初手柄の祝い
マイロンの「冒険者の酒場」に帰り着くと、中年女性がアーバインさんに駆け寄ってきた。
「ああ、ありがとうございます! 墓地の悪霊を消し去ってくださり……」
「あー、確認できました? それはよかった」
アーバインさんはにっこりと笑い、店主とアイコンタクト。店主はグッと親指を立てる。
依頼完了確認。かなりの箔がついてしまった依頼なので、相当な額の報酬が出るのだろう。
……まあそっちの処理はアーバインさんに任せるとして、僕とファーニィ、クロードはボロボロの麻袋に詰めてきたゴブリンの耳を提出する。
耳を切り取る作業は相変わらずクロードは嫌そうにしていたが、戦果を報告しなくては冒険者として実績をアピールできない。
なだめすかしながらホブを含めた数匹分の処理は彼にもやらせた。大半はファーニィがちゃっちゃと集めてくれたのだけど。
「ゴブリン退治完了です。ホブゴブリンも一匹混ざってました」
「ホブ? そりゃあ災難だ。大丈夫だったかね……って、見ての通りか」
「まあ、そうなりますね」
「あの『女ったらしのアーバイン』がついてるなら、いらない心配に決まってるか」
店主はハッハッハと笑う。
実のところはそんなに余裕でもなかったのだけど、まあそれに関しては、本当にアーバインさんをフル回転させれば、だいぶ楽に片付いたことでもある。苦労話をぶちまけるのはやめておこう。
「しかし、こうも続くと本物の『女ったらしのアーバイン』だったんだねぇ。昨日のグリフォンとトロールははマグレかとも疑ってたが」
「なんだよ、信じてなかったのか」
依頼主の感謝攻めをいなして、店主に口を尖らせるアーバインさん。
「だってアンタが一人でウロついてるってことは、あの『邪神殺しのユーカ』と別れたってことだろう? 俺たちとしちゃ信じたくない話さ」
「そ、そうか? そんなに俺とあのゴリ子似合いだった?」
「似合い……というか、あのユーカのパーティが割れたってのがな。……実のところ、どうなんだ。ユーカのパーティからはアンタだけが抜けたのか? それとも解散しちまったのか?」
「それは……」
言い淀むアーバインさん。
店主は眉を上げ、「ま、聞くなと言われりゃ強引に聞くつもりはねえけどよ」と呟きつつ。
「報酬次第でドラゴンだってブチ殺す、大陸最強の冒険者パーティが解散ってのは、つまり俺たちにとっては最後の切り札が消えちまったに等しい。ここらでもたまにはさっきのレイス騒動みたいな手に負えない案件があるんだ。そんなとき、どんな大事でも最後にはなんとかできる奴らがいる、って事実がどれだけ頼もしいか……アンタら当事者にはわからんかもな」
「俺ら以外にもレイス騒動程度なら片づけられるパーティはそこそこいるだろうよ」
「レイスは、な。だけどこの前の王都の『ドラゴン災害』知ってるだろ? なんとかあれは騎士団が倒したらしいが、そんなのを撃退できる冒険者パーティなんて国中探したって片手の指に満たない。そのうちのひとつがなくなったってのはちょっとした悪夢だよ」
「…………」
僕たちがやったんだよなあ……とは思うが、今にして考えると、ユーカさんの異能がなければ追っ払うことすらできたか怪しい。
あれに匹敵する真似ができるパーティが三つか四つくらいはある、というのは、多いと取るか少ないと取るか。
「……やっぱりこれぐらいは聞きたいんだけどよ。ユーカは生きてるんだよな?」
店主におずおずと聞かれ、アーバインさんは僕と目を合わせて「あー……」と少し言い淀み。
「死んじゃいない。……俺の知る限りではな。でも、言えるのはそこまでだ」
「……なんか複雑な事情になってそうだな」
「ご想像」
アーバインさんはそう言って「ま、それより祝い酒だ」と話を切り替える。
……なるほど、そんな感じにボカすのか。
聞く側の想像力によっては、アーバインさんが愛想を尽かされただけにも思えるだろうし、ユーカさんが死には至らないながら、何か複雑な事情で冒険をやめたようにも聞こえる。
どちらにしてもアーバインさんを詰めることでこれ以上情報は出てこない、というわけだ。
そういう、雑なようで巧みな身の振り方を見せつつ。
「今日はうちの新米の初手柄なんだ。みんな祝ってくれ! 一杯ずつ奢るぜ!」
アーバインさんがそう宣言すると、現金なもので、周りで遠巻きにしていた冒険者たちがワアッと押し寄せてくる。
……そのうちの少なくない数が「初手柄の新米」と聞いてクロードじゃなく僕の方に祝福の言葉を投げていったけど。
「僕の方が新米に見えるのか……」
「まーまー。ほらアイン様メガネですし。戦いながらメガネくいーってのは現地で見ないとカッコよさわかりませんし?」
「そういう問題なの……? いやそれより、鎧が立派なクロードはともかく、ファーニィよりも僕の方が後輩に見えるのっておかしくない?」
「私はほら耳尖ってますから」
「エルフだと新米感薄れるんだ?」
「エルフだったら小娘に見えても大ベテランって場合もあるわけじゃないですか。まあ私違うんですけど」
なんか納得がいかない僕を、ファーニィがカパカパ飲みながら慰めてくれる。
ちなみに僕は飲まずにいた。報酬を数える気がアーバインさんにもユーカさんにもなさそうだから。
いくらファーニィが強いといっても、こうもカパカパ飲んでる奴に数を数えさせるのは無茶だ。
そしてクロードもなんか勢いで飲んでいたのでどうしようもない。いくらなんでも15歳に飲ませちゃダメだろうとは思うが、後の祭りだ。
とりあえずやばそうならファーニィに治癒術かけるように言おう。
依頼報酬の清算が済み、ドンチャン騒ぎが続く中からとりあえずユーカさんだけは背負って宿に戻る。
正直、昼間の二度の依頼で魔力がギリギリまで減っている感覚があるので、お金のことを抜きにしても、今は間違っても酒は飲めない。
こういう状態で意識を失うと、ある程度回復するまで本当に起きられないのだ。実体験。
そして残りの三人は潰れても面倒は見られない。エルフ二人はそもそも制御不能だし、クロードは何らかの被害があったとしても、いい経験というしかないだろう。
酒は飲んでも飲まれるな。僕は君らの親じゃない。
「あの三人には自己責任という奴を実感してもらわないと」
「お前ホント真面目だよなー……」
「そもそもそんなにお酒が好きでもないし。……面倒見るならユー一択だし」
「別にお前が思うほどアタシも無茶飲みする方じゃねーよ?」
「鏡あったら見せたいよ。そんな真っ赤な締まりのない顔で何の説得力があるの」
「……そこまで言うほどかぁ?」
多分、ゴリラの時の許容量感覚引きずってるんだろうな。まあ酒飲んでる人にそういう冷静さを求めるのは難しいけど。
夜道を歩く。
王都では夜中になってもちらほら明かりはあったものだが、マイロンのそれはグッと少ない。
月明かりを頼りに歩くも、道には暗がりが多く、そこで猫や、立ち小便したくて出てきたらしいおっさんや、風に揺れる草に気づくだけでビクッとしてしまう。
……もしかしたら、そこにあのロナルドがいるかもしれない。
今襲われたら終わりだな、と思いながら歩いていた。
……そして、宿にたどり着くと心持ち足早に入り、部屋に飛び込んで一息つく。
「……落ち着いたら、人、増やさないとな」
ユーカさんをベッドに下ろしつつ、口をついてそんな言葉が出た。
できればこういう時に僕を手伝うくらい真面目で、できれば今日みたいな状況で頼りになる魔術師がいいな。
……贅沢かな。
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