合成魔獣

 ライオンのジェニファーから切り落とした前足をファーニィが治癒術でつないでやる。

 やはり魔術師娘からなんらかの制御を受けているらしく、ライオンは治療を受けている間大人しくしていた。

「……よし終わり。もう大丈夫です」

「切り落とした傷ってそんなに手早くくっつくんだ?」

「受傷すぐだし、修復すべき肉が少ないですからねー。グチャグチャに荒らされてる傷だと小さくても難しいですよ」

「そういうもんなんだ……」

 鋭い刃物傷は治りが早い、というのはよく聞くけど、治癒術的にもそういうのは楽なのか。

「どう、ジェニファー……動く? そう? よかったぁ」

 何かライオンと通じ合っている様子で、すっかり安心している魔術師娘。

「それはそれとして、ライオンをけしかけてきた理由を教えてくれ。納得のいく説明が欲しい」

「べ、別にけしかけたってわけじゃなくて! 単に引き留めようとしただけで!」

 牙持つライオンに追いかけさせる時点でなんらかの害意があると思うのは、僕の感性がおかしいわけでは断じてないと思う。

 ……が、そこを説教しても話が進まないので溜息だけ吐いて。

「何故引き留めようとしたんだ? 僕らは確かに冒険者だ。でもサーカスには縁もゆかりもない。たまたま寄っただけだ。……もし依頼なら酒場に持っていくべきだろう」

 剣をくれた時のロゼッタさんのように直接依頼してくる場合もあるが、まあそれは置いといて。

 魔術師娘は多少口ごもった後に。

「それは……その……お、お金がなくて……」

「…………」

「に、睨まないでよ。別にその、タダで何かさせようとかそういう話じゃないのよ? あのね、見ての通りジェニファーって大きい子じゃない? だから結構食べるんだけどその量どれくらいか想像できる?」

「結論から言ってほしいんだ」

 メガネを押しながら言うと、魔術師娘は震え上がった。

 凄んでるように見えたんだろうか。

「さ、サーカスの稼ぎじゃカツカツなの! ジェニファーにごはん食べさせようとすると私が一日パン一個&水とかそういう生活になっちゃうの! ほらジェニファーも結構痩せちゃってるし! だからその、あなたたちのパーティでジェニファーを働かせてあげてくれないかなー、って」

「働かせるったって……」

「アタシらサーカスじゃねーし」

「そもそも何なんですあなた。このサーカスの何なんですか」

「わ、私はサーカス団員じゃなくて! ジェニファーの飼い主っていうか!」



 いろいろグダグダながら、話を聞いて整理すると。

 彼女の名はリノ・サンデルコーナーといい、合成魔獣キメラ作りを得意とする二大学派の片方であるサンデルコーナー派の魔術師らしい。

 ちなみに名前がサンデルコーナーなのは別にその開祖の娘とか孫とかそういうことではなく、魔術の適性が高かったため、物心つく前にサンデルコーナー家に養子にされたんだそうだ。

 同じような事情の義兄弟が20人くらいいるらしい。

 で、なんでそのサンデルコーナーの養女が港町のサーカスでライオンと貧乏生活しているかというと、サンデルコーナー家には合成魔獣キメラは一人一頭までしか飼育してはいけないという掟があり、魔術師として次のステップに進むため、初めて作った合成魔獣キメラであるジェニファーを処分されることになったので、それが可哀想で家出したらしい。

「やっぱりこいつ合成魔獣キメラだったんだ……」

「そ、そうよ! 見たでしょ、この子の芸達者でキュートなところ! あんなの原型種じゃ絶対無理なのよ!」

 リノが胸を張ると隣でジェニファーも胸を張る。

 うん。そのしぐさだけでちょっと可愛いというのはわかる。

「ライオンと何を合成してるんです?」

「ゴリラがちょっと入ってるわ。見た感じあんまりわかりやすくないけど、前足の長さとか筋肉の付き方がそれっぽくない?」

「おー、ゴリラ!」

 なぜか嬉しそうにするユーカさん。

「ゴリラになんで興奮するのユーは……」

「だってかっこいいじゃんゴリラ!」

「……あ、はい」

 この人、前々から可愛いワールドに憧れるわりにゴリラ呼ばわりに拒否感薄いよなーと思ってたけど……もしかして全く嫌味じゃなしに「ゴリラ」を誉め言葉だと認識してるんだろうか。

「しゃべるのは無理だけど知能の高さは折り紙付きよ! ほらジェニファー、挨拶!」

「ガウ」

 後ろ足で立ち上がったジェニファーは両前足を左右に振って踊り、たしっと再び地面に足をつけると、リノの「よろしくおねがいし……ます!」という声当てに合わせて頭を下げる。

 ……いや、まあ、面白いし可愛いけどやっぱこれサーカス芸では。

「ほら、こんなに可愛いし! あとライオンだから強いし! に、荷物持ちもたぶんできるし!」

「……うーん」

「噂によるとあなたたち、めちゃくちゃ強いけどバランスがあんまりよくないって話だから、きっと穴埋めになると思うの! それでその、稼ぎを人間の半分くらいでもいいからいただけると……」

 リノが祈るように懇願してくる。

 ……とはいえ、ライオン……かぁ。

 確かに見た目は強そうなんだけど……。

「強いといったってアイン様にナイフ一本でサクッと負けてますしねぇ」

 ファーニィが身も蓋もないことを言う。

 ……まあその、僕もちょっとだけ思ったことで。

 いや、僕に負けたから価値がないと言ってるんじゃなく、最近ライオンより強そうなモンスターばかり相手にしているので、あの場面やあの場面にこのジェニファーがいたとして、どう役に立つかな……という想像をしてしまうのだった。

 普通より大きいし器用とはいえ、多分ヘルハウンドとかワイバーンと正面からケンカしたら負けちゃうよな。

 伸びしろもおそらく、あんまりない。クロードは今でも本当に100パーセント実力を発揮したら、このライオンよりは強いと思うけど、このライオンここからもっと強くなれるんだろうか。

 ファーニィは新人とはいえ、なんだかんだで大物相手の戦いもついてくるし生き残りそうな信頼感はあるけど、ただでさえクロードという成長待ち素材を抱え、依頼を加減して選ばなきゃいけない中で、こいつを連れ回すメリットはあるんだろうか……。

 ……一度帰ってアーバインさんも交えて判断した方がいいかもしれないな、と思い、口を開こうとしたところで。


「よし、採用!」


 ユーカさんがジェニファーの頭をわしわし撫でて満面の笑みを浮かべていた。

「いや待ってユー、そんな簡単に……」

「だってゴリラ入ってるんだぜ!?」

 ……えっ、それだけ?

 それだけでそんな気に入る?

 ……とは思ったものの、めちゃくちゃいい笑顔なのでそれ以上言えなくなり。

「……はい」

 なんかそういうことになった。

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