新人育成と仕事選び
翌日。
宿屋の食堂に集まったところで、リーダーとして次の予定を発表する。
「今日はファーニィとクロードのふたりでゴブリン退治に行ってもらう」
朝のうちにユーカさんの髪を梳かしがてら話し合ったことを発表すると、ファーニィもクロードも驚いた顔をした。
「タイム。ジャストモーメント。……クロード昨日ゴブリンになんにもできなかったって聞きましたけど!? 私一人でやれと!?」
「きょ、今日はやれますよファーニィさん! ……やりますよ!」
「信用ゼロ。やれる理由を述べよ。覚悟決めたとかそういう気持ちの話じゃなく」
「っぐ……!」
ファーニィ、さっそく後輩に超辛辣。
いやまあ、自分も新人みたいなものなのに群れと一人で戦うことになると思えば、辛辣にならざるを得ないだろうけど。
とはいえ、ゴブリン以下となると……単独行動性の下等モンスターや、そもそもモンスターが現れない可能性がそこそこある警備依頼とかだったりするので難しい。
ゴブリンは初心者向けの中では「集団性モンスター」という特性によって、やや難易度高めに設定されている。
あくまで「やや」であって、これが貼ってある中では最低クラスという場合もあるんだけど。
単独性のモンスターは依頼を貼ってからどこかに行ってしまう場合も多く、仕事としての確実さに欠ける。
人類への害意が強いモンスターを直接倒すのは素人には難しいが、ゴブリン以下であるなら害獣用の罠で殺せてしまう可能性もあるので「気が付いたら死んでたわ、帰っていいよ」となることもあるし。
これが、とりあえずクロードの適性を見極めるには最低ラインだ。
「もしクロードが倒すのが難しいなら、クロードに相手をさせてファーニィが後ろから倒す、ってやり方があるだろ。それがパーティ戦術ってもんだ。怪我したらファーニィが治せるんだし、ゴブリン相手ならクロードが引き付け役ってだけでも必要充分な
ユーカさんがそう言うと、ファーニィはグッと黙る。
ファーニィ自身は、モンスターと戦う精神適性には疑問はない。
弓でやるにしろ魔法でやるにしろ、ファーニィがトドメを刺すのは難しくないはずだ。
……もちろんクロードがその気になれば自分で倒してもいい。それを邪魔するファーニィでもないだろうし。
「その間に僕らは別の依頼をやってくる。早く片付いたらそっち見に行くよ」
「えー……ちょっと戦力の偏りがひどくないですか?」
「同じ依頼やるわけじゃないんだからそれは仕方ないよ」
まあ実際のところ、クロードが手を出せないような依頼が続いてしまうのを避けるためにはこうする必要がある。
……というのは建前で、僕たちは実際そんなに急いで稼ぐ必要はないので、みんなで普通にクロードの精神的試練を見守るためについていってもいいんだけど……僕たちの手を煩わせるプレッシャーで追い詰め過ぎてしまう可能性もあるし、逆に「最後は先輩たちが手を貸してくれるはず」って甘えられるのも困るし。
一応、ほかの依頼をやるのは本当だけど、軽く片づけられるようなものにする予定だ。そんな都合のいい依頼があれば、だけど。
その辺はアーバインさんの交渉次第。
「時間はかかってもいいし、今日中に終わらなくてもいい。本来、冒険者の仕事ってそういうものだからね。……ゼメカイトでは実際、ゴブリン退治に何日もかけたことあるよ」
「ま、クロードがその気になりさえすりゃ何十匹だろうと時間かからねえとは思うけどな。あんだけアインをボコれるんだから」
ユーカさんがニヤつきつつ言うも、クロードはイマイチ冴えない顔。
「……本当に、殺気を出さないアインさんに好き放題やって得意になっていた自分が恥ずかしいです。アインさんは、本当は僕なんて剣や鎧ごと真っ二つにできるのに……」
「いや、しないよ?」
「いえ、そういうつもりになったアインさんにはきっと、僕は怯えて何もできないんじゃないか、と……」
「重症だ」
モンスターの殺意と気迫に圧されてしまったことが、ちょっとしたトラウマになりかけている。
ユーカさんと顔を見合わせて、ため息。
「……おいクロード。いいこと教えてやる」
ユーカさんはそう言って少年の目を見つめ。
「っかあああああああああああああああ!!!」
「っっ!?」
「……って叫ぶんだよ。戦う時に。騎士団でもやってんだろ、あのうおーってやつ」
「と、
「なんて言うかはまあどーでもいいよ。……気合で負けたくないと思うなら、まず声で仕掛けるんだよ。こっちゃ本気でぶっ殺しに来てんだぞ、って相手に宣言するんだ。そうすれば相手は逆に怯むこともあるし、腹の底から声を出せば、不思議と自分も
「……そんなことで」
「獣もそうするし、戦争じゃ騎士も雑兵もそうする。……気合勝ち気合負けってのは珍しいことじゃねーんだ。どんな大物にもあんまりテンション上げないアインやアーバインがどっちかというと少数派なんだよ」
……なんか僕とユーカさんとアーバインさん、それぞれお互いを「おかしな奴」扱いしあってるな最近。
「何度も言うけど、お前みたいな奴は別に珍しくねー。……だが、珍しい奴ばかりが一流になるわけじゃねーんだ。結局、諦めない、そして死なないこと以外に大成する条件なんてもんはねえ。ここからがお前の勝負だ」
「……はい」
「やり直し。返事にも気合入れろ」
「はいっ」
「もう一回」
「はいっ!」
「もっと!」
「はいっっ!!」
「よしその調子だ! とにかく声で勢いつけていけ! やれるって叫べば体がついてくる!」
……意外とユーカさんって新人教育の才能あるかもなあ。
いや、僕がそういう心得皆無なだけだけど。
ファーニィはなんともいえない顔で、無駄に怒鳴り合うユーカさんとクロードを眺める。
「あれ意味あるんですかね」
「なくはないと思うよ……僕には必要なかったけど」
とにかく掛け声を出せ、っていうのは体使う仕事だと何をするにも言われるからなぁ。
そこにアーバインさんが酒場から帰ってくる。
「クロード向けのはちょうどいいのあったぜー。ほいこれな」
ぱさ、と使い古してギリギリまで薄くなった羊皮紙をテーブルに放る。まあこちらはどこにでもあるだろう、という依頼なのでコメントなし。
そしてもう一枚の真新しい羊皮紙の方を自慢げに顔の横に掲げる。
「そしてこいつが依頼者ご来店ホヤホヤ。アンデッド集団掃討依頼だ」
「アンデッド集団んん?」
ユーカさんが嫌そうな顔をする。
「レイス級が相当数いるらしい。ミミル教団の鎮護隊に一回頼んだけど手に負えないって逃げられたってさ」
レイスはゴーストなどのいわゆる非実体アンデッドの中でも上級個体で、しゃにむに体当たりして生気を奪ったり、本人にもコントロールできないデタラメな魔力異常現象を起こすしかない「低級暴走霊」たるゴーストに対して、レイスは任意でモノに触れたり、魔術を操ったりできる上に、ある程度の理性を備えているものが多く、より厄介な存在だ。
理性を備えているということは会話ができるということでもあり、人間に対して対話を仕掛けてくることもあるのだが、それが人間に無害だったという話はどこにもない。例外なく邪悪な存在、というのが世間的な定説だ。
で、まあ、問題としては。
「それと戦うの、魔術師なしのパーティだと難しくないですか。レイス一体二体ならアーバインさんが魔法使えばなんとかなるかもしれませんけど、ミミル教団が匙投げるクラスの集団ってなると」
「いや、お前がいるじゃんアイン」
「僕、ゾンビやグールなんかの実体持ちだったら、まあそこそこやれると思いますけど……非実体系は一度も」
「いや、魔力込めた剣なら普通に切れるよあいつら。スッパスパだよ。だから受けたんだよ」
「え、本当ですか」
そういうもんなの……?
いや、僕、魔力込めた武器をそんなもんに振り回してる人見たことない……。
というかそもそも「武器に魔力を込めて戦う」という次元の人自体、ユーカさんに
「一応効くっちゃ効くな。……それを差っ引いてもあいつらやりづらいから嫌なんだけど」
「ユーカにやれとは言わないから大丈夫だよ。俺とアインでだいたいなんとかなるって」
「……えー……」
ユーカさん、すごく気乗りしない顔。
「怖いの?」
「逆にお前ら、よくそんなあっさり反応だな……? 気持ちわるいじゃんゴーストもレイスも」
「ドラゴンにニヤニヤしながら挑んでいく奴が嫌がるほどのもんじゃないと思うけどなあ」
「まあ効くっていうならどうにでも……」
アーバインさんはこんな調子だけど、無茶を勧める人じゃない。あくまで可能な範囲を見極める目のある人だ。
そこは信頼していいと思う。……うっかりは多いけど。
横で聞いていたファーニィやクロードはその僕たちの調子に逆に心配顔。
「あの、私そっちに行きましょうか? こっちの期限まだしばらくありますし」
「せめて臨時でも魔術師雇って連れて行くべきでは……? ミミルの鎮護隊が逃げ出すって相当ですよ」
「大丈夫大丈夫。すぐ片付けてくるって」
「アーバインさんがこう言ってるし。いざとなったら普通に逃げるから平気だよ」
……信頼して……いいんだよね、アーバインさん?
あくまでメインはクロードたちのほうで、僕たちはある種の時間潰しですよ?
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