河岸を変える
それから約二週間。
リノとジェニファーが加入してから幾度かの冒険と幾度かの休日を経て、マイロンでも僕たちの知名度がそこそこ上がった。
噂をする人によって「あの『女ったらしのアーバイン』のいるパーティ」とか「サーカスのライオンを連れているパーティ」とか「やたらと野蛮な鬼畜メガネがいるパーティ」とか、呼ばれ方が違うらしい。
……どうも最後のは、僕が本気で戦うと、大抵のモンスターは原形を留めないほどバラバラになってしまうあたりから、そう言われているらしいけど。
それは単に技がそういう性質なだけで、僕が野蛮かどうかの問題じゃないと思う。
「ほい、お疲れ。今日の分の報酬だ。……しかしお前さんたち、なんでも倒せる割には小粒なのもよく受けるね」
「ウチのメンバーは経験不足なのが多いですから。僕含めて」
「それでも強いモンスター狩れるならどんどん上を求めちまうのが普通の冒険者なんだがね。ゼメカイトやデルトールには興味ないのかい」
「デルトールか……」
ヒューベル王国の南の辺境域にあり、ゼメカイトと並んで冒険者たちの集まる地域。
いくらか性質の違いはあるものの、冒険者の仕事に事欠かず、実力があれば好きなように荒稼ぎできる点は同じだ。
地理的にはここに近く、もし今から向かうとしたらゼメカイトよりデルトールの方が楽だろう。
「ウチとしては、ここらに居ついて厄介ごとを片付けてくれる
「……まあ、まだ家を買う気はありませんよ」
「そりゃ残念だ」
さして残念でもなさそうに店主は言う。あまり期待はしていなかったのだろう。
それに、僕らがここらの冒険者コミュニティ内で立場を定めかねているのが心配なのかもしれない。
長く定位置を持っていれば、些細なことでも縄張り意識を持つのが人間というものだ。
僕らは指定依頼もつまみ食いしつつ、居つくか居つかないか微妙な感じの振る舞いをしているので、そろそろ僕たちが気に入らない連中も出てくるかもしれない。
すぐいなくなる流れの冒険者なら、多少仕事を取られても我慢できるが、ここを拠点にして一年二年と続けるつもりなら折り合いをつけなくてはいけなくなる。
たまにそんなことで本気でいがみ合ったりするもんな、冒険者。
……潮時かな。
「ま、そろそろ次に行く方がいいってのは賛成だね、俺は」
アーバインさんは僕の話にあっさり頷いた。
「そんなにモンスターが多い地域ってわけではないから道々のんびりしてていいけど、できればダンジョンにもアタックしながら経験積んだ方が成長はできると思うし。人に依頼貰ってしか稼げないより、素材拾いで自分のペース通りにやった方が資金にも余裕出るよ」
「……なるほど」
ダンジョンの素材拾いは中堅以上のパーティの資金源として有名だが、それが普通に依頼こなすよりどれだけ割がいいのかは僕には想像がつかない。
アーバインさんはお金になる素材にも詳しそうだし、彼が付き合ってくれる間にそういうノウハウを吸収すべきかもしれない。
「あと、ここに腰を据えちまうと有名になる一方だろ。フルプレや他の連中からも追っ手をかけやすくなるだろうし」
「追っ手!?」
「ユーカは実質王子様の求婚ブッチしてきてんだから、フルプレがそこに思い至ったら、無い話でもないだろ?」
「……ま、まあ……そうなんですかね」
「それとお前とユーカを狙ってるあのなんだっけ、ドナルド……?」
「ロナルドです」
「ああそいつ。名前が広まるってことはそいつも引っ張るってことだぜ。今寄ってこられたら困るだろ」
「……確かに」
どれだけ強くなったら、あの剣豪とまともな勝負になるだろう。
クロードは役に立つとか言ってるけど、今の状況でそれを本気で信じるわけにもいかないし。
せめて僕はもう少し……勝つのは無理でも、簡単にはやられない程度の修練が必要だ。
クロードとの稽古はまだほとんど進んでいない。クロード自身がモンスター戦への適応にいっぱいいっぱいだったので、ようやく最近になって少し打ち稽古もできる余裕が出てきた感じ。
それを引き延ばすためにも移動は必要、か。
「それじゃあ……次はデルトールを目指しましょうか」
「デルトールか。いいね、いつ出る?」
「準備が出来たらすぐに行きましょう」
なんとなくここらが潮時かな、という感じは、僕やアーバインさんだけではなく他のメンバーにも共有されていたらしい。
「王都から近すぎますし、もっと遠くまで行かないと……なんか恰好がつかない感じがします」
というのはクロードの弁。
恰好がつくとかつかないとかはまあ本人の感覚だ。よくわからないけど。
でも、ちょっと前にはゴブリンを倒せなくてあれだけ凹んでたのに、そんなことを気にする気分になったのはなかなかの進歩かもしれない。
「ここサーカスぐらいしかないんで楽しみがお酒飲む以外なくて不健康です。長居してもメリットないと思うんです」
これは一番お酒を楽しみまくっているとは思えないファーニィの弁。
酒場でファーニィと飲み比べて散った男たちは数知れずとか。
まあアーバインさんついてるから滅多なことにはならないと思うけど、もしうっかりしたらひどい目に遭いそうなので、ファーニィ自身のためにも他に娯楽のある所に行くべきなのだろう。
「なんかここのやつらってさー……アーバインとかアインにビビるのはいいんだけど、『それにしてもあの曲者パーティになんでこんなチビガキがいるんだ』ってアタシをつつくやつが多くてなー……」
「つつかれてたの……?」
「まあ、アタシは大人だから余裕でいなしてやってるけどな。だんだん鬱陶しくなってきてんだよな」
ユーカさんは主に自分の精神力の問題で限界が近づいているらしい。
この体で女騎士団長を翻弄するぐらいになっているので、もし変な喧嘩になっても心配は少ないが、こじれて多勢に無勢とかになったら怖いのでやっぱり潮時は潮時。
そしてリノとジェニファーは。
「行く!」
「ガウ」
極貧生活を送った街に特に未練はないようだ。
……旅の物資をジェニファーに乗せられるとなったら随分楽になるだろうけど、道中ジェニファーの餌をどうしようかなあ。どこでもたっぷりの生肉が手に入るってわけでもないだろうし……。
ジェニファーには干し肉でもいいし、数日なら食べなくてもあまり問題ないらしいので、食い溜めさせて出発することになった。
マイロンからデルトールまでの行程は約一週間。途中で一度でも食い溜めし直すタイミングがあれば問題ない、とのことなので、道中に野生動物か何かを見つけたら仕留めて食べさせる方針でいくことにする。
「デルトールってユーカ行ったことあるっけ?」
「一応あるぜ。まあ暴れ甲斐のないダンジョンが多かったからすぐ飽きたけど、今ならちょうどいいかもな」
「……ねえ、今更だけどこの子何なの?」
本当に今更、という感じでジェニファーに同乗しているユーカさんを胡散臭そうに見下ろすリノ。
何度か冒険を繰り返している中でもユーカさんはほとんど手を出さず、ただ他のメンバー全員から決してぞんざいには扱われないという微妙な存在感で、リノから見ると謎のままなのだった。
みんなが何から説明しようかと迷いながら口ごもる。
そして当のユーカさんはニヤニヤ笑い。
「秘密だ」
「……えー?」
それだけ。何も説明する気がないようだった。
……まあ別に知らないなら知らないで今はいいか。
リノ、“邪神殺しのユーカ”って言われても知ってるか微妙そうだもんな。
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