獅子のいる戦場

 オークたちは投げ斧による奇襲がまさか失敗しただけでなく、仲間を開幕から一匹失う結果にまでなるとは思っていなかったのか、明らかに動揺している。

 体格だけで言うならフルプレさんよりもさらに大きく、純粋な筋肉量も彼に負けないであろうその巨体は、しかし動揺の中ではプレッシャーを発しない。

「クロード、段取り通りに! 深追いはなしだ!」

「わかっています!」

 僕とクロードは同時に抜剣。

 僕とクロードの仕事は奴らを釘付けにし、ファーニィの援護を待って有利を確定することだ。

 アーバインさんも一応いるけど、彼がその気になるとオークの二、三匹くらいは数秒で終わってしまう。

 彼の手で終わらせていいならこんな半端な仕事なんか受けない。今回はファーニィとクロード、そして一応ライオンのジェニファーのための仕事だ。

 ……が、ジェニファーの思わぬ強さに驚きが抜けないのはむしろ敵の方であり、剣を向けた僕やクロードへの害意は散漫で、明らかにジェニファーの方にビクついている。

「押してこない……」

「ジェニファーが怖いんだな。……まあ怖いよな」

「私たちより見た目の圧は明らかに上ですからね……」

 リノやユーカさん相手に振りまいていた愛嬌は、ここに至っては影も形もない。ジェニファーはすっかり肉食獣の表情をむき出しにしている。

 そこにいるのは明らかに猛獣であり、しかも飛び道具を投げ返すという信じられない真似をしてくる奴だ。

 ヒョロい僕や、まだ少年の域を抜けきらない風貌のクロードよりも数倍以上も重く大きい体躯は、真正面からオークと相撲をしても余裕で勝つだろう。

 そりゃあ警戒が向かない方がおかしい。

 おかげで、僕たちがこれといった動きを見せずとも、オークが急に突破を狙うこともない。

 そして後ろで援護を担うファーニィは落ち着いて攻撃を加えられる。

 ドッ、と音がして、オークの一匹の頭に矢が刺さった。

「グオォォ!」

 人間なら致命傷だが、オークはフラつくもののまだ絶命する気配はない。脳みそが小さいってことだろうか。

「クロード、こいつをやれ! そっちは僕が受け持つ!」

「っ、お願いしますっ!」

 負傷したのは僕側のオークだったため、クロードと場所を交代。

 オークに意図を悟られないように、お互い標的のオークに踏み込みながら代わる。

 まだ健在な方のオークの攻撃距離に踏み込み、その斧に雷属性を込めた剣を合わせる。

 バチッと派手な音がしたが、オークは驚いたリアクションはしつつも麻痺する気配はない。

 柄が木製なおかげで電撃が弱まったか。

 直接斬り込めば確実に入るだろうけど、体格的にオークの方がリーチが長いのでクロスレンジにあまり深入りはしたくない。掴み合いになったら一気に不利になるし。

「オーバースラッシュ」で決めてしまうか?

 いや、クロードたちの練習だ。短気に攻めるのはよそう。

 魔導石をいじって火属性モードにする。剣にまとわりついた雷光が蝕まれるように炎に変わり、オークはその不可解さに混乱し、後ずさった。

 多くのモンスターは魔術をよく理解していない。おかげでこんなコケ脅しでも効果があって助かる。

 その間にファーニィは二の矢をかけてクロード側のゴブリンにさらなる負傷を与え、クロードも調子を出し始めた。

 仲間が切り刻まれてオークは吠え、意を決して僕を叩き潰しに来る。

「……もらう、わけには!」

 かわす。ドラゴンミスリルアーマーならそれでも大したことなく防げるかもしれない、と少しだけ思うものの、やはり自分の体で防具の耐久試験なんてやりたくはない。

 再び斧を振り上げて挑みかかるオークだったが、僕の背後を見てギクリと足を止める。

 ジェニファーだ。いつの間にか僕の数歩後ろまで詰めてきていた。

 もし僕を倒せても、ジェニファーが即座に襲い掛かってくる。それを退けて仲間を救うのは難しい。

 クロードとファーニィによって殺されつつある仲間とジェニファー、そして僕の間で視線をさまよわせ、オークは命惜しさを取った。

 くるりと背を向けて走り去ろうとする。

 が、その足の肉をアーバインさんの矢が削り取る。

「おいおい、敵の目の前で背中を見せるのは危ねえぞ? まあオークにゃわかんねえか」

 ごっそりと太ももを抉られて絶叫し、僕たちの方を見て、それでも這うように逃げ始めたオーク。

 アーバインさんは顎をしゃくってファーニィに促す。

「クロードならともかく、無理に私がやらなきゃいけないもんでもなくないですか?」

「俺やアインじゃマジで何の経験になるわけでもないし。練習だと思って」

「いいですけどー。……今更ですけど、こいつ急所どこなんです? 頭に刺さってもわりと平気なんてズルい」

「一撃でキメたいなら心臓かなー。でもこいつらの心臓右寄りだから注意して」

「なんで右なんですかおかしいですよもう……」

 ブツブツいいながらファーニィはオークに弓を引く。

 殺される、と悟ったオークは、破れかぶれで暴れ始めた。

「ちょっ……!?」

 ファーニィは焦る。斧も膝立ちで投げ、そこらの土や石も跳ね上げ、絶叫しながらめったやたらに転げまわる。

 足一本使えなくても、その剛腕に少しでも当たれば危険だ。僕は思わず距離を取り、それを好機と見たかオークは藪に転げ込んでそのまま逃げていこうとする。

 だが、リノとジェニファーがそれを許さない。

「ジェニファー!」

「ガウウウウウ!!」

 リノが一声かけると、再びジェニファーが躍動する。

 女の子二人と急造のサドルバッグを乗せているとは思えない敏捷さでオークを追い、ほどなくして強烈な打音が響き渡ると、あたりは静かになった。

 ……先ほどの激しい動きが嘘のようにジェニファーは悠然と戻ってくる。

「やっつけたわ」

「ガウ」

「……あ、ああ。お疲れ」

 ……どう始末したんだろう。いや、どうにでもなるだろうけど。


 一方でようやくオークの首を刎ねたクロードは、主役のはずなのに誰もそれを見ていなかったのでちょっと拗ねた。



 オーク三匹のうち二匹を倒したジェニファーを、半人前の分け前で済ますのはさすがにどうか。

 ということで、ジェニファーの取り分は普通に一人前ということで、初回の報酬をリノに渡すことになった。

「わ、一日でこんなに……!」

「……まあオークだからね」

 壁貼り依頼の中では高額だ。六分の一だから「大儲け」という額ではないけれど。

 それでも贅沢しなければ一か月分の食費くらいにはなる。と思う。ジェニファーが食べる量が想像を大きく超えるわけでないなら。

「それで、僕たちはそれなりに移動しながら冒険するつもりでいるんだけど……今後も一緒に来る? サーカスに義理があるならそういうわけにはいかないかもしれないけど」

「だ、大丈夫! 行く! 行きます!」

 コイン袋を抱きしめてリノは食いついてくる。

 ……よほど安かったんだな、サーカスの給料……。

「ジェニファーあんなに強いのに、むしろどうして今まで冒険者やってなかったんだ……?」

 ユーカさんが首をひねる。

 ……リノは視線をなんとなくそらして。

「最初に酒場にジェニファー連れてったときに大騒ぎになっちゃって、それからあそこ入れなくて……」

「……なんで連れてった!?」

「わ、私戦えないんだし、冒険するならジェニファーが主役だし!」

「アホかー!」

 ……まあ、うん。不幸な事故だそれは。

 いくら世間知らずとはいえ、ライオンを店に連れて入ったらパニックになることぐらいは予想してほしかったなーと思うけど。


 こうして僕らのパーティは、今後ライオンを連れ歩くことになった。

 マイロンを離れるまではサーカスの裏手で今まで通り待機するらしいけど、次の街ではどうしようかな……。

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