港町の休日

 レイスからゴブリン二連戦の翌日はリーダー判断として休みにした。

 体の傷はファーニィのおかげで些細なものも残っていないけど、ただでさえ前日にもトロール・グリフォンのダブル討伐も済ませ、合計の稼ぎはなかなかの額になっている。

 具体的に言うと、ゼメカイトで僕が半年以上コツコツと小さい依頼をやって稼いだ額、全部くらい。

 ゴブリンはともかくとして、トロール・グリフォンもレイスの群れも、熟練パーティが手を出しあぐねるほどの案件だ。その報酬額の差は数十倍にも及ぶ。

 多少小金が欲しいという気構えのチンピラ冒険者なら、もうこの稼ぎをもって冒険者廃業して遊び暮らすことを考えるだろう。まあ、さすがに一生遊べるような額では全然ないけど。

 まだいくつか難しい案件を店主は握っているようだけど、僕たち以外にも熟練パーティはいるようだし、無理に依頼を食いつくすこともない。

 そもそも冒険者は体を使う仕事だから、休みを多く取るのは普通のことだ。治癒師がいれば肉体的には無理できるとはいえ、気持ちや道具も無限に保つわけではない。

 戦いを忘れない程度には休むし遊ぶ。そして次への準備も怠らない。

 そのテンポを見誤れば、パーティ活動はどこかで無理が出る。

 そういう部分をコントロールするのこそ、リーダーの役目だ。

 ……と、いうのはまあ、自分で考えたことではなくてアーバインさんの弁だけど。


 僕はまず洗濯と武具磨き。

 せっかく王都でいい服を買ったのだ。冒険でドタバタした汚れはできるだけきれいにしておきたい。

 洗濯するのが面倒な熟練冒険者だと、服さえ消耗品と割り切って、汚れたらあっさり捨てちゃったりするとも聞くけど……さすがに僕はその神経はわからない。

 それに服をきれいに洗って干し、乾くのを待っている時間は、なんだか好きだ。

 元々妹との二人暮らしの中で、炊事洗濯は僕がやっていた……という慣れのせいもあるのだけど、暴力で硬直した神経をこうした生活の実感が解きほぐしてくれる感覚がある。

 まあそれはそれとして、武器や鎧をいじるので殺伐の世界から逃避しきるわけでもないけれど。

 剣はボロ布で汚れをふき取り、グリップの滑り止めの布を巻き直す。研ぐのは見よう見まねでは難しいので定期的に鍛冶屋に出しているけど、「オーバースラッシュ」に頼る僕の使い方だとあまり刃そのものに負担はかからない。

 鎧はよく磨き、各部分のパーツに破損がないかチェック。

 ドラセナの仕立ててくれたドラゴンミスリルアーマーは、骨を容易に砕くゴブリンの一撃を全くの無傷ではねつけてくれた。

 いい鎧ってこんなに違うんだな、と思う。

 それこそフルプレさんみたいな使い方をするならともかく、普通に着ているだけで革鎧とそこまで差があるとは思わなかったのだ。軽いから着ている実感も変わらないし。

「……修理するような部分もなし、か。やっぱりちゃんとした職人ってすごいんだな」

 せっかくだからもっと何か注文してもよかったかもしれないな。今の僕じゃあまりガチャガチャ持ち歩けないけど、いつか後詰冒険隊サポートパーティを使うようになれるかもしれないし。

 ……今の稼ぎでも後詰冒険隊サポートパーティ……いけるか?

 稼ぎの分け前から考えれば、初級冒険者数人に日当を渡してもそれなりに痛くないぐらいの報酬は貰えてるし。

 いやいや。まだ早いか。

 後詰冒険隊サポートパーティは充分に蓄えている上に、遺跡やダンジョン攻略などの目標がある冒険者が使うものだ。

 普通の依頼のために編成することもないわけではないが、差し引きの儲けを計算しなければならないようなパーティではまず使わない。

 もっと持ち歩かなきゃいけないものが増えたらにしよう。うん。

 そういえば現金もちょっと多くなってきたな。このへんで貴金属にでも変えておくか?

 冒険者ができるだけいい装具を持つのは、生き残るためでもあり、財布を軽くするためでもある。

 財布が重くて食料が持てません、というのは、笑い話みたいに思えるが実際に有り得ることだ。

 売る前提で、できるだけ小さくて高いものを身につけておくという発想。……ゼメカイトで聞いた時には雲の上の話だったけど、そろそろ視野に入ってくるなあ。

 もちろんロゼッタさんのような信頼できる商人に預けるというのもいい手段だけど、拠点を変えづらくなるというデメリットもある。ロゼッタさんのように数日あればどこにでも出てこれる商人なんてそうそういるわけもない。

 ロゼッタさんに直接預けさせてもらうのは……うーん。いいのかなあ。今度聞いてみないと。

「おーい、アイン。いるかー」

 コンコンコン、とドアがノックされる。ユーカさんの声だ。

 鎧磨きの手を休め、ドアを開ける。

「何?」

「今日休みだろ。ちょっと付き合えよ」

「……?」

「さっき聞いたんだけど、この街ってサーカスあるんだってさ。見てえんだ」

「……サーカス」

「なんだお前知らねえの? ライオンが火の輪くぐったり玉乗りしたりながーいブランコで遊んだりするんだぞ」

「いや知ってるけど……」

 一応、僕の故郷の最寄りの街にもたまにサーカスは来ていた。

 そしてそれはちょっとしたお祭り騒ぎだったので、妹にねだられて見にいったことはある。

 確かに動物が従順に曲芸するのは面白かったが、正直冒険者になってから見たモンスターたちの方が刺激的だった。

「冒険者が見て面白いものなのかな……」

「なんだよ、冒険者だってライオンがブランコ乗ってるの見て楽しんだっていいだろ」

「いや、だってモンスターのほうがよほどびっくりするアクションするし……」

「アタシはライオンが見てえんだよー!」

「……ま、まあいいけど」

 あとライオンってブランコ乗るのかな。そんな頑丈なブランコって作るの大変じゃないかな。

 多分なんか別のやつと間違えてないかな。


 サーカスにユーカさんと一緒に行き、一通り楽しんだ。

「凄かったね……」

「あー……すごいなあれ……」

 結論だけ言うと、ライオンは火の輪をくぐったし玉乗りしたしブランコにも乗った。立ち漕ぎまでした。

 あれ多分ライオンじゃなくてなんか別の奴じゃないだろうか。

 人間が入ってる……いや、人間が魔術で変身した……?

 いや、もしや僕たちは何か幻でも見せられたんじゃないか……?

「きっと魔術だと思うんだ。どっかで魔術使われてたと思うんだ」

「いやいや、そこはそう思っても言わないのがマナーだろ。ああいうのはとにかく楽しんだら勝ちなんだからさー」

「意外とそういうとこドライだよねユーって」

「いやあれ魔術使ってませんよ? ライオンは多分ライオンじゃなくてなんか別の奴ですけど」

 …………。

 急に入ってきた敬語だれ。

 と一瞬反応が遅れ、ハッと振り向くとファーニィがいた。

「いきなり話に入ってくるなよ!? びっくりしたよ!?」

「いやー、二人でどこ行くのかなーって。なんか面白いことする気なら置いてかれるの腹立つので♥」

 ファーニィの中ではもしかしたら意識が三人パーティのままなのかもしれない。

 アーバインさんはすっかり馴染んでるけど、いつ抜けるかわからない保護者枠ってのはファーニィも認識してるだろうし、クロードは言わずもがな馴染んでさえいない。

 だから僕とユーカさんに仲間外れにされるのが嫌、というのはなんとなく伝わってくる。

「それよりなんか別の奴って何だよ。あれライオンだろどう見ても」

 ユーカさんが口を尖らせると、ファーニィは多少困った顔をして。

「私、ふつーにライオン見たことあるんですけど、もっと小さかったし、ちょっと四肢が短かったと思うんですよねー。今日のアレ、長っ! キモッ! てちょっと思いましたし」

「……そうか?」

「あと人間に従順すぎる。普通ムチとかでパーンって合図してようやく危ない芸やるんですけど、あれ合図とかなんにもなしに全部自主的にやってましたし。ブランコにしても、そもそもああいう感じに関節曲がらないですし。多分あれ合成魔獣キメラかなんかじゃないかなー……確定じゃないですけど」

「ええー……合成魔獣キメラってもっとこう、ライオンとドラゴンと蛇とかそういうやつじゃねーの?」

 合成魔獣キメラは、ある学派に属する魔術師が生み出すという人工生物だ。

 不自然な生き物なのだけど、人類への敵意があるとは限らないため、ギリギリで「モンスター」ではない。

 もしモンスターだったら、どう調教しようが人類と折り合うことはないので、飼育などは認められることはない。

 ……本当はモンスター認定されてる中でもかなり高位の個体、たとえばドラゴンの一部などは、知性を持ったうえで意図的に人類の存在を見逃しているという話もあるけど、まあだいたいのモンスターの話。

 で、合成魔獣キメラだとすると逆に何で曲芸なんかやってるんだ、というのが気になる。

 あれを生み出す魔術は非常に高等なものに属し、知能と戦闘力を両立した成功例は非常に珍しいと言われているのだ。

 成功したなら、大抵はその魔術師の護衛や召使いとして過ごすのが通例だ。曲芸なんて用途に使うのはもったいなさ過ぎる。

「なんなんでしょうかね。思ったのと違うのができちゃったとか」

「それにしたってさあ。……単にそういう亜種なんじゃねーの?」

「そう言われるとそうかもしれないとしか言えないんですけど」

 サーカスの前でうなる僕たち。

「……まあ、合成魔獣キメラなら合成魔獣キメラでもいいじゃないか。面白かったし」

 僕はそう言って話を打ち切ろうとする。

 ……と。


「フフフフ。見破るとはさすが噂の凄腕パーティ、といったところね……!」


 サーカステントの中からそんな声がした。

 ……何となくトラブルの予感がして、僕は振り向かずに離れようとする。ファーニィやユーカさんが相手しようとするのを両腕を広げて肩を掴んで止め、ぐいぐいと押して歩く。

 が。

「ジェニファー、逃がすな」

 謎の声がそう言うと同時、なんか凄い気配が迫ってくる。

 反射的に僕は剣を抜こうとして、持ってきていないことに気づいて慌て、ユーカさんの腰にいつものナイフがあることに気づいてそれを抜いて振り返る。

 さっきのライオンが追いかけてこようとしていたので、思わずオーバースラッシュ。

 ギョッとした顔をしたライオンは身をかわしたが、それでも前足が一本斬り落とせた。

「ゴアアアア!!」

「なっ……何してくれてるの!?」

「こっちのセリフだよ!?」

 謎の声改め、サーカステントから出てきた魔術師っぽい娘は、情けない声を上げてのたうち回るライオンをなだめようと必死になっている。

 ……ファーニィとユーカさんと顔を見合わせて。

「……あの、おとなしくさせられるなら治癒術かけますけど?」

「えっ、本当!?」

「いやその前にちゃんとアイン様に説明しなさいよ? この人、ユーちゃん守るためなら何相手でも躊躇なく殺す人ですからね? トロールやワイバーンまでなら確殺ですからね?」

「……え、えーと」

 ちょっと引いた顔をする魔術師娘。

 とりあえず、今はファーニィの過剰なイメージを否定しないでおこう。

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