魔獣使いの宿
ジェニファーや他のみんなを残した隠れ場所に戻り、“魔獣使いの宿”の話をすると、リノは微妙な顔をした。
「……それ、もしかしてサンデルコーナー噛んでない?」
「……えーと?」
「
「まあ、そう……なのかな? でもそれの何が……」
「サンデルコーナーの家から私の逮捕命令出てるかもしれないし……行ったら捕まっちゃうかも。そのままジェニファーが処分されちゃう可能性もあるわ」
「あー……」
僕はむしろ「知り合いなら融通利くんじゃ?」みたいに思っていたが、そういえばリノは家出中。
そういう可能性もあるのか。
だとすると避けた方がいいのかなあ……。
と、腕組みしていると、ファーニィがおずおずと。
「でも、そうだとするとここではジェニファーで冒険ってわけにはいかなくないですか? どっちにしろこっちからわざわざ接触しに行かなくても、ジェニファーの存在がバレたら捕まえに来るかも、って話になるわけですし」
「そうなっちゃうよね……」
となると、リノとジェニファーは人目に触れるわけにいかない。
この場所だって目立たないだけで安全ではないし、もっと本気で隠れなくてはならない。
そして僕たちがダンジョンで冒険している間はずっと留守番で、しかも彼女たちは冒険に参加しないのだから当然無給になる。
……結構不憫な形になるぞ。
「ま、まあ……その宿が本当にリノさんのお仲間が経営してるかどうかは決まってないんでしょう? 確かめたらいいじゃないですか」
「いやー、それならそれで、商売敵ってんで追い返されちまうかもしれないけどな」
クロードとアーバインさんがそう言うと、リノは悩んだ顔をする。
が、ここで迷っても仕方ないのだ。
「それじゃあ偵察に行くから、もしサンデルコーナーと関係してるようだったら……まあ、デルトールは諦めて他のところに行くとしようか」
「えー。せっかく来たんならちょっとは潜っていきましょうよー」
ファーニィは呑気というか、意外と好戦的というか。
でも別にここだけが冒険者の稼ぎ場というわけじゃない。ゼメカイトに戻る手もあるし、ヒューベル王国から出るというのもひとつの選択肢だ。
リノとジェニファーという仲間の存在は面白く思えてきていることだし、ここで彼女らをないがしろにしたいとは思えない。
「まーアレだ。……もし襲い掛かってきたら殴り返しちまえばいいんだよ」
ユーカさんは極めて気楽かつゴリラなことを言う。
いや、まあ……それもナシではないけど、できれば穏便にね。
お尋ね者になるのは最後の最後にしたい。
偵察には再び僕とユーカさんだけで行く。
教えてもらった“魔獣使いの宿”の場所は曖昧なので、あちこちで人に道を聞きながら探す。
「“魔獣使いの宿”? ああ……あのボインの」
「ボイン……?」
「すごいボインの姉ちゃんがやってるんだ。知らないで探してるのかい?」
「はい、まあ……」
そのへんの農夫に聞いたら余計な情報を仕入れてしまう。
僕がどういう顔をしていいかわからないまま彼と別れると、ユーカさんは目に見えて不機嫌。
「何鼻の下伸ばしてんだよ」
「いや伸ばしてないよ。っていうか今の情報一つで興奮するほどアーバインさんじゃないよ僕は」
「いや、アーバインはボインかどうかは気にしねーぞ。あれは顔がよければ胸なんかどうでもいいクチだ」
「ええー……」
それも余計な情報だ。まあ今のユーカさんに求婚するぐらいだからそうなんだろうなあ、とも思うけど。
そういえば、ゴリラの頃のユーカさんは胸大きい方だったろうか。
そこに注目できないほどゴリラだったからいまいち印象がない。
「ちなみに巨乳好きって公言してたのは
「男の性癖とか興味ないよ……」
「女の性癖には興味あるってことか。……まあお年頃だからな……」
「その話やめない?」
一応年上なのはわかってるけど、今はちっちゃいユーカさんに生ぬるい視線でその手の理解を進められるのは、居心地が悪すぎる。
……そして別の人も。
「ああ、あのおっぱいでっかい……」
「また胸の話……」
「いやでっかいんだって。びっくりするってあれ。顔ぐらいあるよ」
「僕が聞きたいのはその女将さんの容姿じゃなくて宿の場所です……」
さらに別の人も。
「ああ、巨乳使いの宿」
「巨乳使い!?」
「それならそこの道を右に曲がってまっすぐいったところだよ」
「いや僕が探してるの“魔獣使いの宿”ですよ?」
えっちなお店を探しているわけじゃないので一応確認しておく。
「まあどっちでもいいじゃないか。嫌いじゃないだろ。そんなメガネしてるんだし」
「メガネに対する酷い偏見まで披露された……」
この地域ではメガネ男子=スケベという固定観念でもあるのか。
「まあアインって巨乳に会ったら絶対メガネクイッて押しながらガン見しそうではあるよな」
「僕ここまでの旅でそんな偏見持たれるようなシーン一切なかったと思うんだけどな?」
そういった非常に気まずい旅路を行くこと小一時間。
町外れにポツンと建つ、大きな納屋……いや、あれが家畜小屋ならぬ「魔獣小屋」か? それをいくつか備えた建物が見えてくる。
「あれかな……あ、看板」
「間違いなさそうだな」
ちゃんと看板には“魔獣使いの宿”と書かれている。
「さて、ここの主人はどういう人なのか……」
「あんまりがっつくなよ?」
「僕はリノと同じ出身かどうかを気にしてるんだからね?」
ユーカさんに一応釘を刺しつつ、玄関のノッカーを打ってから中に入る。
中は予想外に立派な内装だった。
そしてけだるそうにカウチに身を横たえている女性が、こちらに眠そうな視線を向ける。
見た感じの印象は魔術師的な格好だ。
重ねのローブと大きな帽子、意味ありげな耳飾りを片方だけにつるしている。
しかし長いパイプで煙草を吸いながら長い脚を投げ出し、緩い合わせ目から太ももと胸元をチラ見せする姿は、魔術師というより娼館の女主人という方が似つかわしく見える。
うん、確かにこういう雰囲気だと胸に目は行くよね、とメガネを押しつつ。
「失礼します。……こちらでは大きな動物を受け入れてもらえると聞いてきたんですが」
「あら、誰の紹介かしらぁ? 大きな、と言ってもぉ……馬やロバなら普通のお宿で充分いけると思うわよぉ」
「いえ、そういったところでは驚かれてしまうもので。……その前に、確認したいことがあるのですが」
どんな聞き方をしようか。できれば不自然な印象を持たれたくないが、かといって普通に泊まる前提で話をしていくのも難しいな、と彼女の胸元に視線を吸い寄せられながら考える。
……ユーカさんに足を踏まれた。
痛い。はい、すみません。
視線を無理に胸元から剥がして女主人の顔に上げる。
「……こちらはサンデルコーナー派でしょうか?」
ストレートにそう聞くしかない。
元から駆け引きなんてできるほど僕は頭良くはなかった。
女主人はフッと煙を鼻で吐きながら微笑み。
「派閥としてはイスヘレスだけどぉ」
「…………」
言われてもわからないぞ。
と思ってユーカさんに助けを求める。ユーカさん知ってるかな。
「……二大学派のもう一方だよ。OKな方だ」
ちゃんと知ってた。さすが魔術師の家系だ。
「なぁに? サンデルコーナーが嫌いだったりするのぉ?」
「……サンデルコーナーの魔獣を泊められるかと思いまして」
「どこの魔獣もOKよぉ……♥」
微笑む女主人。
……いや、何でそんな色っぽいんですかあなた。ここえっちな店じゃないですよね?
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