おかしな仲間

 一度宿に帰り、アーバインさんとクロードにライオンのジェニファーの話をすることにした。

 とりあえずアーバインさんは暇そうにしていたが、クロードが部屋にもロビーにも見当たらない。

「一人で妙なところに遊びに行っちゃったかな。そんな遊び慣れてる風には見えなかったけど……」

 どうしたものかな、と思っているとちょうど外から戻ってきた。

「冒険者は不便ですね……」

「何。なんかあったの?」

「いえ。マリスに手紙を出したかったのですが、勝手がわからず……実家や騎士団にいる時には書いたら下の者に適当に任せればよかったのですが」

「……結局どうしたの」

「船着き場で水夫に持たせました。充分にお金を払ったので、おそらく届くと思うのですが……」

「……五分五分かな。次からは冒険者の酒場に持っていくといいよ」

 手紙を届けるには手段がいくつかある。

 自分で持っていくのは別として、一番確実なのは、貴族なら専従の家来を使うことだろう。

 それ以外には「郵便屋」というものもいるのだが、これは大都市でしか店を開いていないので、マイロンにはおそらくない。

 他には金を払って行商人に持たせるとか、近くに行く友人に頼むとか、心もとない流れになってしまうのだけど、実はここで冒険者の出番がある。

 ダンジョン潜りにもモンスター退治にもあまり興味がない、あるいはそういった行動に抵抗がある冒険者というのもいて、そういう奴はひたすら街と街の間で往還しながら、旅人の護衛をしたり届け物をしたりしているのだ。

 もちろんタダというわけにはいかないが、そこらの初対面相手に頼むよりはだいぶ確実に届く。

「冒険者ってそういう風にも使えるんですね……でも冒険者同士でそういうのっていいのかな?」

「冒険者が冒険者を雇うのは別に珍しいことじゃないよ」

 後詰冒険隊サポートパーティが顕著な例だけど、用があれば他の冒険者を使うという考えは普通にある。

 みんな向き不向きも腕の差もあり、目標も財布の中身も違うのだから、それに合わせたビジネスが成立する。

「街を移動するなら、ついでがあった方が得だしね。持ちつ持たれつだ」

 ……しかし手紙かあ。

 きっとあの双子姫、それとなく所在を把握するために「できるだけ頻繁に書いて」とか言い含めてるんだろうな。

 なんとなく複雑だけど、それは口には出さず。

「それはそれとして。新しいメンバーが入ることになったんだ」



 さすがに酒場にライオンを連れてくるわけにはいかないので、改めてアーバインさんとクロードを伴ってサーカス裏でジェニファーとリノに会わせる。

「う、うわっ、猛獣!?」

「おいおい、こんなカワイコちゃん引っ掛けたの? 見かけによらずやるじゃんアイン」

「いえ、そっちの女の子は仲間じゃなくてこのライオンの飼い主です。ライオンがパーティに入るんです」

 ライオンに慄く正常なクロードと、そちらには目もくれずにリノに注目するアーバインさん。

 まあアーバインさんはほっとこう。

「ライオンがパーティに入る……!? どういうことですか!?」

「……正直僕もよくわかってないけどユーが採用しちゃったんだ」

 正直にそう言うと、ユーカさんが猛然と口を挟んできた。

「だってゴリラだぞ!?」

「ライオンじゃないですか」

「ゴリラちょっと入ってんの! ライオンとゴリラの合成魔獣キメラなんだってば!」

「なんですかその頭の悪い合体は」

 クロード、忌憚なし。

 それにはリノが猛抗議。

「強い動物と強い動物の何が悪いの!? そりゃ5歳の時に考えた組み合わせだけど! あと魔術使えないけど!」

 魔術……?

合成魔獣キメラって普通に魔術使えるの?」

「……まあその、なんらかの魔術攻撃が使えるのが完成形というか……グレードの高い合成魔獣キメラの条件みたいなところがあって……あとジェニファーって見た感じ、組み合わせの相乗効果がわかりにくいのも減点理由で、結局落第みたいな扱いではあるんだけど……」

「……これだけ賢くてもそんな理由で駄目になっちゃうんだ」

「そう! そうなの! ひどくない!? っていうか処分しないと次の子作っちゃいけないっておかしくない!? 天下のサンデルコーナーなのに!」

「いや、その、僕サンデルコーナーっての知ったのついさっきだからよくわからないけど」

 まあ、でも、そのサンデルコーナーという家にもいろいろあるんだろうな。経済的理由とか。あと命を弄ぶ魔術研究だから、情が移ったからっていちいち飼ってちゃキリがない、とか。

「私はジェニファーの処分が撤回されない限り、戻るわけにはいかないの。5歳で作ってからずっと親友だったんだから。なんならお父様お母様よりジェニファーの方が私の人格形成に寄与してるんだから」

「5歳児に合成魔獣キメラって作れるんだなぁ……」

 当然のことみたいに物心つくかつかないかの幼児にそんなことさせるって、なんか凄い世界観だなサンデルコーナー家。

 というかジェニファーにとってのリノってなんなんだろうな。

 母親なんだろうか。それとも姉なんだろうか。妹なんだろうか。

「それでこのライオンを俺たちに預けるとして。リノちゃんはどうすんの?」

 アーバインさんが「それが問題だ」と言わんばかりにビッと指さして切り込む。

 ……いや、まだいろいろ確認するとこあると思うんですけど……アーバインさん的には女の子が付いてくるかどうかの方が大事か。大事でしょうね。うん。

「一応こいつがそれなりに知能が高いというのは当然として。それでも冒険中に暴れだしたらそれも俺たちが面倒見るの? 面倒臭くなったらとりあえず殺すことになるよ?」

「そ、それは……ついてくけど……私を戦力として数えるのは無理よ? だってウチって合成魔獣関係の魔術しか扱わない研究者集団だから普通の魔術なんにも知らないし」

「OK。それが聞きたかった。採用」

 爽やかに微笑んで頷くアーバインさん。

 えっ何? 今私なんか言っちゃった? みたいな顔をするリノ。

「あの人ああいう人だから」

「どういう人!?」

「めちゃくちゃ強いけど女の子にしか興味ない人なんだ」

「すごく身の危険感じるんだけど大丈夫!?」

「ごく個人的な意見を言わせてもらうなら、そこを心配するなら冒険者に声をかけるべきじゃないと思うんだよね」

「そりゃそうだけど!」

 冒険者は普通に街を歩いている中では一番暴力に親しみ、一番素性の怪しい連中だ。自分で言うのもなんだけど。

 マトモな神経と一般的な腕力しか持たない女性は、絶対に近づくべきではないと思う。

 ……まあ、そうは言ってもロクなコネもなくサーカスに身を寄せて極貧生活してるリノに、これよりベターな選択肢はないのだろうけど。

「まあまあ。あれでそれなりには紳士的ですから。それなりには」

「力づくで女をどうこうって真似はしないな。まあそれはそれとしてわりとクズだけどな」

 アーバインさんを一応フォローしてやるファーニィとユーカさん。

 一応という程度でしかないので、リノは思い切り引いた顔をして距離を取る。

「俺もうちょっとぐらい信頼されててもいいと思うんだよね!?」

「胸に手を当てて考えて下さい」

「アタシらの信用をお前の適当な生き様の巻き添えにされちゃたまらねーんだよな」

「そこまで言われるほどアレなことしてなくない!? 俺結構貢献度高くない!?」

 いや、僕はアーバインさんの働きにはいつも感謝してますよ本当。

 それはそれとして弁護は差し控えさせてください。


 ジェニファーは当面、リノとユーカさんといくらかの冒険物資を背中に乗せてついてくることになった。

 それで分け前、半人前。それ以上に値するかは実際の働きで評価する、ということになる。

「やったー! 明日からおなか一杯ご飯食べられるよ、きっと!」

「ガウ」

 その待遇でも喜んでいる一人と一頭。

 ……不憫だけど、冒険者ですらないこの子たちがどこまで働けるかは未知数だ。だから今はこれでいこう。

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