邪霊の園
ゴーストやレイスは基本的には夜に現れる。
昼間の間も存在するのだけど、魔力だけで存在しているもののため、極端に見えづらくなるらしい。
「日の光に当てると消滅するっていうのは」
「俗説ってーかデマだよ。そんなんだったらわざわざ冒険者が倒さなくても一日待てばいいだけじゃん」
アーバインさんが武器屋で間に合わせに調達した銀の短剣を弄びながら、僕の疑問に答えてくれる。
「いやいや、日の当たらない屋内とかダンジョンとかなら……」
「今回はそのどっちでもないな。まあ薄暗いのは間違いないが」
現場は墓地。
もともとそんなに明るくはなかったのだけど、ゴーストが集まりレイスが集まり……と日を追うごとに周辺に謎の瘴気が漂い始め、今では晴天の真昼でも日没前みたいな暗さになってしまったらしい。
ゴーストもレイスもれっきとしたモンスター。こうなっては埋葬も墓参もできない。
そのため国教であるミミル教団が各地に派遣している独自の戦力部隊である「国土鎮護を目的とする武装隊」略して鎮護隊に制圧を依頼したというのだが、その彼らにも手に負えず撤退。
もっと大規模の部隊でないとどうしようもない、と言われてしまったという。
その大規模の部隊はいつ来るんだ、というのは彼らに言ってもどうしようもないという。鎮護隊は各隊ごとに独自性が高く、それぞれが協力することはあまりないんだそうで。
どうしてもというなら王都の教団本部に掛け合うしかないのだが、その教団本部も直接鎮護隊を指揮しているわけではないので、それぞれの部隊の任務上がりを待ってスケジュールに加えてもらうしかなく、最長で三か月から四か月程度は待たなくてはいけないとか。
いくらマイロンの街が船を使えば王都まで一日という距離とは言っても、それはあまりに悠長だ。なんとか冒険者が退治できないか、と持ち込まれたのが今日の朝。
そしてそれをアーバインさんがあっさり拾って、今に至る。
「せめて一言相談してほしかったんですけど。僕、ゴーストと戦ったことすらないんですよ。……まあ普通、戦士が自分から向かっていく相手じゃないですけど」
「それならいい経験ってもんだ」
「それに……」
ちらりとユーカさんを見る。
……見るからに嫌がっている。というか全力で「帰りたい」という顔をしている。
「ユーカってそんなにゴースト嫌いだっけ。……いや思い返してみるとそもそもそんなこまい依頼受けなかったな、ユーカと組んでからは」
「アレを得意に思う奴ぜってー変だろ!? あんなん喜んで相手すんのおかしいだろ!? いくら切っても叩いてもなかなか消えねーし! 消えたと思ったら消えてねーし! 確実に殺したと思ったのに消えてねーし!」
「ああ……まあ、ユーカだとわかんないかそういう手応え……」
アーバインさんが納得した顔をする。
「本当に搦め手モンスター駄目なんだねユーって」
「搦め手とかそういうの以前にやっぱ気持ちわるいって! しつけーしさ!」
こんなに特定のモンスター嫌がるの初めて見た。
……まあ、気持ちはわかる。
「ユーカがこんななのはちょっと予想外だけど、アインも意外と平静だよな」
「まあ、ぐだぐだゴネても仕方ないですし。出ないで騒ぐよりはいったんぶつかって、駄目ならすぐ撤収する方が時間の節約かな、って。……本来クロードたちのほうがメインですから」
「あー……別にあれはファーニィちゃんに任せといてもいいと思うんだけどねぇ。だってファーニィちゃんめちゃくちゃ器用だし生存力高いでしょ。あれバックにつけてゴブリン退治さえ駄目なら、本当冒険者は無理だと思うよ」
「……まあ確かに」
ファーニィは、あくまで壁貼り冒険者レベルで言うなら、中衛後衛としてのあらゆるスキルを持っていると言っても過言ではない。
飛び道具も魔術も使えて身軽で足も速く、さらに治癒術も使えるなんて贅沢セットにもほどがある。
……ゼメカイトの頃に彼女と組んでたら本当に楽だったろうなあ。あの頃の僕と組む理由が全くないけど。
「アタシ今からでもあっちのほうについてっていいかな。こっちにいても役に立たねーだろ? ナイフに魔力込めるの何分もかかるんだし」
「あっちで何するんだよ。クロードの代わりに戦ったりしたらそれこそ本末転倒だぞ」
「うぅ」
……いや、本当、ユーカさんこんなに嫌がってるんだし宿で待っててもらってもよかった気がするんだけど。
手早く終わらせよう。
「墓地はそんなに遠くないんですよね」
「まあ、一時間くらいかな、依頼主の話だと。……そんな近くにレイスが山盛りいる街ってのは、俺なら住みたくないな」
「僕もです。……なんとかなるならしましょう」
「ほんとアインお前もうちょっと怖がってもよくねえ!?」
ユーカさんは仲間が欲しいんだろうか。
現場は事前の説明通り、全体的にうっすら怪しい暗さが漂っている。
ダンジョンに入ったときに感じた「空間全体からの拒絶感」みたいなものが、踏み込むほどに強くなる。
「こういうのってレイスが集まると自然にこうなるんですかね」
「どうだろうなぁ。まあ、レイスばっかり大量に集まる例ってあんまり知らないから一概には言えねえ」
「アーバインさんでもわからないのか……」
「そもそもアンデッド案件はそんなに俺、手出しすることなかったからなあ。ちょっと前まではもし出会ってもリリーちゃんやクリスがなんかのついでみたいに魔術で吹っ飛ばして終わりだったし、それ以前も俺が手を出す前に大抵他の冒険者が張り切って倒してたし。魔術師ってロールが一番輝くタイミングじゃん?」
「それなら僕を当て込んで突然こんな大型案件受けるのはどうなんですか」
「まあまあ。無理なら逃げる、だろ?」
お喋りしているうちに、近くの木陰から急にゴーストがじわりと染み出すように現れ、近づいてくる。
「そら来た。……アイン、試し切りだ」
「死者を相手にそういう言い方もどうなんですかね」
「それも俗説だろ? 真実なんて本人たちにしかわからんだろうけど」
ゴーストが本当に「死者の魂が消えそこなったもの」なのか、という点については異論もあるらしい。
その解釈では発生条件に説明がつかないんだそうだけど、まあ難しい話は置いておき。
「それじゃ失礼して」
剣を抜いてひと撫で。完全に魔力をなじませる。
「オーバースラッシュ」で攻撃してもいいんだけど、よそのお墓をむやみに壊す真似は控えたい。いや、こんな事態だから文句は言われないと思うけど。
そして「パワーストライク」状態にした剣を突き出してゴーストに押し当てる。
ゴーストはそれに無防備に突っ込んできて……わずかな手応えとともにちぎれて消える。
「……これ倒せてますよね?」
「うんうん。お見事」
「おおー……!!」
見込み通り、と満足げなアーバインさんと、目を輝かせて手を叩くユーカさん。
……なんかこの件に関しては本当に子供みたいだなあ。
「さて、とりあえず一体はこれで祓ったとして。……まだまだいるぞ」
「はい。……っていうか急にいっぱい」
「ひぃぃっ」
まるで最初の一体の消滅に怒ったように、急に周囲の墓地からゴーストが何体も滲み出してくる。
滲み出すというか、瘴気のせいで遠いと見えないだけで、元々普通にそこにいるんだろうな。
そしてゴーストはそもそも社会性らしいものがない。常に錯乱している。あるものは笑い続け、あるものは何かに怒り、あるものは怯え続けている。
聞こえてくるのは彼らの終わりのない哄笑、絶叫、悲鳴。
ずっと聞いているとそれだけで精神に変調をきたしそうだ。
そんな奴らに仲間意識も戦術もない。
近づき、目があったらそれが合図。飛びついてくるか、あるいはよくわからない魔力異常現象を周囲にやたらと引き起こすかしてくる。
僕とアーバインさんにも数体が飛びついてきて、僕は「パワーストライク」、アーバインさんはそれなりに魔力を込めた銀の短剣と、ちょっとした炎の魔術でそれらを薙ぎ払う。
そしてそれが片付くと、石や鬼火や小さな雷球みたいなものを暴れ狂わせているゴーストが数体残ったので、それをまたアーバインさんは魔術、僕は「オーバーピアース」で慎重に処理。あんまり雑に撃つと墓石を壊してしまうし。
と、そこまでは順調だった。
「……これがあとどれくらいいるんだ?」
「こんなもんで鎮護隊が音を上げるとは思えないからなあ。おいユーカ、アインか俺から離れるなよー」
「い、言われなくても離れねーよ!」
三人でそのまま慎重に進んでいくと……やがて、錯乱したゴーストたちとは明らかに違う存在感の半透明の影が現れる。
一体。二体。いや、五体。
「レイスだ。アイン、言うまでもないが奴らの言葉に耳を貸すなよ」
「わかって……ます」
こいつらは、ゴーストとは違う。
少なくともある種の知性と判断能力があり……こちらを弄ぶ狡猾さと、互いを利用して勝利を手繰り寄せる戦術能力がある。
まあ要するに、まともな
……非実体のそれが「知性」を持つ。それだけでなんと不気味なことか。
『…………』
『…………』
『…………』
レイスたちは姿は様々。
ある者は大きな帽子と傘が特徴的な貴婦人。
ある者は大剣を手にした騎士。
ある者は人形を抱いた少女。
ある者は……。
「っ!?」
はらわたがからっぽの、若い娘。
「っ、アイン! しっかりしろ馬鹿野郎!!」
僕が剣を取り落としそうになるのを、ユーカさんが怒鳴りつけてくれる。
アーバインさんは僕の様子がおかしいことに遅れて気づいたらしい。
「な、なに? どうしたんだアイン」
「っ……な、なんでも……」
「アインの家族の死に姿と同じなんだよ!」
ユーカさんがそれを言う。
言ってしまう。
……急にレイスたちの気配がムワッと強くなる。
瘴気が濃くなる。寒気が強くなる。
「バカ……あいつら知能あるんだぞユーカ……」
「え、えぇ?」
「動揺ポイント大声で言う奴がいるかよ」
「あっ」
……僕に向かって、はらわたのない若い娘が。
「……うふふふふ……♥」
邪悪に、笑った。
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