ダンジョン・セッション3

 リノは攻撃魔術はできないが、魔術師として全くの無能というわけではない。

 といっても、治癒術ができるというわけでもない。

 戦い以外にも、冒険では魔術が助けになる場面はたくさんあるのだ。

 そのひとつが照明。

 迷宮は暗いものだが、たいまつを持って歩くのはどうしても手がふさがるし、取り扱いにも注意がいる。

 その点、魔術による明かりは簡単には消えないし光量も大きく、しかもリノのものは「光源を見ても目が眩まない」という不思議な効果もある。

 そのおかげでリノやユーカさんの顔を見て話しても問題がない。

 まあ目潰し効果があるほうがいい場面もあるけれど、少なくともダンジョン探索や野営においてはこちらのほうが便利だ。

 ……それはそれとして、まぶしくはないけど、ジェニファーの顔が逆光でさらに迫力を出してしまっている。

「普段でも怖いのに、こういう風に光が当たると本当に凶悪ですよねジェニファー……」

 あまり後ろを見ないようにしつつクロードが呟く。僕とツートップの陣形なので自然とジェニファーに追われているような形になってしまう。

 ジェニファーは味方を威嚇するような真似をしない程度には賢いが、かといってリノ以外の仲間に愛想を振りまいて見せることはないので、親近感はちょっと薄い。

「怖いのはわかるけど、ジェニファーも言葉わかるんだからそういうの言うなよ……女の子なんだし……」

「えっ」

「……えっ、て何」

「……いえ、タテガミ生えてますしオスでは?」

「え……ライオンってメスは違うの?」

「私の知識だとそうですけど……」

 ……知らなかった。

 いや、サーカスとかに出てるライオンってみんなタテガミついてるやつだけだし。

 リノに振り向いてコメントを求めると、リノは視線を逸らした。

「……だって……五歳だったし……」

「…………」

「お、男の子だと思わなかったのよっ。名前つけた時も誰も言ってくれなかったから!」

「えー……サンデルコーナーの人みんなそういうセンス……?」

「……合成魔獣キメラに名前つけない人も結構いるくらいだから、どうでもよかったんだと思う」

「……それは……切ない」

 魔術師……まあ冒険者は別として。一般的な魔術師って、なんか俗事を無視して難しいことばかり考えて難しいことばかり言ってる人、という漠然としたイメージがあるけど、まさにサンデルコーナー家はそういうタイプの人たちらしい。

 オスかメスか、合ってる名前か……なんて、確かに突き詰めたらどうでもいいことだろうけど。

 どうせ合成魔獣キメラ同士を繁殖させるわけでもないのだろうし。

 でも、そういう状態だとリノがジェニファーに依存しちゃうのもわかる。

 僕の妹も少し年が離れていたから、子供の頃の寂しがりっぷりはよく覚えている。

 そういう子に大人がちゃんと向き合ってあげなかったんだから、そりゃあジェニファーを今更殺すなんてできるわけないよな。

「……っていうか誰もツッコミ入れなかったけど、まさかジェニファーがメスだと思ってたの僕だけ?」

 みんなに目を向ける。……ファーニィとアーバインさんはわかってそうだな。そりゃファーニィもライオンの本物知ってるっていうぐらいだし、アーバインさんは言うまでもなく数百年も冒険してるんだから知らないわけないよな。

 ユーカさんは……。

「……そっかー……オスかー」

 よかった。わかってなさそうだ。

 いや、仲間見つけたって別にいいこともないんだけど。


 リノの魔術は他にも結構いろいろできる。

 特にいろいろ役立つのが重量物を浮かせる魔術。

 岩や倒木が邪魔しているとか、大きいモンスターが道をふさぐように倒れてしまった場合とか、そういう時にこの魔術が活躍する。

 これがないと障害物はいちいち「オーバースラッシュ」で雑に破壊するしかないのが僕らのパーティなので、リノが入ってからは特に重宝していた。

「リノ。それって長時間の運搬には使えないの?」

「他に私が何もしなくていいなら使えなくもないけど、ちょっとでも集中が切れると落ちちゃうわね……」

「荷車代わりに使えたら便利かと思ったんだけど」

「そういう魔導具作る方が現実的だと思うわ」

「……ごもっとも」

 言われてみると、空飛ぶ敷物とかそういうやつ、たまに話を聞くな。

 魔術を詠唱制御する手間を取らず、魔力を込めるだけでいいのが魔導具の利点だ。破損には気を付けないと思ってもみない魔術が暴走したりするけど。

「それにこれ、ちょっと動かすだけだからそんなに気にしなくて済むけど、魔力の消費結構重いから……何時間も維持するとなると、ちょっと普通の人の魔力量じゃ足りないかもね」

「そうなのか……残念」

 荷車は車輪が壊れやすくて辛いから、そういうのがあったら便利だろうと思うんだけどな。

 ちょっとだけ浮かされたストーンゴーレムの死体ざんがいを道の脇に押しのけつつ溜め息。

 と、そこでアーバインさんが話題に横入り。

「そういうのを現実にするのがダンジョン素材ってもんだろ?」

「……できるもんなんです?」

「できるさ。いい素材ってのは同じ魔導具でも消費や精度が全然変わるんだ。単機能の魔導具ならそれこそ魔術師が直で魔術唱える場合の10分の1って例もあるんだぜ。……まあヘボと比べての話だけど」

「へー……」

「同じ魔術でも、へっぽこ魔術師と熟練とじゃ威力が全然違う。ってことはだ、同じだけの現象を起こすだけならへっぽこより理論上全然軽い魔力でできるってことだ。それと同じことが、いい素材に精巧に刻印した魔導具にもいえる。無駄なく、力強く、正確に魔力を使ってくれる。だからこそ素材にこんなに凝るのさ」

 その辺に転がっていた金属片のようなものをアーバインさんは拾い、ぽいっと僕に投げ渡す。

「……これも素材ですか?」

「ああ、珍しいけどモノのわかる鑑定屋ならいい値をつけてくれるはずだぜ」

「おーいアーバイン。ここってお役所仕事だぞ」

「……あー」

 ユーカさんの指摘を聞いて、アーバインさんの顔から表情が抜ける。

 ……二束三文になりそうだな。一応持っていくけど。



 しばらくそうして素材取りと戦闘をのんびり繰り返しつつ進む。

 前にダンジョンに入った時より格段に気持ちに余裕があるのは、やはりパーティが頼もしいおかげだ。

 というか、片腕なしのユーカさんを常に心配しなきゃいけなかったし、僕以外の冒険者は全員壁貼りレベルかつズタボロだったので、緊張感が強かったのは当たり前と言えば当たり前なんだけど。

 ……ホントあの時、よくドジらなかったな、僕。ダンジョン初体験だぞあれ。

 それに対して今の仲間たちは、アーバインさんという強力な保険があるのはもちろんとして、ユーカさんとリノはジェニファーという移動要塞に乗っているので心配の必要がなく、クロードもよほどの大物じゃなければ真っ当に持ちこたえてくれるし、ファーニィは言わずもがなの器用さと神経の太さがある。

 もし僕がうっかりしたとしても、すぐフォローが利く。敵が全体的にパワーがあることを差し引いても、安心感が高い。

「冒険ってこんなに楽しくできるものなんだなぁ」

「何ですか突然」

 唐突な呟きに、クロードがギョッとした反応。

 まあ、うん。しばらく静かに歩いた後にいきなり何言ってんだこいつ、って思うだろうね。

「僕、しばらく前までずっと単身ソロか臨時パーティばっかりだったからさ。ちょっと隙があったらすぐ死ぬみたいな状況ばかりで」

「……油断したら死ぬ状況は今もそうですけどね」

「モンスター見て『勝てる』と思えるだけで、ずいぶん恵まれてる」

 どんな雑魚にも、せめて囲まれないようにひと工夫が必要だった。あるいは自分で勝つのは諦めて、誰かがやっつけるまで生き残ることだけを狙う戦い方をしなければいけなかった。

 うまくいくことだけを考えられるっていうのは、なんと恵まれていることか。


 ……そんなことを考えていたせいかもしれない。


 ズズン、という音が迷宮に響く。

 揺れている。

 ストーンゴーレムが思い切り倒れてもそこまで重い音は出ない。戦いの気配だろう。

「……商売敵のパーティがやってるのか?」

「派手にやってるようだけど、道は分かれてたよな」

 ユーカさんが周囲を見回す。

 アーバインさんとファーニィは忙しなく耳を動かしながら、ここにきて初めてと思えるような真剣な顔をする。

「分かれ道が先で合流してる……ってのも、ない話じゃないぜ。それに……今の、遠くなかったぞ」

「なんか……近かったですよね」

 もう一度、ズズン、ミシィ、と重い音。

 壁の向こう……か?

「……違う」

 アーバインさんはその時、何かに気が付いた顔で。

「ジェニファー、下がれ!!」

「ガウッ!!」

 驚いたことに、アーバインさんの声にジェニファーは即座に従い、僕たちから離れるように敏捷なバックステップを披露。

 乗っているリノとユーカさんがつんのめり、落ちそうになるが、それは例のお尻がくっつく魔術で防がれる。

 そして、その直後にジェニファーがいたあたりに天井が落ちてきた。

「!?」

「なんだ……!?」

 僕とクロードは面食らいながらも剣を抜く。

 天井ごと落ちてきたのは、先ほどまで僕らが相手していたモンスターたちより、さらに一回りか二回りは大きい異形のゴーレム。

 下半身は蜘蛛のように多脚で、上半身は小さく、しかし妙に腕が……剣のようになった腕が、長い。

「強そうですね……!」

「……そうだね」

 幸いにして、リノが作っていた照明魔術が取り残されている。多少の間は視界が奪われることはない。

 あの多脚は敏捷性を予感させる。今、一気に決めるべきか。

 ……と、瓦礫と思われた中から、グググッといくつかの影が起き上がってくる。

「クソ……ッ!」

「ダンジョンの底が抜けるなんてアリなの……!?」

「ぬぅっ……無事なら構えろ! また来るぞ!」

 それは、冒険者たち。

 どうやら分かれ道の果て、僕たちは知らないうちに一層下にいたか、あるいは彼らが上ったか、とにかく上下に重なっていく構造をしていたらしい。

 そして、彼らを仕切り、号令をかける男は。


「……マキシム」

「貴様……アイン!」


「……兄さん」


 …………。

『えっ』

 僕とマキシムが一拍置いて同じ顔でクロードを見た。 

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