少年騎士クロード
急ぎの仕事というわけではないので、まずはマイロンで一泊してから出ることになる。
昼間は船に乗ったから夜も近かったし、それだけ船に乗ると足元が揺れる感じが残ってちょっと危うい。
その間にアーバインさんは地形や情勢などの情報収集に努め、僕とクロードは軽く剣の練習をする。
今はファーニィの治癒があるので、多少の打ち身はすぐ治せるし、ユーカさんと違って対人剣術が達者なクロードと打ち稽古をするのは実入りがある鍛錬になる。
今のところは気配はないけど、いつ山賊ロナルドと再戦になるかわからないしね。
「打ち込みの入りが雑です。隙が大きすぎますよ」
「え、ええっ……打ち込みの入り?」
「攻撃に前兆があれば、受ける側に選択肢が生まれるんです。間合いを維持して空振らせる、狙いを読んでカウンターを取る……余裕を持った対処ができてしまうわけです。本当に前兆が少ない人の剣は防御さえ間に合わない。構え合っていたとしても、ですよ」
「……そ、そうなのか」
「人間同士の剣に、威力はそんなに必要ないんですよ。当たれば何かしら無視できない怪我にはなるんですから。とにかく攻撃前の動きを小さく、そして攻撃後の隙も小さく。どんな時でも相手の次の攻撃を想定して、それをさせないことを企図して動きを洗練するわけです。……こんな風に」
クロード少年は僕におもむろに剣を突き出し……それをなんとかかわす僕に、雨あられの連撃を放ち始めた。
「!!」
彼は僕より体が小さいが、その剣の一撃一撃は予想外に重い。
無視してやり返す、というわけにはいかない、それでいて本人の言うように前兆も隙も小さい。
次の攻撃に選択肢を残し、なおかつ僕にはバックスイングすら許さない、まさに人を圧倒するための技術が一瞬で展開される。
「……いだっ!」
「はい、一本。……意外と粘りましたね、アインさん。構えも目配りもデタラメのわりには対応力がある」
「そ、そうかな」
叩かれた腕をさすりながらちょっと照れる。ちょっとは才能あるのかな。
「そりゃアインだって、たった一年とはいえ殺し合いで食ってきた男だぞ。技術はねーだろうが敵の攻撃への勘はそれなりにあるに決まってんだろ」
見ていたユーカさんがそう言ってくれる。
が、クロードは苦笑。
「まあ、そうでなくてはローレンス王子との稽古も稽古になりませんよね。……でも、この程度は水霊騎士団の剣としては最初の課程です。一段上げますよ」
「うぇっ」
手加減してたのか。まあそりゃ教えるって名目なんだからそうか。
……結局クロードがちょっと回転を上げてきた剣には全く歯が立たず、僕はボッコボコに叩かれた。
しかしファーニィが都度都度治癒術をかけてくれたので助かった。
……他の治癒師のいるパーティは、こういう感じで身内を鍛えることができてたんだなあ、と、ゼメカイトの頃を思い出す。
僕は基本的に臨時のパーティにたまに混ぜてもらう程度のソロだったので、周りがどんどん実力を上げていくのに取り残されるばかりだった。
こういう感じで技能を伸ばせるならそりゃ差もつくよな。
サポートのない危うい命のやり取りで磨かれるのは、覚悟と諦観ばかりだ。
それがいくらあったって、次が楽になるわけじゃない。
「ロナルドもだいぶ手抜きをしてくれてたんだろうなあ……」
「どうだかな。ま、本気で殺そうと必死こいてたわけではないだろうけど」
ユーカさんは「退屈な稽古だった」と言わんばかりにあくびをしている。
まあユーカさんにとってはそうなんだろうな、僕が習う程度の剣術なんて。
彼女にとっては、もっと猛速で理不尽なモンスターの攻撃が日常だ。目にしているのが習得していない剣の技術だとしても、もっと強烈な一撃で防御も回避も許さず決めてしまえばいい、という考えなのだろう。
僕はそこまで地力に自信はない。だから鍛えられるものなら鍛えていかないと、ロナルドとの再戦時に話にならずに殺されてしまうだろう。
「ロナルド・ラングラフは私が相手取りますよ。勝つことはできないでしょうが、背中にユーカさんが何かを叩き込めば倒せるでしょう」
「騎士の一騎打ちがどうのこうの、こだわるかと思ってたんだがな」
「礼には礼を、です。騎士の礼儀は、騎士を捨てた賊には必要ないものです」
「…………」
クロードが薄暗い情念を見せ、ユーカさんは胡散臭そうな顔をしつつ、黙ってそれを流す。
恨みでもあるのか……いや、自分の所属の元騎士団長だもんな。尊敬が裏返ったりしてるんだろう。
気にはなるが、そこまで彼の事情に踏み込むつもりはない。
場合によってはすぐに帰ってしまうかもしれない「仲間」だ。なんでも親身になればいいってものでもない。
そして翌日。
グリフォンとトロールの同時討伐という依頼に、改めて出発する。
「初仕事です」
「まずは生き延びることだけ考えて」
「わかっていますよ。私は手出しは無用、ですよね」
「今回だけはね」
前衛として仲間になったクロードだが、今回はパーティを分けている。守るべき中衛や後衛であるファーニィやアーバインさんはグリフォンを撃ち落とすための別行動だ。
守るという仕事であるならその対象はユーカさんくらいだが、初仕事で勝手がわからない中、守るなんて状況が生まれるとは思えない。
今回はとりあえず帯同するだけでいいだろう。
「しかし、なんだか妙な気持ちですね。あんなに剣の未熟なアインさんに、モンスター相手の実戦では頼ることになるなんて」
……やはりというか、なんというか。
ほんの少しの稽古でのことではあるけど、思った以上に僕が剣士としてはへっぽこだというのを実感してしまったのか、「これに頼っていいのか」的な気持ちも生まれてしまっているようだ。
一応、
自分の強さに一定の自信があるのなら、そしてまだ15歳という年齢を考えれば、仕方ないことなのかもしれない。
「頼らずに冒険者やってもいいんだぜ。フルプレだってそうしてたんだし」
ユーカさんはドライにそう言う。さすがに失言だと思ったのか、クロードはハハハと笑って誤魔化し……その時だった。
「ギャアッ! ギャアッ!」
道の脇の茂みからゴブリンが二匹、飛び出してくる。
依頼書には書いていないが、まあこの程度のモンスターなら、よほど人里に踏み込むなどしなければいちいちチェックされていないことも多い。
「ん、ちょうどいいな。トロール相手にお前をぶつけるわけにはいかないけど、これなら殺れんじゃね?」
ユーカさんがのんびりと言う。
僕もそう思ったのでクロードに「どうする?」と目で訊く……って、あれ?
「っっ……!!」
……クロードは、間近で見るゴブリンにあからさまにビビッている。
「……無理そう?」
「や、やれ……やれると思います!」
「会った当初のへっぽこ底辺冒険者してたアインでさえ、ゴブリン二匹までならまあ勝てるっつってたぞ?」
「やれます!」
僕とユーカさんの声かけに、今まで聞いたこともない切羽詰まった声を返すクロード。
だが剣を抜き放つ動きは、昨日の稽古で見せたスマートな剣士の姿が幻だったんじゃないかと思えるほどにたどたどしく、構えも腰が据わっていない。
「……駄目そうかなこりゃ」
「一匹僕がやろうか?」
「大丈夫です!」
見るからに肩肘張って、どこから見ても「昨日から冒険者を名乗り始めたド素人15歳」という雰囲気を全力で醸し出すクロード少年。
いや字面としては本当にそのまんまなんだけど。
でもこんなに?
ゴブリンだよ?
「……すぐ助けに入る用意はしとけ」
「うん」
一応、剣の魔導石ダイヤルを「雷」に合わせ、その気になれば一瞬で止められるようにはしておく。ユーカさんもナイフをさりげなく抜き、ぶらりと垂らして持つ。
「こっ……来い!」
「ギャアッ!!」
「ギャアッ! ギャアッ!!」
そして、少年とゴブリン二匹の初戦闘が始まった。
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