ダンジョン・セッション2
最初に積み重なっていた死体は、ざっと見てオーク級以上のものが7、8体。消えていく間際だったので種類や正確な数はわからなかったけれど。
ダンジョンではちまちまと一体ずつ戦うのは難しい。先に行っているのは少なくともそれだけの戦力と真正面から衝突して、普通に凌ぐだけの力があるパーティだ。
アーバインさん抜きの僕たちのパーティでは、僕の「オーバースラッシュ」でゴリ押せばなんとか、という状態なので、普通にやるとボロが出るかもしれない。いや、ジェニファーの威嚇力ならそれでも手出しを防げるかな。
「そのまま追うとぶつかる。先行のパーティとは違う道を探そう」
「そうそう。実入りがねーしな」
戦闘経験にしろ、素材による稼ぎにしろ。
他のパーティの後を行くのは楽だが何もない。わざわざ来た意味がない、というものだ。
幸い、すぐに分かれ道があり、片方に行った痕跡をアーバインさんがすぐに見分けてくれる。
「多少フラフラとどっちに行くか迷った節はあるが、右だな。左はそんなに先まで行ってねえ」
「犬みたいだよなアーバインって」
「この場合は誉め言葉として受け取っていいんだよね?」
ベテラン二人の漫才は放っておき、僕たちはそれ以上におしゃべりに興じることなく、左側の道を深掘りすることにする。
管理の役人が「そこそこ広い」と言っていただけあり、しばらく行くとすぐに素材が手つかずで転がっているポイントが連続するようになった。
「そこらの壁についてるクリスタルっぽい奴は魔導石の素材にできる奴だ。いい奴を選んで割り取れ」
「いい奴ってどういうのですか」
「無色の奴か色の濃くて濁ってない奴」
「……どっち?」
「無色だと何にでも使えるから人気がある。色が濃い奴は属性素材として有用。薄い奴や透けてない奴は二束三文だ。無差別に取りまくって帰ってもいいが、それだと重いし儲からないぞ。この先でもっと儲かるものがあるかもしれないし、まあ確実に高く売れそうな奴だけ取るのが無難だろうな」
アーバインさんのアドバイスで素材取りをする。
旅荷物を宿に下ろした分、ジェニファーのサドルバッグに詰められるので欲張ろうと思えば欲張れるが、割れやすいものだし、この後にモンスターに遭遇した時にジェニファーが動きづらくなっては本末転倒だ。手のひらに乗るサイズの石を数個取るに留めておく。
「これ、どれくらいで売れるかな……」
リノが呟くと、アーバインさんは苦笑しつつ。
「まあ、ここの相場がわからないから一概には言えないが……いい査定が出れば、ひとつで宿代一週間ってとこだな」
「そんなに?」
「ダンジョン漁りは本当に儲かるぜ、危険な分は、な」
世間知らずで貧乏生活なリノは目を輝かせる。
実際、先に行ったパーティが片づけていてくれなかったら、そこそこ大きなバトルの報酬として手にしていただろう品物だ。それくらいでなければ割に合わないだろう。
「お、そこにあるのも売れる素材だぜ。その棒みたいなやつ。それそれ、錬金術の触媒として用途が広い」
「これもいでいいやつですか?」
「ダンジョンの中身は定期的に元に戻るから、それこそ床材だろうが壁材だろうが全部採取アリだよ」
「……なんで元に戻るんですかね」
「さあな。ダンジョンって何なんだ、ってとこから議論対象だな」
アーバインさんの言う通り、そもそもどういう空間なのかよくわかっていないのがダンジョンだ。
どうも定期的に、環境も生息モンスターも全部「リフレッシュ」、つまり完全に復元する機能がある、というところまではわかっている。
内部で死んだモンスターが消えるのもそうで、どうやら何らかのエネルギー状態に還元され、また記憶含めてまっさらな存在に戻されるらしい、というのが定説だ。
ちなみに外に脱走した奴はそのルールから外れるらしく、死んでも消えない上に、期間を置いて同じ個体が二度脱走するとほぼ双子状態、ということまで確認されている。「戻る」のはあくまでダンジョン内限定のことらしい。
「確かあの青い水もなんかに使える奴だったかなー。どうだっけなー」
「液体はやめとこうぜ。水筒や水袋カラにしないといけねーじゃん」
「まあなー。先に用意があればよかったんだが」
アーバインさんとユーカさんがのんびり素材談義するのを聞いたり聞かなかったりしながら、僕らは歩を進めていく。
しばらく歩くとモンスターの気配が感じられるようになった。
気配というか、普通に吠え声や足音らしいものがどこかから響いてくる。
「迷宮のモンスターって息をひそめないんですね」
クロードの言葉にアーバインさんが答える。
「そういうのはないな。まあその分、向こうも変なパーティ組んでくるんだが」
「パーティ?」
「いろんなモンスターで徒党を組むんだよ。ゴブリンとオーク、ゾンビ、オオコウモリとかそういうのが一体ずつ来たりさ」
「喧嘩しそうに思いますけど」
「しないんだなあこれが。ダンジョン内ではモンスターはみんな仲良しなんだ」
これまた不思議な性質。野外でのモンスターの生態を知っていると面食らうことのひとつ。
……それらの性質を、総合的に見て。
「どこか別の世界か、別じゃない世界か……まあ出どころはわからないが、ダンジョンってのは“環境”を移植するために作られたんじゃないか、って話もある」
「……元の世界ではモンスター同士が仲良しだった、とか?」
「いやいやそうじゃなくて。同士討ち禁止ルールにしておくことで、少ない空間でも大量の種類の生き物が共存できるだろ? それをこっちの世界にバラ撒くために、ダンジョンって機構は作られたのかもしれない、って話。妄想の域を出ないけどな」
「迷惑な話ですね……」
「まあ、こっちはこっちでその性質で儲けてるんだからお互い様さ」
そんな話を聞いている間に、そのモンスターたちと接敵する。
向こうも僕たちの存在を足音や話し声から認知していたようだ。しばらく前からこっちに近づいてくる感じがあった。
「さて、それじゃ……」
「やりましょう」
クロードと拳を軽く合わせつつ、剣を抜く。
「パニックさえしなければなんとかなる。焦るなよ、クロード」
「フォローよろしくお願いします」
しばらく前衛コンビを組むうちに、クロードもだいぶ頼もしく……いや、性格から嫌味が抜けてきた感じ、というのが正しいか。
ちょっと前なら生意気な軽口でも飛んできそうな場面だが、返答は実に殊勝かつ実務的だった。
そして、角の向こうから飛び出してきたモンスターたちに、僕は開幕のオーバースラッシュを一発だけ放ち、先制。
それだけで数体のモンスターに浅くない傷がつく。
そしてモンスターたちは続いて飛んだファーニィの矢によってまた多少数を減らしつつ、僕とクロード、そしてその背後を固めるジェニファーとの接近戦に入る。
ホブゴブリン三体、トロール一体、セイバーレパード一体……少し遅れてミニゴーレム。
入り口で見た通り、大柄なモンスターが多い。先制に失敗していたらちょっと手こずる陣容だった。
が、敵はいきなりの負傷で戦闘困難になるものが出たことに加えて、僕らの背後からのジェニファーの「圧」によって怯んでいる。
この「圧」というのが本当に有用なもので、野外での依頼や遭遇戦でもジェニファーを恐れることによってモンスターの急襲が激減し、結果としてクロードが気持ちを整え、僕が剣に魔力を込める隙が与えられている。
もちろん普通に戦っても強いのだが、この「外見の強さ」が、ジェニファーという存在の、今のところ最大のパーティへの寄与といえるものだった。
「クロード、ホブは任せる! 僕はトロールとゴーレムから片づける!」
「任されました!」
「じゃあ、あのトラはジェニファーの獲物ね!」
「……トラじゃなくてヒョウだろあれ」
「どっちでもいいじゃない!」
ジェニファーの背には相変わらず女の子二人が乗っているのだが、ジェニファーがそれを苦にしたことはない。
普段はネコ科の爪に見えて戦闘時には突然ゴリラの拳となるその腕によって、豪快に敵は薙ぎ払われていく。
それをアーバインさんは腕組みしながら口笛で賞賛するのみだ。
戦闘はすぐに終わった。
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