後輩を育てよう

対岸の街

 王都の対岸はマイロンという街だった。

 わりとすぐ着いた感覚とはいえ、それでも半日近くは船に乗っていた。

 船は馬と違って止まって休んだりしないので、思った以上に移動力がある。周囲の風景が遠いのでスピード感が分かりづらいが、陸路でここまで来るのは急いでも三日は必要、らしい。

 まあ、王都も初めてだった僕はこのあたりの地理全然知らないので、ほとんどは連絡船の水夫とかアーバインさんからの聞きかじりだけど。

「ここらは王都よりは依頼しごともあるはずだぜ。ゼメカイトみたいにより取り見取りってわけにはいかないが」

 港で伸びをしているとアーバインさんが親指で酒場を示す。

 港町の中心は当然、港のすぐ近くだ。冒険者の酒場として機能しているのはあそこだろう、とは思う。

 でもちょっとだけ不安。

「この街の冒険者の酒場ってここでいいのかな」

「様子が違ったら聞けばいいさ。冒険者向けじゃない酒場なら意地悪しねーで教えてくれるよ大抵。居座られると面倒だと思われてるから」

「なるほど」

 行き当たりばったりだが、まあ、冒険者なんて大抵細かいことを気にして生きてはいないものだ。世間はそれでもなんとかなるようにできている。

「私、酒場は初めてです」

 クロード少年は相変わらず謎の余裕ぶりだが、ちょっとだけワクワクは伝わってくる。

 まあ、彼ぐらいの歳だと来ないよな……いや、そもそも見習い騎士といえば貴族なんだから庶民の酒場に来ること自体機会がないのか?

「こういったところではどう振る舞えばいいんでしょうか」

「どうって言われてもな」

 ユーカさんは「曖昧なこと聞くもんだなあ」と面倒そうな顔をして。

「……アイン、任せる」

「僕だって、そんなにいくつも冒険者の酒場を回ってるわけではないんだけど」

「新人の面倒はこないだまで新人だったやつが見るもんだろ」

「その理屈だとファーニィでは」

「ファーニィに任せるつもりならそれでもいいぞ」

「……僕でいいです」

 クロードと微妙に相性が悪い上に、そもそもロクに何も知らないよねファーニィじゃ。


 入ったところはちゃんと冒険者向けの依頼書が壁にたくさん貼ってある。

 間違いない。冒険者の酒場だ。

「では、私は冒険者の仕事は初めてですから……まずは登録など」

「何に登録するのさ」

「……えっ」

「冒険者に名簿なんてないよ。すぐにやめるか死ぬかする奴の方が多いんだし、店主も初めのうちはいちいち覚えてなんかくれないよ」

「……そ、そうなのですか」

 まあ、意気揚々と冒険者を志して酒場に来る初心者のうち、四人に一人は初仕事で挫折するらしい。

 殺意を持ったモンスターと直接殺し合うのは、まともな神経の持ち主にはそれだけ恐ろしいことなのだ。

 で、それを抜けても、そこから数戦のうちに死ぬか逃げるかするものがまた半数ぐらいになる。

 慣れない命のやり取りで荒み、限界の状況でモラルが崩壊する。死ぬのに比べたら、と、仲間への裏切りも盗みもアリにし始めてしまう。

 この時期の冒険者たちの空気が一番ヤバい。そして壁貼りクラスだと多い。

 しばらくしてそれが安定するとまた話が変わり始め、今度は他の冒険者との実力の違いを気にし始める。

 あいつが生意気だ、あいつは無能だ、とそういった噂にかかりきりになりこれまた空気が悪い。

 その時期を抜けるあたりで、ようやく酒場で名前を覚えてもらえるようになる。

 ……まあ覚えてもらったからって、それが実力を認められたって話かというとまた別なんだけど。

「流れとしては、無名時代は壁に貼ってある簡単な依頼をいくつかこなしつつ酒場の常連になって顔を覚えてもらう。で、実力がついたら、もっと難しい依頼を店主がくれるようになる。くれなかったらそんな実力はないと思われてる、ってとこかな」

「曖昧なのですね……」

「まあね。元々ただの賞金稼ぎでしかないらしいから、一応初心者から上級者までの流れがあるだけでも上等、って話だよ」

 店主の感覚や人の噂にだいぶ頼ったシステムなので、嫌われたらそこで実力とは無関係に冷や飯を食うことになったり、その逆もあったりで難しい。

 まあ分不相応に高評価されてる冒険者は、当然ヤバい敵に当てられるので長生きできないだけだけれど。

「では、ここで大きな仕事をしようと思っても、まず小さな仕事から片づけていくしかないのですね」

「ものすごく有名とかだと例外もあるけどね。あの人とか」

 アーバインさんはさっそく店主に自己紹介。胡散臭がられつつも何か仕事を引き出すことに成功している。

 ユーカさんがこの状態な以上、アーバインさんがいてくれるのは本当にこういう面でありがたい。

 他のメンバーはどちらかというとあそこまでぐいぐいいかないから、ユーカさんパーティでも別格なんだよな。

「おーい、アイン、クロード。さっそくだけどトロールとグリフォンどっちがいい?」

「……トロールで」

「トロールってすごく大きいやつですよね?」

「大きいけどそれだけだから、まだやりようはある」

 トロールは通称小巨人。もっとでかいのにサイクロプスとかギガンテスというのもいるので比較して小とついている。

 それでも身長は5メートルから8メートルくらいまであり、まあどんな体格自慢でも人間じゃ格闘は難しいだろう。でも、大きいというだけで、特殊能力はないものが多い。

 サイクロプスとかギガンテスは魔法とか催眠術とか使ってくるらしいし。

「あ、そう? じゃあ俺とファーニィちゃんはグリフォンで」

「……えっ、待ってアーバインさん。それ依頼が二つあるってことですよね?」

「いや、同じ現場に両方いるんだって。まあ今のユーカはグリフォン相手は難しいからトロールに回すとして」

「いきなりすごいの渡されましたね!?」

「いやこんなに王都に近くてもあるもんだよなあ。近くにダンジョンでもあんのかね? いやダンジョンから巨人種は出てこれないのが普通だし、素で放浪個体か」

 アーバインさんはヘラヘラしてるけどどっちも初心者には厳しい、ワイバーン級とされるモンスターだ。

 グリフォンは飛行速度が緑飛龍ウインドワイバーンに近く、しかも一旦下ろせば攻撃力的には貧弱だった緑飛龍ウインドワイバーンと違ってパワーがあり、地上戦にも強い。

 トロールだけなら、それこそアーバインさんの飛び道具やファーニィの魔術の餌食なんだけどな……。

 でも、僕が素早いグリフォンとやりあうのはさらに厳しいし。

「あの……私はどうしたらいいのでしょう」

「…………」

 初仕事でいきなりスケール感の違う仕事に向かうことが決まり、さすがのクロード少年も顔色が悪い。

 その姿を見てユーカさんはカッカッと笑った。

「ま、見学も初心者の大事な仕事だろ。……アインはいきなりサカナワイバーン殺したけどな!」

「変な上げ方やめてくれない?」

 ユーカさん的には僕の方が才能では勝っている……というのが痛快、なんだろうな。

 でも彼もまだ戦ってるとこ見せてないんだから、早計だと思うんだけど。


「いやそれはそれとして私は? 私もグリフォンになんかしないといけませんか? 矢の一本二本当ててどうにかなるやつと違いますよねグリフォン」

 ファーニィもちょっと顔色が悪いが、アーバインさんはその背中をパンパンと叩いて。

「見学も初心者の大事な仕事だってさ。俺のいいとこ見てなよ」

「なんか毎回ツメ甘いとこ見せてますよねアーバインさんって!」

「…………」

「何か言いましょう!?」

 今回こそはビシッとやってくださいマジで。

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