後輩を追いかけて

 酒場に戻ると店主が「いくらなんでも早すぎる」とさすがに胡散臭そうな顔をした。

「ミミル教団の鎮護隊がすぐ諦めるほどの現場だってのに、たった四時間かそこらで……?」

 僕もそう言われて少し不安になる。

 滅多やたらに剣を振り回してたら終わってたけど、なんか見落としてたんじゃないか。アーバインさんが一人でそんなに頑張ってたようにも見えないし。

 ミミル教団の鎮護隊といえば、ことアンデッドに関しては専門といっていい。

 一応普通のモンスターも相手にするが、アンデッドに関してはその戦果としての不確かさや後始末の問題から普通の冒険者にはあまり好まれないため、自然とミミル教団に話が行くことが多くなっている。

 その彼らがさじを投げた、というなら、もっと大ボスみたいなものがいるんじゃないか。

 そう思ってアーバインさんとユーカさんを見たが、二人は苦笑。

「疑うなら誰か確認に行かせりゃいい。瘴気も消えかけてるよ。……レイス合計30体以上、ゴーストなんか数えてない。あんだけいたらそりゃ鎮護隊だって逃げるだろうが、アインにかかりゃ布を裂いて回っただけみたいなもんだ」

「でも鎮護隊ってアンデッドに強いはずですよね。本当はレイスより強い大物とかいたんじゃないんですか……?」

 一応僕も不安なのでそう反論してみると、アーバインさんは僕をちょっと変な目で見て。

「鎮護隊ったってせいぜい5、6人のパーティだぜ。普通は前衛タンクが一人ってことは有り得ないとして、治癒師入れたら魔術師は二人、多くて三人。……その魔術師の詠唱間隔や消費を上回る戦いはできないよ。ゴーストだって魔術以外で倒すことはまず出来ないし、相当な魔術師じゃなきゃ一発じゃ決めきれないレイスが30体以上も固まってたら……まあ、それだけで普通無理だ」

 な、と店主に話を振るアーバインさん。

 店主も「何こいつレイスを雑魚みたいな感覚で言ってるんだ」と僕を変な目で見ている。

「この若いメガネの人、レイスをよく知らないのかい……? まさかゴーストだけを選んで潰してきた……なんてことはないだろうね?」

「そんな選り好みができる現場だったと思うか? 単にアインがレイス斬りに効率良すぎる技持ってるだけだよ。俺の倍以上倒してるぜこいつ」

「……あの『女ったらしのアーバイン』以上の戦闘力で、しかも無自覚なのかね? とんでもない奴だ」

「いや、レイス相手にはアインの方が強いってだけで、俺より全面的に強いってわけじゃないよ?」

 なんだか話がややこしくなっているが、とにかくあれでも鎮護隊が逃げ出すのに十分な勢力ではあったらしい。

 あと、僕はそれっぽいものを無心で薙ぎ払っていただけだったが、相当な数のレイスを手にかけていたようだ。

「それじゃ、今から依頼主に確認してきてもらうけど……報酬はそのあとでいいね?」

「ああ。俺たちはこれから新人の仕事手伝いに行ってくるから、払いは夕方でいいよ」

 アーバインさんは手をひらひらして、僕とユーカさんに「行こうぜ」と顎をしゃくる。

 クロードとファーニィのゴブリン退治。順調に進んでいるだろうか。



 そこらの店で買ったパンと干し肉を齧りつつ、二人がゴブリンと戦っているはずの現場に向かう。

「まさかいきなりやられて死んでる……なんてことはないと思うけど」

「それはないだろ。クロードはあれだけ立派な鎧着てるし、体は下手するとアインより締まってるぜ」

「ファーニィもゴブリンにやられるタマじゃねーだろ。いざとなったらクロード見捨ててでも生き残るぞ、あいつ」

「……否定できないね」

 冒険者としては、我が身が第一というのは姿勢として間違いではない。

 ファーニィはそれとは別にいまいち信用ならないところあるけど。

「でも意外ととっくに片づけちゃってるかもしれないぜ。普通に実力が出せればゴブリンなんて来たそばからスパーンスパーンで終わりじゃん、クロードなら」

「いい剣持ってますからね……」

「いや、ゴブリン一発で倒せないような剣がゴミなだけだよ……あんなんでよく戦ってたよお前」

 改めてユーカさんが嘆息する。

 僕も今となっては随分効率の悪いことしてたなあ、と思うけど、食うや食わずでは選択肢なんてなかったので。はい。

 ……そんなダメ剣を「もったいないから使えなくなるまでは使おう」とか言ってた僕を怒ったユーカさんの気持ち、今ならわかるなあ。

 そんな話をしながら歩いていると、道端にゴブリンの死体。

「うわっ」

「あー、これ多分ファーニィが殺った奴だな。……ゴブリン小さいのにいいとこ撃つなー」

「エルフ的にはそれぐらいで感心してほしくないけどね」

「後輩に変な対抗してんなよ、仮にも一流気取りが」

 矢はゴブリンの相対的に小さな胴体の、心臓のあたりに穴をあけている。矢そのものは回収したようだ。

 矢もそんな使い捨てられるほど多くは持ち歩けないしね。駄目になる率はもちろん高いけど。

「しかしこいつだけか……依頼だと10匹ぐらいは出るはずだよな」

「ああ。まあゴブリン依頼なんて10匹と書いてあったら30匹いるもんだけど」

「僕はだいたい倍ぐらいが相場ってゼメカイトで聞きました」

「そう? 今はそういうもんかな。昔は……」

「お前の昔っていつだよ。千年前の話とかすんじゃねーぞ」

「さすがに俺でもそこまで古い話はしないよ!? そもそも千年も昔だと冒険者なんて制度ないよ!?」

 ……いや、そういう問題ではないというか……普通「生まれてないよ」って否定するところじゃないかな。アーバインさんトシいくつなの?

「とにかく死体が一匹ってことは相当手こずってんな。ゴブリンは引き際の悪いモンスターだから、撤退するならある程度興奮が冷めるまで戦いが長引いた後だ。それで一匹しか倒せてないってことだ」

「クロードが使い物にならなくても、ファーニィちゃんならバスバス倒してそうだけどねえ」

「一応ファーニィもこの依頼の目的はクロード育成ってわかってるはずなんで、ある程度頑張らせたってとこじゃないですか」

「それはそれでオトコ見せないと駄目じゃんクロード。女の子が見てたらいいカッコするのは男の義務だろ」

 アーバインさんが嘆息。

 ……いや、そこまで女の子の視線でやる気が変わる男はそんな多くないと思います。そもそもクロードの本命はお姫様だし。


 ゴブリンの死体検分はとりあえずそこまでにして、さらに進んでみる。

 依頼書に場所の情報は大雑把にしか書いていなかったので、あっちかも、こっちかな、と三人でウロウロしていると、やがて騒がしいゴブリンの鳴き声と戦闘音が聞こえてくる。

「やってるな」

「負けそうになってるとかはやめてくれよー」

 ユーカさんとアーバインさんはのんびりしているが、僕としてはちょっと心配だ。

 ゴブリンは弱い魔物ではあるが、そのパワーは殺人をするのに充分ではあるのだ。

 今はもうそんなにドタバタ戦う必要はなくなったとはいえ、その攻撃を受け止め、骨を砕かれたことも何度もある。

 駆け出しでも装備が充分なら間違っても負けない、なんて相手ではない。

 特にクロードは魔法や「オーバースラッシュ」みたいなインチキはできないのだから接近戦だ。偶然フロックはいつでも起こりうる。

 ……果たして、木立の向こうに見えてきたのは……。


「あ」

「……やべえパターンだ」


 ゴブリンを従えている「人間大のゴブリン」の姿。

 ……行動や知能は同じでも、その戦闘力は数倍以上になるホブゴブリンだ。

 ごくたまにゴブリン依頼にもまぎれていることがあり、初級冒険者の大きな死亡要因の一つになっている。

 そして、クロードたちは負傷していると思われる一般人を守りながら戦っている。

「ファーニィ! クロード!」

 僕は駆け出していた。

 見物とか言っている場合じゃないぞ。

「アイン様!」

「くっ……アインさん、気を付けて!」

 クロードの言葉の意味を考えた一瞬後、走る僕の脇の茂みからゴブリンが三体ほど飛び出してくる。

 僕は足を止めず、剣を引き抜きざまに「オーバースラッシュ」をシャシャッと二連発してまとめて斬り殺した。

「……加勢する」

「す、凄いですね」

「驚いたけどね」

 メガネを押しながらクロードに並ぶ。

「……かっこいい」

 ファーニィがポツッと呟いているのが聞こえた。

 冷やかさないでほしい。

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