悪縁との再会

 マキシム・ラングラフは、記憶の中よりもほんの少し縮んで見えた。

 これは、彼本人がどうというのではなく、僕がいつも背中を丸めていたせいかもしれない。

 彼は強かったし自信家でもあり、粗暴なゼメカイトの冒険者の中でも、ひときわ僕が苦手な相手だった。

 背中を丸めたくらいで何が避けられるわけでもないが、彼に反抗的な態度を取らないことは当時の僕にとっては大事な処世術だった。

 当時のゼメカイトの駆け出しグループの中ではそれだけ彼は図抜けていて、派閥を形成するほどの勢いがあった。

 所詮駆け出し集団の中での話であり、中堅や熟練の中に混ざってしまえば吹っ飛ぶ程度の権威ではあったが、それでもそういう実力による階層構造は極端に動くものではない。

 駆け出しは駆け出し同士で組み、助け合いながら実力と信頼を培うものであり、ヘボい初心者がいきなり上位パーティに取り立てられることはめったにないのだ。

 そして彼は有望な仲間を次々とパーティに招き入れてめきめきと実力をつけ、競争激しいゼメカイトで指定依頼を受けるところまで数か月で至った。

 ……そのままゼメカイトでやっていくものかと思っていたのに、どうしてこちらに回ってきたんだろう。

「久しぶり……まあ親しくするほどの仲でもなかったと思うけど」

「……フン。相変わらずそのガキを連れているのか」

「頼りになる相棒だからね」

 微妙な緊張感を孕みつつ、突然殴り合うほど何かあるわけでもないので一応は挨拶をかわしておく。

 ユーカさんはべーっと舌を出していた。

「ユー。あんまり突っかかるのはやめようよ」

「ヘッ。こちとらおガキ様だってんだ。それらしくしてやってるまでだ」

 まったくこの人は。

 ……まあ、ゴリラユーカさんの前ではヘラヘラしていたらしいからな。同一人物とも知らずにガキ扱いされたら指の一本も立ててやりたくなるのはまあ仕方ないかもしれない。

「なんだお前たち、知り合いなのか? 昔の仲間ってところか」

 と、酒場の店主が僕とマキシムに視線を向ける。

 マキシムは嫌そうな顔をして黙り、僕は「まあ臨時で何度か」と、一応事実であることは認めておく。

「ということは……ゼメカイトから来たのかい。向こうじゃキツいのかね?」

「僕たちはたまたまです。路銀稼ぎにしばらく」

 本当の目当ては戦闘経験であって路銀ではないけれど、一応金目当てにしておく方がいいかと思ってそう答える。

「……なんだ、マキシム君を頼って追いかけてきたってわけじゃないのか」

「一応、もっといい仲間が揃ってますから」

 と、何の気なしに言ってしまい、ユーカさんがヒュウッと口笛を吹く。

 えっ、と思ったらマキシムとその仲間たちが剣呑な目をしていた。

「言うじゃないか、アイン」

「……事実だから」

 だってアーバインさんがいるんだし、とメガネを押す僕。

 彼に比べたら、所詮「下の上」程度だったマキシムは頼るに値しないだろう。

 アーバインさん以外の仲間は確かに頼もしいというには少し物足りないが、それでもゼメカイトの水準で言えばとっくに中堅パーティに相当するくらいの実力はある、と思う。

「あのアインがこんなに吹き上がって……」

「あの噂、やっぱり本当なんじゃないのか? 嘘だったらこんなとこデルトールには来ないだろう」

 ヒソヒソと言い合っているマキシムの仲間たちに、僕は首をかしげる。

「噂?」

 僕の問いかけに、マキシムパーティの副官格である魔術師ハーディが、他のメンバーの目を気にしつつ答える。

「……お前がダンジョンで大活躍したって話がゼメカイトで聞こえてきたんだよ。ほとんど一人で、何十頭もモンスターを相手取って」

「ああ……そっか、カイたちか」

「やっぱり本当なのか。……なんで隠してたんだ?」

「隠すも何も……わざわざゼメカイトに戻って喋る話じゃないだろう? 僕たちはよそにいく途中だったんだし」

「違う。それだけできる実力をだ」

「……それも別に隠してないよ」

 酒場の店主に、一応の礼儀としてビールを一杯だけ注文しつつ、僕は溜め息。

「このユーと一緒にヘルハウンドと戦った話はあったはずだろ」

「ゴブリン相手に頻繁に死にかけてたお前が、急にそんなに強くなれるもんか?」

「なったんだよ。それだけだ」

 本当にそれだけだ。

 まあ、ユーカさんの「力」レベルの件を外せば、だけど。

「有り得ん」

 マキシムが吐き捨てるように言う。

 僕は肩をすくめてスルー。

 ……しかし、思ったより普通に……マキシムたちに対等の口を利けてるな、僕。

 まあ、特にマキシムはそれが気に入らないんだろう。何度か脅しつけられて敬語話したりしてたしな。

「あんまり仲は良くなさそうだな。喧嘩は外でやってくれよ?」

「しませんよ」

 店主にはそう言っておく。……剣を使えばまあともかく、素手では相変わらず僕に勝ち目は全くないし。


 僕たちも一見いちげんだが、マキシムたちもここに定着というほど長くは留まっていないようで、他の冒険者が揃ってくると彼らは目に見えて大人しくなる。

 あくまで彼らは駆け出しの中の精鋭。ここでも全体では中堅のちょっと下あたりの実力だ。あまり威張れるわけではない。

 そして、そんな冒険者たちに酒をおごりがてらに情報収集を繰り返すと、欲しかった情報が手に入った。

「“魔獣使いの宿”ってのがあるんだ。そこならアンタの言うデカいペットを受け入れてくれると思うぜ」

「そんなのが……っていうか魔獣使いなんてもの、いるんですか」

「たまにな」

 今までリノ以外にそれっぽいのには会ったことはないけど、有益な情報だ。

 その情報を携えて僕たちはリノのところに戻る。

 もう日が沈みそうになっていた。

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