異変の兆候
宿に戻り、それぞれにくつろげる恰好になる。
宿から出る気のないリノは完全に武装を解いてしまうが、一応酒場に行くつもりの僕やアーバインさん、それにユーカさんといった面子は、防具やザックの類は外すものの、基本はそんなに服装は変わらない。一応、剣は置いて用心のためのナイフを腰に差す程度にしているけど。
「んじゃ、俺たち飲んでくるからー」
アーバインさんが先導して宿を出ようとしたところで、僕はクロードに袖を掴まれる。
「あの、ここではどこに手紙を頼めば……?」
「それは……あー」
そうか、ここ冒険者の酒場がそういう風に機能してないんだっけ。
しかし公営の冒険斡旋所に、そういう互助的機能まであるかなあ。一応普通の冒険依頼も扱っているとは言っていた気がするけど、それが「手紙を届ける」まで入っているかは定かじゃない。
どうなんですかね、どうなんだろう……とアーバインさんと視線を交わしていると、カウチでパイプ煙草を吸っていたシルベーヌさんが声をかけてきた。
「どこへのお手紙ぃ?」
「あ、王都の……できればお城まで、なんですが」
「王都ならウチでも届けられるわよぉ」
「……はい?」
シルベーヌさんがにっこりと笑い、パイプで外を指す。
なんだなんだ、と僕たちが外を見ると……よく見れば獣舎のひとつが大扉を開けていて、その奥からヌメッとした質感のでかい人面のようなものがこっちを見ている。
「うわ」
「な、なんだあれ」
慄く僕とクロード。ユーカさんとアーバインさんは「おー」とのんきに眺めている。
「なんだも何も、あそこにいるんなら
「なんだろあれ。トロール混ぜてんのか」
「さすがにモンスター混ぜるのはルール違反じゃねえのかなあ」
と、こっちの視線に応えて、そいつがのそっと獣舎から出てきた。
身長3メートルくらいの巨人にワイバーンのような羽根と尻尾がついている。
「あ、すいません。ルール違反です……」
「自分で喋った……」
「ええ、そういう感じの強化受けてるんで……どうも」
妙に腰が低い。そして顔はトロールベースなのか表情筋がないようで、ずっと無表情。
解説を求めてシルベーヌさんを見ると。
「友達のイスヘレス派の
「……
「そういう強化してあればねぇ。あんまり頭良すぎても反抗された時に困るから、動物クラスに抑えるのが推奨はされるけどぉ」
それを受けて
「まあ、ウチの主人そういうの無視するタイプだったので……おかげでこんなモンスター丸出しの恰好ですし、実際よく間違われて冒険者に追われがちですが。まあ話せばだいたい分かってもらえるんで。はい」
「トロール顔でそうまで話が通じるとなんかほんとに変な感じだ……」
「よく言われます」
で。
「ゴルゴールちゃん、おつかいで来てもうすぐ王都近くのおうちに帰るから、お手紙あるなら渡しておけば届けてくれるわよぉ」
シルベーヌさんがそう言うのでゴルゴールを見ると、彼は頷いた。
「ちょっと疲れたんでもう少し休憩してから出るつもりですが。明日の昼までには帰れますんで」
「……お城までの手紙って大丈夫?」
「僕が直接お城まで行くわけじゃないので。ええ。ちゃんと主人には人間の
ということなので、クロードの今回の手紙はゴルゴールに運んでもらうことになった。
クロードは大急ぎで手紙をしたためにかかり、僕とアーバインさん、ユーカさんは酒場に向かう。
ファーニィはまあ、ほっといても大丈夫だろう。
「
「それはゴリラとライオンのジェニファーでそこそこわかるだろ」
「他の例知らないんで……」
「……まあ、俺もそんなによくは知らないけどな。普通のエルフが使う“使い魔”とは随分形式が違うし……」
「アーバインさんも使い魔って使えるんですか」
「短時間だけ、そこらにいる精霊と契約して真似事はできるぜ。危なそうなところの探索とか、手の届かないとこや細かい細工とかを代わってもらうことはできる。でもエルフだとそういう用途だから、ああいうゴツいのを仕立てて……ってのは専門外だな」
「シルベーヌさんエルフですけど……」
「人間の魔術研究にああまでどっぷりと染まるエルフってのは珍しいよなあ。あんなおっぱいでかいのも」
「…………」
珍しいよなあ、で済んじゃうのか。
まあ実際にいるんだし、いちいち異端だからってアーバインさんが取り締まるものでもないなら、そう言うしかないんだろうけど。
「アタシもそういうの使うような学派だったら、もうちょっと我慢して勉強したかもしれねーなー。ライオンとかゴリラとか夢あるよなー」
「ユーもユーでライオンとゴリラ好きすぎない?」
「かっちょいい猛獣が嫌いな女なんかいねーだろ」
「さすがにそれはいるんじゃない!?」
「いや、いねえ。特にゴリラが嫌いな女はいねえ!」
主語が巨大すぎる。
酒場について、昨日の情報収集の段階で知り合った冒険者数人と「今日はダンジョン行ったの?」「行きました」「どうだった?」「ぼちぼちです」的な会話をしつつ席を取る。
「マキシムたち、無事に戻ってるといいんですけどね」
「パーティ内に治癒師いたから、滅多なことはないと思うんだけどなあ……」
「あいつアインの話聞く限り性格は悪そうだけど、こんなダンジョンでヘマやるタイプには見えねーよな」
僕は一杯目だけビール。アーバインさんは当然のようにビール。ユーカさんはビール飲みたそうだけどミルク。
まだ時間が浅いのでペースを上げないようにしつつ、マキシムたちの帰還を待つ。
そんなに義理はないけど、行き会ったからには縁。ちゃんと無事を確認して、これからもお互い頑張ろうな、とまとめておきたいものだ。
アーバインさんが見てる前でまで、彼も「無能のアイン」相手に威張る姿勢を堅持することはないだろうし……ここはアーバインさんに、ゼメカイトでのヘルハウンドの件も含めてうまく間を取り持ってもらうことにしよう。
取り立てて仲良くしたいわけでもないが、
クロードよりも数年早く騎士団にいたことも間違いない。ロナルドについても何か教えてくれるかもしれない。
……が。
「……来ないですね」
「宿帰ってそのまま寝ちまったんじゃねーの?」
「ああいうパーティが一仕事終えたのにそんな大人しく休むもんかね」
すっかり日も暮れ、酒場の賑わいがピークに達しても、マキシムたちの訪れそうな気配がない。
他の酒場に行ったか、酒を飲む気力も湧かないほど疲れたか……というのも考えたが、マキシムたちも見た感じ、この街では新参っぽかった。
冒険成功を印象付け、調子が良いことをアピールする意味で、「普通」の冒険者たちである彼らが酒場での打ち上げをやらないとは思えない。
僕らのようにそれほど評判に執着しない……どちらかというとあまり目立たない方が都合がいいパーティというのは特殊例で、普通はどこでも冒険者は相対的な評判を上げ、あわよくば少しでもいい依頼に相応しい実力があると思われようとするものだ。
目立つ場所での景気のいいふるまいというのは、そういう意味で必須なところはある。
店主の裁量が依頼に影響しないここでは多少意味が変わるかもしれないが、それでも冒険者が集まる場所であるのは変わらない。
いざという時に「あいつらがこの話には相応しい」というのは、その評判の積み重ねで生まれるのだから。
僕は飲み物をジュースに変えつつ、ユーカさんはどうにかして酒を飲もうとしつつ、じっと待つことしばし。
「おい、帰ってきてないパーティいるらしいぞ」
という噂が聞こえてきたのは、そんな時だった。
「どこの話です?」
僕はその話に横入りする。
噂を持ってきた冒険者はちょっとだけギョッとしつつ、それでも話を広めたいのか、僕を排除することなく話を続けた。
「西の六号ダンジョンって言ってわかるか? あの古い監視塔の横を通っていくダンジョンの左から二つ目の……」
「そこ、僕たちが昼間潜ったとこです……」
……マキシム。
「そんなに気にすることないだろ? 踏破に時間かかるダンジョンもあるし、一日で出てこれないこともあるだろう」
「あそこはそんなに広いタイプじゃないよ。随分なノロマでない限りは夕方には出てくるはずだ。……入ったのが新しく来たパーティだってんで、念のため“お抱え”の連中が出るそうだ」
「“お抱え”?」
僕が聞き返すと、他の冒険者が教えてくれた。
「斡旋所の方で押さえてる実力派の冒険者だよ。自分たちでダンジョン掘りはさせてもらえない代わり、高給もらってるそうだ。……んで、変な様子のダンジョンがあると乗り込んで調べてくる役目だ」
「そういうシステムなんですか……」
「こっちの酒場にもなかなか来ないから、パーティ数もメンバーもあやふやなんだけどな。……しかしこういう流れだと死体確認って感じもするよなあ」
「…………」
あのマキシムが。まさか。
ゼメカイトでは依頼達成率100パーセントだったし、冒険者としてはしっかり堅実にやるタイプだと思っていたのに。
「……おい、アイン」
ぐい、と服を引っ張られて、ユーカさんを見ると、目つきで「ボーッとしてる場合か」と訴えてくる。
僕はメガネを押し、
「払っといてください」
「えっ……えっ、待って俺置いてかれる奴?」
「その顔で矢が当てられるもんかよ」
ユーカさんが言う通り、一人だけ酒を飲む手が止まらなかったので累積でずいぶん真っ赤になっている。
この状態でダンジョンに引っ張って行っても頼りにはならないだろう。
宿に駆け戻り、装備を手早く身に着ける。
そしてユーカさん、それと話を聞いて応じたクロード、ファーニィ、そしてリノも伴って宿を飛び出すと、目の前にゴルゴールが鎮座していてびっくりした。
「話は聞きました。急いでるなら、二、三人なら僕が運びますよ」
「え、い、いいの?」
「これから帰るところですんで、ダンジョン内までは行けませんが……」
「いや、そこまでは……でもありがたいよ。ありがとう」
「えっ、アイン様もしかしてこいつに私も乗れとか言うつもりです?」
「そうだよ? クロードも」
僕がそう言うと、ファーニィとクロードは愕然とした顔をした。
「い、いやいやいや! ジェニファーならともかくこれめっちゃモンスターじゃないですか! トロールとワイバーンとあと何かじゃないですか!」
「その二種だけですよ。正確には
割と普通に話せる
「リノとユーはジェニファーで急いで。僕たちはこっちで」
「えっ、えっ、待って、こいつ飛ぶやつですよね!? そんな平静に頼れるやつです? っていうか夜ですよ!?」
「わ、私は普通に走っていくので……」
「二人とも覚悟を決めて。時間が惜しい」
僕はゴルゴールに頷くと、彼は僕たち三人をまとめて抱えて、まさに
『いにゃあああああああああああああ』
なぜか似たような絶叫をファーニィとクロードが夜空に響かせた。
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