思えないけれど、すっかり突撃するときの景気づけに僕らの間で定着していた。

 そして、ゴーレムは僕たちに対してガザザザ、と距離を詰め。激突。

 ……いや、至近距離から振るいに来た腕と、僕は真正面から切り結び、斬り飛ばす。

「クロード!」

「はい!」

 クロードはクロードで滑り込むように虫の腹下に潜り、足の一本に一撃を叩きこむ。

 僕のように気軽に「パワーストライク」というわけにはいかないが、彼の剣はそれを差し引いても十分に石の体にダメージを与えられる一級品だ。

 一撃でしっかりダメージが入ったようで、その足での支えが効かなくなり、ゴーレムは残った腕を僕に振るおうとして……躊躇したように一瞬止まり、またガザザザ、と距離を取る。

 それを失うともう蹴飛ばし攻撃か、ジャンブによる踏み潰ししかない。足も一本壊されている以上、このままインレンジで打ち合うべきではない、と考えたのだろう。

 そして、距離を取ってから……躊躇うことなく、グワッと浮いて僕たちに飛び掛かる。

 あの質量が直撃したらさすがにドラセナ印でも耐えきれないだろう。

 が、僕はそれを待っていた。


「オーバースプラッシュ!!!」


 大質量が勢いよく飛んでくるなら、ちょこまか回避することはできない。

 微塵切りだ。

 滅多やたらに振り回した剣閃が空中のゴーレムに連続的に当たり、岩の肉体を容赦なくバラバラにする。

 実際に解体に必要だったスラッシュは2、3発だったろうが、バラバラになりながらもパーツ単位で飛んでこられたら痛い。10発ほども叩き込んで、ゴーレムの勢いを完全に殺し、四散させる。

 そして、ダンジョンに静寂が戻り……瓦礫の向こうから仲間たちが呼ぶ声が聞こえてくる。

「アイン様ー!!」

「アインー! 潰れてねえかー!」

「大丈夫! 片づけた!」

 叫び返し、剣を収め……やったな、と笑顔をかわしてクロードと拳を合わせて。

 ……そして、その向こうで呆然とした顔をしているマキシムたちを見る。

「充分だっただろ?」

「っ……」

「あいつ本当にアインなのか……?」

「……あんな厄介な敵を、二人だけで……」

 少しだけ胸がすく思いをしつつ、クロードに視線を戻して。

「で、説明してくれるかな」

「……説明も何も、言った通りですよ。あれは兄です」

 クロードは少しだけ冷たい目をして兄を横目で睨む。

「家から逃げた男ですよ」

「……えー」

 不仲っぽいな。まあ仲良かったら、冒険者を志すにしても、僕らに頼らず兄貴を追っていたのだろうけど。


「よう、マキシムだったっけ。元気?」

「……アーバイン……さん」

「なかなか腕を上げたみたいじゃん。入口のところのモンスターの死体見た感じじゃ」

「……ええ、まあ」

 瓦礫をリノとジェニファーが魔法を併用して片づけ、アーバインさんたち後続が合流する。

 そして上の階にいたマキシムの仲間たちも合流し、とりあえず一息。

 ……彼らもジェニファーの迫力にはビビっていた。

 そして、押しも押されぬトップ冒険者の一人であるアーバインさんが僕たちに同行してるのを見るに至り、すっかり態度は委縮してしまう。

 そのマキシムたちの姿を遠目に見ながら、聞こえるか聞こえないかギリギリの声でクロードは因縁を説明する。

「私は次男で、彼が長男になります。……ラングラフ家を継ぐには何かしら目立った武功勲功を要求されます。しかし彼は私より弱かった」

「……クロードって実はすごく強い?」

「見ての通りだと思いますが……まあ、兄に負ける気は今もしませんね」

 確かマキシムは僕の一つ下だから18歳。クロードは15歳。

 この年齢差で「負ける気がしない」って随分な話だぞ。

 マキシムだって実際、弱くはないのはゼメカイトで見てきた通りだ。

 ……対人剣術に限っていえば、クロードはまだ僕に全然底を見せていない。おそらくそれは、本気を出せばマキシムを圧倒できるだけのポテンシャルがあるのを、まだ見せる機会がない、ということだろう。

「私にかなわないことを気にして、兄は騎士団生活を投げて冒険に身を投じたのです。……あるいは、冒険者としてなら私を凌ぐものになれる……と夢を見たのかもしれませんが」

 やってることは自分もあんまり大差ないのだけど、まあそこを突っ込むのはやめておこう。彼に抜けられても困るし。

「それで、ロナルドとの関係は?」

「……今更ですか?」

「いやまあ、もっと早く聞くべきだったとは思うけど……まさかラングラフだと思ってなかったから」

「あれは叔父です。……本来ならば、私たちの父をも置き去りにする抜群の武功によって、ラングラフの当主たることが約束されていた人でした。……しかし、騎士団を追われてからあの異常性が顔を出し始めた」

「異常性って」

「騎士団を追われたのはある種の政治の結果です。ロナルドには責がないことは明らかだった……でも、騎士団を追われてそのまま蟄居することをロナルドは良しとせず、知っての通りの放浪生活を始めたのです。元より家にも騎士団にも興味がなかったのでしょう。……彼はただ、血を求めている」

「…………」

 血を求めてる、かぁ……。

 そんな感じでもなかった気がするんだけど、まあ自分の周囲に徹底的に興味がない感じなのは、その通りだと思う。

 山賊と呼ばれることも、その生活の中で生まれた仲間にも、全く無頓着であった結果があの妙な感じなのだろう。

「そして、騎士団一つ二つでは逆に壊滅させられかねない放浪の狂戦士の出来上がりです。……私もまだ勝てるとは思えませんが……いつか、彼を除かなければ……ラングラフの家を継ぐことは恥でしかない」

「……王女様と結婚することを考えてるのに、ラングラフ家のことも心配してるのか」

「マリスは第三王女ですよ。現実として、僕が王家に入ってラングラフ家を離れるより、彼女にこちらの家に入ってもらうのがあるべき流れでしょう」

「…………」

 あの双子姫、そんな大人しく王家を放り出すクチかなあ……?

 い、いや、僕なんてほとんど付き合いがない、ロクに知らない相手なんだ。長年の交友があるクロードの見解にケチをつけるべきではないだろう。そもそも貴族の習慣なんて何も知らないし。

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