ゴリライオン参戦

 翌日。

 クロードの腕慣らしの続きと、ジェニファー&リノの試験運用ということで、今回もわりと易しめの依頼を漁る。

「一番易しい依頼ってどういうのになるんですか」

 クロードが囁いてきたので僕は指差して答える。

「これとかこれだね。農園や作業場の緊急警備。……害獣かモンスターか判断つかないやつ。最悪、倒さなくても報酬は出る」

「……そういうのって予想外に強いのとか出ませんか?」

「モンスターって大抵あまりコソコソしないんだよ。人間の生活圏に出てきておいて潜伏することは少ないんだ。強い場合は、なおさら傍若無人にふるまう。店主が事情聞いたうえで討伐じゃなくて警備に分類したってことは、出てもバケウサギか騎乗ライダーゴブリンってとこじゃないかな」

騎乗ライダーゴブリン……?」

「たまに何故か他のモンスターや野獣に乗るゴブリンがいるんだよ」

 本当に乗りこなしているゴブリンだけが騎乗ライダーゴブリンという名がつくのだけど、普通に遊んでいるだけの場合もある。……というのは、最近雑談の中でアーバインさんに聞いた話。

 そういやそんなのいたな、と、あの冒険者カイの救助騒動の時のことを思い出した。

 ああいうのがこういう依頼だと稀にいて、シカやイノシシ、野犬だと思っていたらモンスターだったという例があるらしい。僕は当たったことないけど。

「でも警備となると、サッとやって終わりってわけにはいかないからね。何日かは拘束される。食事は出るけど儲からない」

「それは……まあ経験の一つとしてはいいかもしれませんが、ちょっと気が進まないですね」

「うん。一人か二人のパーティが暇つぶしに受けるやつだよ。あとは……ちょっと前の僕みたいなへっぽこが食事目当てに」

「……そんなに困ってたんですか」

「ゼメカイトいちの無能前衛とまで言われていたらしいからね……」

 それをしょうがないか、と思えるくらいに弱かったのだけど。

 本当、よく二、三ヶ月でここまで伸びたな……。

「まあ、またゴブリンってのはナシにしようか。僕らもまた別行動するのもあれだから、それなりの依頼にしたいところだけど」

「でもワイバーンとかそういうのはちょっと……」

「そういうのは指定依頼だ。壁貼りでも高めの難易度のもあるから……これなんかいいかな」

 ぴ、と取る。

 それを見てクロードは顔をこわばらせた。



 ワイバーンほどではないが初心者には厳しく、しかし烏合の衆でもギリギリなんとかなる。

 そういうモンスターのひとつがオークだ。

 体格は大柄な人間と同じくらい。2メートルを多少超えるくらいが標準。

 ゴブリンほど多産ではないが、成長が早く、5年程度で成体になるため、山奥で大集落が形成されていることも時々ある。

 まあ体格の分よく食うため、手をこまねいているうちに日照りなんかで勝手に共食いして滅びかけている場合もあったりするらしい。

 これに全く心得のない冒険者がいきなり挑むのは無謀だ。

 多少剣術の心得があってもちょっと危険。なんといってもやっぱり体格と重量は強さだ。

 ただ、鈍重でサイズがちょうどいいので、弓手のいるパーティだとわりと上得意カモにしていたりする。

 もっと大きいモンスターだと、普通の弓手の矢はスケール的に効果がない事が多く、もっと小さいモンスターは当てづらいので熟練の腕が要る。オークぐらいが命中率と威力がうまいバランスで機能するわけだ。

 前衛はそれを当て込み、オークが後衛の方に手を出さないように気を引き、足止めすればいい。パーティの連携で初めてカモれる相手になる。

「……って言われてるんだ」

「……ええと、つまり……私は攻撃よりも、オークを移動させないことに注力すればいいのですか……?」

「もちろん自信があったら攻めてもいいんだけど……それで取りこぼすと大惨事だからね」

「……そうですね」

 ゴブリンでも人を殺すには充分な打撃を放つ。オークも言わずもがな、その腕力はそこらの人間とは比較にならないほど強い。

 致命傷を一気に狙えるのならいいのだけど、そこまで切り込めなかった場合は……例えば手足を握られただけで粉砕されるほどの力があるのだ。

 そして奴らはよく斧などの武器を持っている。

 大抵は人間から強奪したもので、ただの農具であることも多いのだが、冒険者を餌食にした末に手に入れた立派な武器であることももちろんある。

 そういったものを一切無視して一撃で決めるのは、無理ではないが普通は段取りが必要だ。

 適度な距離を保ったまま相手し、膠着させたところで弓や魔術で痛打を与え、一気に攻めて倒す。それが一番無難な戦い方になる。

「今回もメインはクロードとファーニィにやってもらう。僕たちは手出ししないってわけじゃないけど援護に努めるよ。いいね」

「……はい」

「わかりましたー」

 新人二人は表情を引き締める。

 そして後ろからついてくる後衛組……すなわち、アーバインさんと。

「いやー、意外と快適だな!」

「騎乗用の魔術使ってるのよ。っていうか、ジェニファーが背中に乗っけてるものを体の一部みたいに認識するように調整するの。荷物や私たちのお尻も振り落とされないようにくっつけてるんだけど、わかる?」

「……あ、ほんとだ、やべ、これ降りるときどうすんだ!? 戦闘中にお前死んだらアタシ一生ケツくっついちゃうの!?」

「お、降りようとすれば降りられるわよ! っていうか私が死ぬ想定とかやめてほしいんだけど!?」

「冒険だからなー……」

「冒険だから何!? ちゃんと言ってくれないと怖いんだけど!」

「言うまでもねーだろ。死ぬときは死ぬって、相手は殺す気で来てるんだからさー」

「……そんな普通のテンションで言わないでよう……」

 ジェニファーの上のリノとユーカさん。

 とりあえずはあっちのことは忘れよう。

 いきなりあのライオンに活躍は求めるものじゃない。今回は見学と割り切ろう。

 ……今回のオークは三体。どこから来たものかはわからないが、街道近くに現れて人を襲っているらしい。

 たどれば集落があるのか、あるいはダンジョンから迷い出て野生化しているのかは今のところわからないらしいが、年に一度はそういうオークが出る地区だという。

「三体……一気に来たら捌けるかな……」

 前回ホブゴブリンとの戦いを制したとはいえ、それで一気に増長するほど軽薄な性格ではなかったようで、クロードは剣の柄を握り込みながら深刻な顔をしている。

 リラックスしてほしいが、まあそれができる精神的余裕を身につけるための戦いが今回のこれ、か。

「ふふふ。任せなさい。弓と魔術とセクシーの三拍子そろったファーニィちゃんが援護しますからね!」

「三拍子の要素それでいいのファーニィ……」

 こっちは心配するだけ損だな。

 そして、僕も油断はしないように……と。

 実のところ、オークと戦った経験は例によって僕もない。

 魔力技の数々で有利に戦えるとは思うけど、実際にオークの動き方を見ていないので、意表を突かれれば思わぬ苦戦もあり得る。

 ……あまり余裕ぶらず、まずは一体仕留めるのだけは優先でやっておこう。

 僕が優れているのは攻撃だけなんだから、相手に好きにやらせたら手痛いことになりかねない。

 と、メガネを押しながら考えていると……そろそろオークの出るあたり、と思った瞬間、ガサッと茂みが揺れ……そこから飛び出した何かが僕たちの肩をかすめて後衛に向かって飛んでいく。

「しまっ……」

 飛んで行った先にはライオンのジェニファー。

 顔面直撃コース……!


「ガァァッ!!」


 ガキン!

 と、ジェニファーは地についていた両前足を眼前で合掌のように打ち合わせ、飛んできたものを止めた。

 手投げ斧。しかし大きさは優に50センチぐらいはある。重さは何キロになるだろう。

 あんなの受けたら、僕の剣じゃ折れかねないぞ……!?

 と、戦慄するも、ジェニファーは斧を掴み直してリノとユーカさんを乗せたまま大ジャンプ。

 数メートル上から、その斧を茂みの向こうに投げ返す。

 飛んできた時よりも鋭い速度で返却された斧が、何か鈍い音を立てて……ヨロヨロとオークが一匹、倒れ伏した。

 ……強いぞジェニファー!?

「アインさん!」

「あ、ああ!」

 見とれている場合じゃない。

 開戦だ。

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