包囲戦

 ホブゴブリンを舐めるな、というのはゴブリン退治をパーティでやる時にはよく言われることだ。

 モノとしては「でかいゴブリン」でしかないのだが、ゴブリンがそのままデカくなるというのがどれだけのアドバンテージなのか、会ったことのない奴はだいたい見誤る、らしい。

 ……らしい、というのは、僕はホブゴブリンが混ざっている場合、即座に報告して依頼放棄してたからなんだけど。

 ゴブリンは敏捷で、小さな体の割には攻撃力が高く、そして残忍だ。

 それが大きくなると「重くなった分鈍重に」ということにならないのがモンスターという奴で、つまり「大きくなったおかげで動きの体感速度がさらに増し、攻撃力は見た目以上に高く、特有の見境ない攻撃性も持ち合わせる」という結果になる。


 ……そして、マズいことはもうひとつあり。

「クロード。……実はレイス依頼でだいぶでたらめに振り回しちゃっててさ」

「はい」

「魔力、あと半分くらいしか残ってない」

「……それってどれぐらいですか」

「まあ目測だけど、今囲んでるゴブリンとこのホブ、僕一人で全部倒すのはちょっと無理、かな」

「…………」

「ユーはほっといてもやられないと思うけど殲滅力としては当て込まないで。アーバインさんは一気に何体もは倒せない。ファーニィは……この状況なら怪我してる人の手当てが優先だ」

 ゴブリンの数は思ったより多い。20匹は超えているだろう。

 これをバラバラに相手するのは正直、骨が折れる。

 こっちは一撃で倒せるとはいえ、味方を守りながらとなると必然的に前に出ながら戦わざるを得ず、つまり多方からの突撃を的確に捌く必要がある。

 二匹三匹ならまだしも、それ以上の数を一度に斬るほど僕の剣速は卓越していない。飽和攻撃ふくろだたきされたら間違いなく食らうし、手でも足でも頭でも、いいのが当たれば同じ調子では戦えなくなる。

 ゴブリンの群れは僕の参戦と同時の攻撃で怯んでいるが、僕たちを囲み切っている。何かの合図があれば一斉にかかってくるだろう。

 こういう「仲間がいくなら自分も」と一斉攻撃をする習性がゴブリンの怖いところだ。本能的に多人数をうまく利用することを心得ている。

 本来だったら群れと向き合わず、離れたところから人数を削り、追い詰めていきたいところなんだけどな。

 一般人がやられそうになっているとなったら助けるのが人情だ。クロードたちを責めるわけにはいかない。

「僕がホブとやりあうと残りのゴブリンは一斉にたかってくる。後ろの三人……けが人も入れて四人か、あっちも無事には済まない」

「だからって逃げるのも……難しいですよね」

「ゴブリンは素早いからね……」

 ホブゴブリンを一息に討ち取りたいが、あの体格でゴブリン並みに素早いとなると、離れての「オーバースラッシュ」で仕留めるのは厳しいかもしれない。一度見せてしまったので、ぼんやり直撃まで棒立ちはしていてくれないだろう。

 そして何合もやりあうとなると、周りからのゴブリンたちの攻撃も馬鹿にならなくなる。

 死角からやられたら終わりだ。そして、僕は魔力に余裕はないので泥仕合にはしたくない。

 ……となると。

「……というわけで、クロード。作戦は簡単だ」

「……はい」

「君がホブを叩いて、何秒間でも引き付けてほしい。僕はその間に残った魔力でゴブリンをできるだけ捌く。包囲状態さえなんとかすれば、ホブにはアーバインさんやユーも参戦して仕留めきれる」

「っ……!!」

 本当は、アーバインさんにホブを狙ってもらう選択肢もある。

 所詮は「ゴブリンのでかいやつ」だ。彼の矢なら外すことはないだろう。

 ただ、それだと無防備なファーニィと怪我人を援護するのがナイフ一本のユーカさんだけになるのが怖いし、何より今回は「クロードの試練」だ。

 彼に勘所を任せるべきだろう。

「勝てとは言わない。だけど、君なら負けない」

「……はい!」

「よし。……クロード、ユーカさんとやったアレでいこうか」

 ニヤッと、できるだけ面白がっているように、頼もしく見えるように笑ってみせて。

 剣を二人同時に正眼に構えて、そして。


『かああああああああああああああああ!!!!』


 同時に叫んで、駆け出す。

 何かの切っ掛けがあれば一斉に飛び出す腹積もりだったゴブリンたちだが、僕たちの突然の絶叫にさすがに驚いたようで、僅かに動きが鈍る。

 その僅かの隙が、とても嬉しい。

 ホブゴブリンにクロードが打ちかかるのを横目に、僕は雷属性に魔導石を回した剣を片っ端から振るってゴブリンたちを打ち倒す。

 首や胴体を寸断されるゴブリンもいれば、カス当たりのゴブリンもいるが、かすりさえすれば雷属性のおかげで体が硬直し、転倒してくれる。

 後衛のほうにもゴブリンが躍りかかっているが、さすがにアーバインさんの弓の絶技とユーカさんのナイフ捌きでファーニィたちは守られている。

 あとは数の劣勢を覆すまで僕の魔力をもたせるだけだ。

「……うおおおおおおおおお!!」

 キャラじゃないけど、とにかく叫ぶ。叫んで威圧し、注意を引く。

 そうしながらも囲まれないように走って位置を変え、ゴブリンを前方に捉えて背後には回らせないようにする。

 僕にフルプレさんのような肉体があれば、あるいは背後からの攻撃も全く気にしないで薙ぎ倒すことができたのかもしれない。

 でも、そうはいかない。僕は僕の現実と戦うしかない。

 ゴブリンを斬り、蹴飛ばし、かわし、また斬る。

 魔力は本当はクロードに言ったよりは多少余裕はある。だが、計算外がなければの話だ。

 無造作に「オーバースラッシュ」を振りまくって勝つ、という戦法はちょっと厳しいのは事実。

 だけど、それを補うのがパーティ。仲間がいるってことだ。

 それはクロードを助ける意味でも、僕が助けられるという意味でもあり。

「アイン! 後ろ! 上だ!」

 ユーカさんの声で振り向くと、一匹のゴブリンが僕の背中に打ちかかってきていた。

 なんとか回避しようとするが、肩に一発いいのをもらい……いや、痛くない……?

「っ、このぉ!」

 すぐにそのゴブリンを斬り殺し、慌てて肩を見ながら回す。……鎧の肩当てにも、肩自体にも、ほとんどダメージがない。

 ……驚いたな。前の革鎧だったら、たとえ肩当ての上からでも痣は免れなかったのに。

「……ドラセナにいつかお礼を言わないと……なっ!」

 さらにアーバインさんの矢がゴブリンを片付け、ついに残りをホブゴブリンだけにする。


 そして。

 クロードはホブゴブリン相手に善戦していた。

「ギャア!! ギャアッ!!」

「うるさい!!」

 ホブゴブリンのジャンプ打撃。

 数十キロもありそうな巨大石棍棒での一撃を、クロードは華麗にかわしつつ、その腕に切り傷を与える。

 昨日とは見違えるような、気合と集中力の充実を感じる動き。

 切り傷は浅いように見えてホブゴブリンの腱にきちんと届いていたようで、利き手の握れなくなったホブゴブリンは恨みがましい声を上げながら石棍棒を諦め、クロードに素手で掴みかかろうとする。

 まだ体格が少年でしかないクロードにとっては、それでも充分に脅威だ。

 しかし、クロードはどっしりと腰を落とした構えから剣を閃かせて、動くほうの手も切り裂く。

 指の股から手首半ばまで、鋭い剣に割り裂かれたホブゴブリンは苦痛に叫ぶが、それでもクロードに迫り、噛み付こうとして……その目にナイフが突き刺さる。

「よく持たせた!」

 ユーカさんの援護だ。

 のけぞるホブゴブリン。

 クロードはホブゴブリンを蹴りつけて剣をバックスイング。

 ほんの僅か、躊躇をその剣先の遅れに滲ませながら。

「……あああああああああああああ!!」

 振り切るように腹の底から叫んで、ホブゴブリンを斬る。

 その首を、斬り飛ばす。


 激闘は、少年の勝利に終わった。



「ありがとうございます。本当に……」

「いえ、こちらとしてもついでですから」

 怪我をしていたのは近隣の農家の娘さんだった。

 ゴブリンの噂は聞いていたが、違う場所だと思っていたので山菜取りをしていたらしい。崖を飛び降りたり石を投げてささやかな反撃をしたり、ズタボロになりながら必死に逃げ回っていたところでクロードたちに出会ったようだ。

 泥だらけ裂け跡だらけの無残な服のまま帰すわけにもいかないので、ユーカさんがケープをあげた。宿に戻れば予備はまだあるし。

「そういえば、ゴブリンは女の子を殺さずさらうって話も聞きますけど、どうなんでしょうね」

「お。クロード、お前そんなの信じてるのか。このスケベ小僧め」

「なっ……ど、どういうことですか!」

 突然アーバインさんにイジられて真っ赤になるクロード。

 ユーカさんはやれやれとため息。

「あれだろ、女をさらって苗床にするとかって噂。……そんなの与太話だよ。ゴブリンどもにとっちゃ人間なんて食糧だ。妊婦を特にしつこく襲うとはいうけどな。……胎児が特に好きらしくてな。奪い合ってまで食うんだとさ」

「…………」

 クロードは青くなった。

 ……モンスターにはそれぞれいろいろな俗説がある。ゴブリンは特に人型であるためか、下品な噂も多い。

 中には本当に人間の女を苗床にするような変な生態してるモンスターもいるかもしれない。

 でもゴブリンは違う。僕もかなり戦ったけど、そういう痕跡は見なかったし。

「……さて、クロード。おめでとう」

「……?」

「ホブゴブリンに勝利」

「……や、やだな。ようやくモンスター倒したってだけでめでたいなんて」

「実は僕、あれに勝ったことないんだ。ホブがいる依頼はいつも放棄してたからね」

 まあ、今なら勝てるだろうけど。クロードの方が先に倒した、という事実は変わらない。

 増して、クロードは「オーバースラッシュ」みたいなインチキ技ではなく、地力で倒したのだ。

「君の方が、それに関しては先輩だ」

 微笑み、トン、と鎧の胸を拳でつついてやる。

 クロードはきょとんとしてから、徐々に嬉しそうな顔になる。

 些細なことだけど、でも自信は大事だ。

「はい!!」


 こうして。

 ようやく、クロードは僕らのパーティの一員として歩みだした。

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