お色気女主人

 色々とあやしい女主人ではあったが、なんにしろ当初の疑いであるところのサンデルコーナー関係者ではないことが確認できたので、人目につかないルートを選んでリノ&ジェニファーや他の仲間も“魔獣使いの宿”に連れてくる。

「あら、いらっしゃぁい。さっき言ってたのがその子ぉ?」

「は、はい」

「サンデルコーナーの合成魔獣キメラにしては素直な構成してるじゃなぁい? なかなか好みよぉ♥」

 玄関先で出迎えてくれた女主人はリノを乗せてきたジェニファーを見て色っぽく微笑む。

 ジェニファーはグルルル、と警戒感を露にしたが、女主人は一向に気にしていない。

「あ、あの……イスヘレス派って聞きましたけど」

 リノも緊張しつつ女主人に向き合う。

「そうだけどぉ」

「あなたも合成魔獣キメラ、持ってるんですか? 何体か」

「今は持ってないわねぇ。しばらく前まではいたんだけどねぇ……」

「あ……」

 もしかして死んだのか、と、少し気の毒そうな顔をするリノ。

 と、それに気づいて女主人は「違うのよぉ」と苦笑する。

「里子に出しちゃったのよぉ。合成魔獣キメラなんてそもそも戦うために組み合わせるものでしょう? それなのに、こんなところで戦いもしないでずっと寝かせておくだけ、っていうのも不幸じゃなぁい? 私は宿を閉めてまで暴れ回るつもりもないしぃ……」

「……そ、それも……そうですけど」

「あと、何体も同時に持つなんて怖いことはするつもりもないわぁ。合成魔獣キメラにとっては主人こそが唯一の絆なんだから、嫉妬で大変なことになっちゃうじゃなぁい?」

「…………」

 そういう問題があるのか。

 まあ、合成魔獣キメラみたいな戦闘力の高い生き物の嫉妬は怖そうだな……。

「サンデルコーナーって、確か掟で複数持ち禁止してたと思うんだけどぉ」

「そ、そうなんですけど……っていうか、そのせいでジェニファーが処分されちゃいそうになって、それで家出して」

「あらぁ……でもまあ、次の子作ったら、どっちにしろヤキモチで殺されてたと思うわよぉ? 合成魔獣キメラなんて基本、後に作る子の方が強くなるものなんだしぃ」

「う……」

「それこそ、里子に出しちゃう手もあるとは思うけどぉ……その様子だとそんなアテもないし、離れたくなかったんでしょうし、ねぇ……」

「……はい……」

 どちらにしろ、リノが合成魔獣キメラ使いとして「ステップアップ」、つまり次を作るのは、ジェニファーがいては無理、ということだ。

 その点に関してサンデルコーナー本家の方針は間違っていない、ということなのだろう。

 そして、もし合成魔獣キメラを商品として欲しがる顧客がいるとすれば……本来、サンデルコーナーの合成魔獣キメラなら当然可能な魔術攻撃ができないジェニファーは、「欠陥品」として価値も認められず、大事にされず、安物として戦場で使い捨てられる将来しかないだろう。

 そう考えると、殺処分というのも創造主としての情……と、言えなくもない。

 そういう納得をリノがしていなかったあたり、掟の理由について誰も説明してなかったということなんだろうけど。

 たまにあるよね。掟にちゃんとそうなる理屈があっても伝えられないやつ。

「まあ、私としてはその辺の事情はどうこう言う気はないわぁ。ウチはただの“魔獣使いの宿”。合成魔獣キメラも気兼ねなく泊まれる場所というだけよぉ」

「よ、よろしくお願いします」

「ただ、ちょ~っと料金はかかるわよぉ?」



 さすがに安宿というわけにはいかない額を請求されるようだった。

 まあ、合成魔獣キメラのための獣舎なんて特殊な設備を利用する以上、当然と言えば当然だけど。

 でもリノ以外にとっては法外というほどの額でもなかったので、普通に僕たちもここに泊まることになった。

 肝心のリノは……マイロンでの稼ぎではさすがにポンと出せる額ではなかったため、本人とジェニファーの当座の食費の分を差し引いて有り金払い、出しきれない分はしばらくはツケのかたちで泊まることになった。

「まあ、ここのダンジョンは結構稼げるから、心配はしてないわよぉ。あのアーバインもお連れにいることだしぃ」

「俺のことをご存じのようで。どうです今夜」

「うふふ……悪くはないわねぇ♥」

 アーバインさんのアプローチがすんなり成功してるの初めて見るかも。

 いや、受け入れているというより、そういう男のアプローチを弄ぶのに慣れているだけなのかもしれないけど。

「あの恰好に眩惑されてしまいますが……あの女性、ただものではありませんね……」

 ゴクリ、と喉を鳴らしてクロードが慄く。

 まあ、確かにただものではないだろう、とは思う。

 ちゃんと合成魔獣キメラ使いとしての知識も実績もありそうだし、あの恰好なのにロクに怖い男性をはべらせている様子もない。

 欲望に狂った男どもの暴挙も、その気になればヒネれるアテがある、ということだ。

 ……そして、その恰好について逆の意味でカリカリしているのはファーニィ。

「おっぱいに頼る女なんてロクなもんじゃありませんよ。人間族なんてあと10年もしたらびろんびろんですよあんなん」

「別にファーニィが心配することじゃないだろそこは」

「私は媚び方には一家言あるんです!」

 なんでそんな堂々と媚びについて語れるんだ、君は。

 ちなみにファーニィは……そこそこ。

 ほとんどぺたんこのユーカさんや、まだ成長の可能性を残すリノに比べれば、ちゃんとしたボリュームではあるのだけど……まあ、あの女主人が出てくると存在感がなくなってしまうことは否めない。

「10年やそこらでびろんびろんにはならないわよぉ?」

「うわぁ耳ざとい!」

 ヌッと話に入ってきた女主人は、そこでずっと被り続けてきた大きな帽子をゆっくりと取ってみせる。

 その下から出てきたのは豊かでつややかな黒髪と……そして、長い耳。

「これでも長年維持してるからねぇ」

「アンタエルフか! エルフのくせにそんな丸々と肥えた乳してるんか! おのれ!」

「別にエルフでも大きくたっていいじゃなぁい。……それと、あなた」

 す、と女主人は僕の顎を取り、目を覗き込んできた。

「さっきから思ってたんだけどぉ……面白い混ざりものを感じるわねぇ……♥ 何か呪いでも抱えてるのかしらぁ?」

「っっ……」

 顔近い。

 と、すぐにファーニィとユーカさんがそれぞれ彼女と僕を引っ張って剥がす。

「アイン様から離れろ色ボケ妖怪ー!」

「お前もやすやすと隙見せてんじゃねー!」

 離れた。よかった。

 突き飛ばすのもあれだし……あんまりビシッと拒絶するのも、これからお世話になるのにどうかと思って躊躇するし。

「色ボケ妖怪なんて心外よぉ。ただのサービスの行き届いた宿屋の経営者よぉ」

「何のサービスするつもりだって言ってるんですよ! ウチのアイン様には間に合ってます!」

「間に合ってたかなあ……」

「何の疑義があるんですか! ご存じの通りいつでも舐めますよ!?」

「ご存じではないよ?」

 ファーニィは自分のポジションが危うくなってきて焦っているようだ。

 いや、そのポジションって争うほどの奴?

「うふふ。何か必要があったらいつでも言ってねぇ……♥ あと、私は妖怪じゃなくてシルベーヌよぉ♥」

 女主人改め、エルフの魔獣使い兼宿屋の女将のシルベーヌさんは、あくまで男の勘違いを誘っていく方向でいくらしい。

「そういうのは僕よりクロードに仕掛けた方が面白いと思うんだけどなあ……」

「アインさん!?」

 クロードは愕然とした顔をした。

 いや、でも明らかにお姉さん受けしそうな男の子って君の方だよね。

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