ダンジョン・セッション1
翌日から僕たちはダンジョン潜りを始める。
例によってアーバインさんとユーカさんは員数外。僕らでは危なっかしいような相手が来た場合や、不意打ちでパーティの危機に陥った場合などはもちろん頼ることになるが、基本は前衛が僕とクロード、後衛がファーニィ、そしてその間を埋める位置にジェニファーとリノ……という陣形になる。
「しっかしあれだな。……めちゃくちゃいびつだな、この集団」
ユーカさんは僕たちを眺め回して苦笑した。
「ファーニィが弓手兼魔術師兼治癒師。一番素人っぽいアインがダメージディーラー。リノは戦闘では一切役に立たない……ときたもんだ」
「リノって本当にファイヤーボールも使えないの? ファーニィでさえ使えるけど」
「でさえってなんですか、でさえって」
「一応見様見真似はできなくもないけど……ジェニファー待たせてまでモンスターに使うような威力にはならないと思う。せいぜいたいまつ普通に投げるだけ、みたいな……」
「……慣れないとそんなもんなのか」
まあ、そんなに簡単にモノになるなら、飢える前にとっくにその才能を活用しているだろう。
納得すると同時に、ゼメカイト時代はそんなに大したことなく思えていた冒険魔術師たちの力は、それぞれしっかりと修行した結果だったんだなあ、とも思う。
「アイン様は超なめくさってますけど私エルフですからね? 元々人間より才能あるのは言うまでもないですけど、ン十年長生きして経験積んでますからね? こんな付け焼き刃というのもおこがましいくらいのキッズとはいろんな意味で同等な理由ないんですよ?」
「き……キッズって、私もう14歳よ!? っていうかそもそもあんた何歳よ!」
「……女の歳を人前でバラすもんじゃないですよ」
「いやファーニィが70歳ってのはもう知ってるから……」
「BBA……!」
「人間基準で言わないでくれないかなぁ!? あと仮にも仲間にそこまで言う!?」
本当に今更何を気にして隠そうとしてるのかよくわからないよ。
「まあまあ、そのへんにしとけって。リラックスするのはいいが油断までしちゃいけねえよ?」
アーバインさんがまとめてくれて、渋々と食い下がるのをやめるファーニィ。
確かにこれからダンジョンに(ほぼ)初挑戦だというのに、あんまりにも緊張感が薄い。
「……こんなにも早くダンジョンに挑戦することになるとは」
クロードは一人でガチガチに緊張している。
当初の予定ではもっとトントン拍子の予定だったんじゃないかな、と意地悪を言いそうになるが、まあ本来はこれぐらい構えてかかるのが正しい。
これから入るのは、異なる世界。全く歓迎されない「敵の領域」そのものだ。
僕だって余裕かましていられるわけではない。侵入経験はたった一度で、しかもダンジョンの特性はそれで語れるほど均一ではないのだから。
「お宅らが今日の攻略組か」
ダンジョンまで数百メートルといったところにある監視塔の下で、あまり面白くなさそうな顔をした役人が立っている。
「管理というにはダンジョンから随分離れてるんですね」
「私らは殺し合いのために宮仕えしてるんじゃないんだ。当たり前だろう。あまりダンジョン近くに管理施設を建てて、もしモンスターが飛び出してきたりしたら危ないじゃないか」
「…………」
そんなんで何をどう管理するんだろう、と思うが、まあしょうがないか。
ダンジョンのモンスター、あるいはそれに挑む冒険者を余裕でヒネれるような人材が、そんなに多く用意できるとも思えない。
それだけの備えを、いくら領主とはいえ数十か所のダンジョンに均等に敷くというのは非現実的だろう。
彼らはあくまで「確認」し、「記録」するためにそこにいるのであって、問題が起きた時に対応するつもりはない、ということだ。
「今日はあんたがたともう一組のパーティで攻め込んでもらう。ダンジョンはそこそこ広いからね。まあ死なないように適当に宝探しに勤しんでくれ。無茶をしても英雄になれるような場所じゃないからね」
役人はパイプを吹かしつつ、興味なさげにそれだけ言って、首の動きでぞんざいに僕らをダンジョンに促す。
「わかってると思うが、取れた素材は原則として斡旋所で買い取る。だいたいどれだけ収穫したかを知る意味もあるから、誤魔化さないようにな。それと何か異変があったら必ず報告するように」
「異変?」
「ああ。妙に強いモンスターがいたとか、逆にモンスターがいないとか、素材が見つからないとか……まあ、だいたいでいい。様子のおかしいダンジョンがあれば、後からこっちで用意した連中が確認することになってる。そういう判断をするのが私らの仕事なんだ。……まあ、見たところ慣れているようでもないな。どうおかしいかわからないならそれでもいいさ。それでも異常だっていうなら隠さずに言ってくれ。取り越し苦労でも全く構わない」
「……わかりました」
不正侵入を防ぐのではなく、そういう部分から管理漏れを探るのか。
……何もしないよりはそれでいいのかな。
リノとユーカさんを乗せたライオンの姿にも役人は何も言わなかった。
まあ、“魔獣使いの宿”が開業しているような土地だ。そういう例はそれなりに見覚えはあるのだろう。
女の子二人にサドルバッグいっぱいの荷物を背負って歩く姿は、元々ただの獣には見えない……というのもあるかもしれないけど。
「別のパーティも潜ってるのかー。カチ合わないようにしなきゃな」
「ダンジョン内で喧嘩ってのも馬鹿らしいからねぇ」
ユーカさんとアーバインさんがのんびりと言う。
「そういう喧嘩って頻繁に起き得るんですか」
「まあ、主に素材をどっちが確保するか、って話だな。お互いどうぞどうぞってんで譲り合うならいいんだが、カネの話だからな」
「どっちに優先権があるか、なんて、それぞれ違うことをいうのが当たり前だからね」
「……わざわざ
わざわざこんなダンジョンに来る冒険者なんて、無欲なわけがないのだ。
金なんかどうでもいい、という段階の冒険者は、こんな農場じみたダンジョンアタックよりも、未知の世界に向かうに決まっているのだから。
……そして、僕たち半分地面に潜っていくような形で口を開けるダンジョンを見つけ、頷き合って侵入する。
入ってすぐの場所で、モンスターが積み重なって死んでいて、それが薄れて消えていくところだった。
「お、モンスターが消えた。……こーゆー風に消えんだな。モタモタ眺めてたことねえから初めて見たわ」
ユーカさんが面白そうに呟く。
倒れていたモンスターの大きさからするに、なかなか手練れだな、先に入ったパーティは……と、メガネを押しながら考える。
「……あんな大きいのがいるんだ、ここ」
「怯えるなよクロード。僕がついてる」
「は、はい」
硬い後輩の背を叩き、僕は人生二度目のダンジョンに踏み出した。
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