冒険者という仕事
ゴブリン二匹に特別な部分はない。
体はサルのように小さく、しかし動きは敏捷で、持っているのは粗末な石棍棒。
僕やユーカさんが
内部的にはともかく、少なくとも外見上、その印象を覆すような凄みを持つには至っていない。
なのでゴブリンたちは、常にならって「人間の敵対者」として見境なく襲い掛かる。
「ギャアッ! ギャアッ!」
「くっ……」
それに対するはガチガチに緊張した少年騎士。
鎧は立派、剣も上等。少なくともゼメカイト時代の僕に比べれば、装備に関しては雲泥の差だ。
あのナマクラと違って彼の持つような剣ならば、ゴブリンを斬って仕留めきれないなんてことはない。はず。
だが、ゴブリンの飛び掛かりを大仰な動きで避けて転がり、さらにもう一匹が続けて振るう石棍棒をかろうじて籠手で受け、遮二無二振り払う彼の姿は、全く普通の新米冒険者と変わらない。
「騎士の修業ってモンスター戦には本当に役に立たないんだなあ……」
「言ってやるなよ。別に不思議なこっちゃねーよ。こればっかりは鍛えただけでどうなるもんじゃねー」
ユーカさんはそう言いつつ、手出しはせずに見守る。
「ルールありの『勝負』でいくら強くても、目の前にいる殺意の塊と命のやり取りができるか、ってのは、想像しきれるもんじゃねーんだ。お前、特に歳いってから冒険者になってんだから、そこはよくわかるだろ?」
「まあ……そう、なのかな? 僕はなんかたまたま戦ってみたら、意外と普通に殺せるな……って感じで始めたから」
「……結構アレだなお前も」
「それをユーが言うかなあ……」
ほんの子供の頃からゴブリンをダースで殺戮していたというユーカさんに、妙な引き方をされてしまった。ちょっと傷つく。
ユーカさんはため息をついた。
「……あれが普通なんだよ。まともな生き方してたら、本気で自分の命を奪おうとするモノなんか、そうそう目の前に出てくるもんじゃねーんだ。いくら覚悟してるとか喧嘩は得意とかいったって、本当に自分を『殺して裂いて食うエモノ』として見据えられる経験は別モンなんだよ。……あいつもそうだった、ってだけだ」
「…………」
まあ、多少はそういう感性が壊れている自覚はあるけれど。
でも、それほどなのか……とも、ちょっと思う。
元々僕が農奴で、話の通じない家畜や害獣には慣れていた、というのも、ちょっとは関係ありそうだな。
町生活でそういうものに全く触れていない人がいるのだとすれば、理不尽な害意と「命の感触」に冷静になれないのかもしれない。
……クロードはそれからもゴブリンの攻撃を、ドタバタと不恰好に受け、払いのけ、逃げ回ること十と数撃。
「殺れねーのかー。アインとアタシが殺っちまってもいいぞー」
「や、やれますよっ! こんな奴らにお二人を消耗させるわけには……!」
言う事だけは恰好いいが、クロードはやっぱり攻撃できない。
技量と武器の威力で言えば、その気になれば倒せないはずはない。
それどころか、昨日僕を叩きのめした実力を発揮すれば、こんなの十匹いたって一瞬だろう。
……敵の殺意も怖いが、「自分が命を奪う」ことも怖い、ということなんだろうな。
冒険者としてやっていくなら、敵には無慈悲にならなければいけない。
ゴブリンのような小物どころか、場合によっては人間とだって戦うのだ。そして、殺さずに済まそう、なんてのは相当に戦力に差があってようやく取れる選択肢でもある。
こんな怯えを持ったままではいずれ死ぬ。
……本当、うっかり初っ端トロール相手の参戦を許さなくてよかったかも。
「ったく。……あんま時間もかけらんねーしな。アイン!」
「了解」
ユーカさんが続きを言うより早く、僕はゴブリンにすたすたと無造作に向かい、剣を押し付けるようにして魔力を解き放つ。
バチッ、と電光が閃き、一匹が感電して気絶。
もう一匹はさすがに警戒して飛び退くが、僕は足を止めず、軽く払うように剣を振って雷属性を持たせた「オーバースラッシュ」を飛ばす。
飛び道具が予想外だったらしく、二匹目もかわせずに直撃。
……こっちも雷属性で気絶させられれば、と思ったんだけど、「オーバースラッシュ」が普通に威力を発揮してしまい、胴を輪切りにしてしまった。
「オーバースラッシュ」は研究の余地があるな。どういう打ち方だと弱められるのかは、まだイマイチわからない。
「クロード。悪いけどそこまでだ。……踏ん切りをつけるためにそっちの気絶したゴブリン斬ってもいいけど、今回は防戦だったってことで初手柄は次にしてもいい」
「……アインさん」
「これは遭遇戦だ。本命はトロールだ。アーバインさんたちと同時進行作戦だし、あんまり大事にもしていられない。……これで終わり。いいね」
「……はい」
しゅんとしつつ剣を納めるクロード。
ついさっきまでの余裕と自信はどこへやら。……っていうのも性格悪いかな。
15歳。冒険者の初挑戦としてはそんなに珍しくもない歳だけど、まだ夢を見ていてもいい年頃でもある。
理想の活躍と現実とのギャップに打ちのめされる彼を、あまりからかうのは可哀想だろう。
「んじゃこっちはアタシが殺っとくぞー」
「え……あっ」
流れで剣を納めてしまったクロードはユーカさんのトドメ宣言に何か言おうとしたが、ユーカさんのトドメの刺し方がダンッと頭を二つに割るという無駄に凄惨な一撃だったので沈黙した。
「……もっと首切るとか心臓えぐるとか力いらないやり方でいいんじゃない?」
「モンスターってそれでもたまに動くからなー。ドタマカチ割りの方が確実なんだよ。まあ今のアタシだと、魔力も込めずに簡単に割れんのゴブリンが限度だけど」
「……頭だと動かないんだ?」
「まあ本当に極まれにってなるとそれでも動くのいるけどな。モンスターの体構造に常識はないし」
「…………」
ユーカさんが世間話のように語るモンスターの異常な生態に、改めて戦慄しているクロード少年。
うん。こういう世界なんだよ。実は僕もまだちょっと慣れてないけど。
それからしばらく進み、やがて。
「……あれだな」
「うん」
「……お、大きい……」
森の奥の開けた荒地に、灰色の小巨人の姿がある。
頭髪もなく、表情もない顔と、爛々と赤い目。
妙に長い印象の腕でごく鈍重に頭を掻き、退屈そうにゆっくりと周囲を見回している。
身長は……まあ、トロールの中でも大きい方かな。8メートル個体、と見積もっていいだろう。
「……あれと戦う、のか……冒険者って……」
「早く片付けちまえ。まさかとは思うが、またアーバインの奴がしくじって二正面作戦になる可能性もあるし」
「信用ないなあ、あの人」
「逆に聞くけど、お前ここまで見てて、本当にあいつが絶対決めてくれると信用できんの?」
「その聞き方ずるくないかなあ」
わりとアレだけどフォローが効くというか、本当に致命的なミスはしない方……だと思うんだけど。
まあ、ともかく。
「行ってくる」
「おー」
「……見学させてもらいます」
僕は隠れていた茂みから、ゆっくりとトロールに向かって踏み出した。
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